第131話 「紐」
朝。
御着の荷場は、今日も朝から慌ただしかった。
荷が運ばれ、馬が行き交い、書付が飛び交う。
人の声が響き、流れは途切れることなく続いている。
積まれた荷が運ばれ、降ろされた荷がまた別の場所へ流れていく。
その様子を、黒田万吉は少し離れた場所から眺めていた。
昨日から気になっていたことがある。
――紐だ。
荷方たちは、やたらと紐を探していた。
使う。
置く。
どこに置いたか分からなくなる。
また探す。
それだけの話だ。
だが、そのたびに流れが止まる。
特に急いでいる時ほど酷かった。
「紐どこだ!」
「さっきそこに置いたぞ!」
「誰か持ってったんじゃねえか!」
荷が止まる。
人が待つ。
馬が詰まる。
万吉は黙ってその様子を見ていた。
そしてしばらくして。
「……与吉」
呼ばれた与吉が振り向く。
「はい」
万吉は何でもないような顔で言った。
「やってくれ」
「紐ですか?」
万吉は頷く。
「長いのと短いの、分けとけ」
「あと置き場作れ」
少し考えてから続けた。
「濡れてるやつは干しといてくれ」
与吉は目を瞬かせた。
「……紐をですか?」
「濡れたままだと臭くなるだろ」
「あと傷む」
至って真面目な顔だった。
与吉は思わず笑う。
「それぐらいなら怒られませんかね」
「多分」
実に軽い返事だった。
だが与吉はすぐに動き始めた。
木箱を持ってきて札を付ける。
『長紐』
『短紐』
さらに板を立てて、
『使ったら戻せ』
と書く。
横には縄を張り、濡れた紐を掛けられるようにした。
実に簡単な工夫だった。
小さな改善。
それだけだ。
荷場の役人が怪訝そうな顔で近付いてくる。
「何やってる」
与吉は頭を下げた。
「少し分けてみようかと」
役人はしばらく眺めていたが、特に止めることはなかった。
昼頃。
荷方の一人が首を傾げた。
「……あれ?」
「紐、すぐ見つかるな」
別の男も頷く。
「探さんでいいだけ楽だな」
さらに別の荷方が言う。
「短いの分かれてると使いやすいぞ」
「長いの余って絡まんしな」
濡れた紐を見つけた男も感心したように笑った。
「お、乾かしてある」
「これ地味に助かるな」
ほんの少し。
本当にほんの少しだけ。
荷場の流れが良くなった。
荷が早く動く。
人が待たされにくい。
馬も詰まりにくい。
その様子を、万吉は遠くから眺めていた。
そして小さく呟く。
「……やっぱ流れ悪かったな」
隣で与吉が苦笑する。
「若は、本当にそういう所を見ますね」
万吉は首を傾げた。
「止まると気になる」
ただそれだけだった。
だがその日。
御着の荷場は昨日より少しだけ動きやすくなっていた。
そして誰も気付いていない。
その小さな改善が積み重なり、やがて黒田の力になっていくことを。




