第133話 「書き物」
昼の荷場で。
万吉は何でもないように言った。
「屋敷へ来ますか」
采配役は思わず言葉を失った。
それは単なる誘いではない。
黒田家からの招き。
しかも相手は黒田の嫡男だ。
断るわけにもいかない。
「……本当に、よろしいのですか」
確認すると、万吉はあっさり頷いた。
「はい」
「今夜どうぞ」
あまりにも軽い返事だった。
だが采配役の方は緊張していた。
そしてその夜。
仕事を終えた采配役は黒田の屋敷へ向かった。
門をくぐり、案内されるまま部屋へ通される。
荷場とはまるで違う静かな空気だった。
部屋に入ると、万吉が机に向かっていた。
紙が何枚も広げられている。
筆を走らせ、
止まり、
また書く。
采配役は少し不思議そうに見た。
昼だけではない。
屋敷へ戻ってからも荷場のことを書いている。
万吉は来客に気付くと筆を置いた。
「どうぞ」
自然な口調だった。
再配役が座る。
ふと机の上の紙が目に入った。
線。
印。
文字。
荷場の配置図に見える。
荷置き場。
人足の動き。
書付場。
荷札。
そして人の流れ。
かなり細かい。
「……荷場を書いておられるのですか」
万吉は頷いた。
「忘れるので」
実にあっさりしていた。
再配役はしばらく紙を見つめる。
そして昼の話を切り出した。
「黒田殿は、流れが悪いとおっしゃっておりましたが」
「どういう所が見えておいでなのですか」
万吉は少し考えてから答えた。
「荷が止まってるんです」
「書付待ちで」
それから紙を指差した。
「あと」
「確認に行く人間と荷を動かす人間が別に動いてる」
「だから行ったり来たりが増える」
采配役は思わず紙を見た。
確かにそうだ。
毎日見ている光景なのに、今までそこまで意識したことはなかった。
万吉はさらに続ける。
「荷札の管理もですね」
「探す時間が結構あります」
そう言いながら紙に線を書き足す。
荷。
人。
書付。
荷札。
動き。
流れ。
図にすると驚くほど分かりやすかった。
そして何より驚いたのは。
万吉がそれを隠さないことだった。
昨日会ったばかりの相手だ。
普通なら簡単に見せない。
特に武家ならなおさらである。
だが万吉は気にした様子もない。
「流れ悪いと面倒なので」
真顔だった。
采配役は思わず笑ってしまう。
「それだけですか」
万吉は首を傾げた。
「止まると皆疲れるでしょう」
「荷も遅れるし」
「待つの嫌ですし」
本当にそれだけらしい。
だが采配役は黙り込んだ。
荷場は毎日見ている。
だが仕事としてしか見ていなかった。
どこで止まり。
どこで詰まり。
何が無駄なのか。
万吉はずっとそこを見ている。
囲炉裏の火が小さく揺れた。
静かな部屋だった。
采配役は改めて思う。
この若は変わっている。
荷ではなく。
人でもなく。
金でもない。
その全てを動かす流れを見ている。
そんな人間を、采配役は初めて見た。




