第15話「横へ避ける」 あるいは 「堤」
川底浚いは続いていた。
市川。
播磨を流れる大河。
山から水を集め。
平野を抜け。
海へ流れる川。
その川底を。
人が入って掘る。
土をさらう。
流れを作る。
浅くなった場所を深くする。
最初は。
井上之正も。
(多少は意味があるかもしれぬ)
そう思っていた。
実際。
流れは少し変わった。
溜まっていた場所が流れ始め。
以前より、
水が偏らなくなっている。
村人達も言う。
「前より流れが良い」
「水が引くのが早い」
「船も少し動かしやすい」
だが。
万吉は止まらなかった。
川を見る。
ずっと見る。
流れ。
速さ。
水の高さ。
削られた岸。
溢れた跡。
毎日。
飽きる事なく見ている。
そして。
ある日。
ぽつりと言った。
「これ」
之正が振り向く。
万吉は、
川を見たままだった。
「よこ、
よけて」
之正が止まる。
「……はい?」
万吉は、
川の横を指差した。
「こっち」
「ながす」
さらに。
少し高くなった土の場所を見る。
「で、
つつみ」
之正は黙った。
嫌な予感。
再来。
しかも今回は、
かなり大きい。
万吉は地面へ線を描き始めた。
枝で。
さらさらと。
「かわ、
いっぱいきたら」
「ここ、
だめ」
今の流れを指差す。
「だから、
よこ」
別方向へ線を引く。
「こっち、
いかせる」
さらに。
その外側を指差した。
「つつみ」
之正は静かに理解する。
川を逃がそうとしている。
しかも。
溢れる前提で。
之正は遠い目をした。
今までは。
道。
ぬかるみ。
川底。
まだ。
「直す」範囲だった。
だが今。
万吉は。
川の流れそのものを変えようとしている。
村人達も、
万吉の描く線を見ていた。
「若様……」
「川、
曲げる気か?」
万吉は当然のように頷く。
「まっすぐだと、
いっぱいくる」
「だから、
よこ」
まるで。
水が流れるのは当たり前。
なら。
流れる場所を変えればいい。
そう言っているようだった。
村人達は顔を見合わせる。
普通なら笑う。
子供の思いつきだ。
だが。
今まで。
この若様は。
実際に道を変えて来た。
流れを変えて来た。
だから誰も。
簡単には笑えなかった。
之正は静かに空を見る。
曇った空。
遠くで、
市川の流れる音がする。
(この子は)
(どこまで行くのだ……)
だが。
誰より真剣に。
市川を見ているのは。
間違いなく万吉だった。




