第134話 「段階」
夜。
御着の黒田屋敷。
采配役は再び足を運んでいた。
昨夜、万吉から聞いた話が頭から離れなかったからだ。
荷。
書付。
荷札。
人の流れ。
あの若は荷場の全てを細かく見ていた。
しかも感覚だけではない。
見たものを持ち帰り。
紙へ書き。
整理している。
それが妙に気になっていた。
案内された部屋へ入る。
万吉は今日も机に向かっていた。
紙が何枚も広げられている。
筆が走る。
止まる。
そしてまた線が引かれる。
采配役は静かに座った。
机の上の紙を見る。
昨日見た図よりもさらに書き込まれていた。
荷の流れ。
人の動き。
書付の往復。
荷札の管理。
そして改善案。
だが采配役が驚いたのは別の部分だった。
そこには、
「ここが出来るなら次」
「書付側が無理ならこちら」
「荷札だけでも先にやる」
そんな書き込みが並んでいた。
改善が段階ごとに分けられている。
采配役はしばらく言葉を失った。
普通なら頭の中で考える。
だが万吉は違った。
全部紙に落としている。
しかも理想論ではない。
実際に動かせる順番になっていた。
思わず尋ねる。
「……これ」
「荷場で実践してもよろしいので?」
万吉は顔を上げた。
「いいぞ」
あまりにも軽い返事だった。
采配役は少し拍子抜けする。
もっと渋られると思っていた。
だが万吉は紙を見ながら続けた。
「今ならここだな」
指先が図の一角を示す。
「書付側を触れるならこっち」
さらに別の場所を指す。
「無理なら荷札だけでも変わる」
そして当たり前のように言った。
「全部一気は多分無理だし」
采配役は思わず息を飲む。
全部変えるのではない。
動かせる所から変える。
流れを少しずつ良くしていく。
その考え方だった。
昨日会ったばかりの若。
だが荷。
人。
書付。
荷札。
全てを整理して見ている。
しかも惜しげなく見せる。
采配役は自然と頭を下げていた。
「……また、お伺いしても?」
万吉は即答した。
「いいぞ」
そして真顔で続ける。
「流れ悪いと面倒だからな」
采配役は思わず笑う。
この若は。
利を独占したいわけではない。
功績を欲しているわけでもない。
ただ。
流れが止まるのが嫌なのだ。
それだけで動いている。
囲炉裏の火が静かに揺れる。
部屋には穏やかな時間が流れていた。
そしてその夜。
采配役は黒田屋敷を後にする。
数日後。
御着の荷場では小さな変化が始まった。
荷札。
紐。
書付。
一つずつ。
少しずつ。
大きな改革ではない。
だが確実に流れは良くなっていく。
誰も気付かないほど小さな改善。
それが静かに広がり始めていた。
――流れを止めぬために。




