訪問者
今日は久々に、客がやって来る事になっていた。
この地は僻地のため、好き好んで来訪したがる人は少ない。
用がある者は、たいてい、信護を経由して言伝てをする。
信護にとって、それは仕事の範囲であり、特別な事ではない。
巫咲は出不精なため、自分から出向く事は少ない。
例え、地位の高い人からの誘いや要請があっても、何だかんだと理由を付けて、そのほとんどを断ってしまうのだ。
一時は、応対を億劫に思うあまり、巫咲の住まうこの神社には、電話を始めとした通信機器が置かれない事さえあった。
それはさすがにあんまりな話であり、何かあった時、直接連絡を取れないのはまずいという事で、今は一応置かれてある。
最も、置いてあっても巫咲自身は放置に近く、再三注意しても左耳から右耳へと素通りしてしまうため、最早諦められている。
結果、巫咲への連絡は、そのほとんどが信護経由になっているのが現状だ。
「巫咲さん。今日はお客さんがはるばるやって来る日です。あと一時間程で到着しますので、それまでに恥ずかしくないよう身支度を整えて下さい」
信護は未だにボーっとしたまま、テーブルの上にある食事をモソモソ食べている巫咲に声をかける。
可愛らしい寝間着のまま、寝惚け眼を時折擦りながらのんびりと過ごしていた。
「わかってるわよ〜。でも、こんなに早く来るなんて非常識よね〜」
「何言ってるんですか。もう10時ですよ。朝方まで起きて、それからほんの少しだけ寝るなんて事をやってる巫咲さんが悪いんです」
「ぶ〜」
信護の指摘にふて腐れる巫咲だった
巫咲は生活リズムが安定しない。
朝早く起き、身体を清め、身なりをきっちり整えた姿で、境内を箒で掃除している時があるかと思えば、徹夜を完工し、今のように寝惚けた状態で、ダラダラと時間を潰す時もある。
この差は興に乗っているか否かで起こるようだ。
つまり、熱中になれるものがあれば、時間を気にせず、只ひたすらその事に没頭する気質なのだ。
その際、没頭している作業以外への関心が、極端に低下するため、放って置くと、衣食住関連がなおざりになり、酷い在り様になってしまう。
栄養失調になったり、汚部屋にならないように気を使うのも、いつしか信護の務めの一つになっていた。
もちろん、信護も事あるごとに注意をしていたが、いつしか諦感の境地へ至っている。
「外国のやんごとない身分の方らしいので、くれぐれも礼を欠いた言動は慎んで下さいね」
「失礼ね〜。私はやる時はやる女よ。いざとなれば、完璧なマナーで応対してみせるわ」
「そんな巫咲さんは、これまで見た事なんてないなあ」
任せてと言わんばかりに、ピースサインまでしてみせる巫咲に、これまでの彼女の振る舞いで対抗してみせる信護だった。
「どんな内容なのか聞いてる?」
「いえ、僕も詳しくは知らないんです。巫咲さんをはるばる訪ねるからには、"アイテム"関連だとは思うのですが」
「面白いのだったらいいなあ。"声"が気になるもの」
「最近巫咲さんは調子がいいですね。課長達はニッコニコですよ。もちろん僕もです。ずっとこの調子なら、胃薬はいらなくなりそうなんですが……」
「あっ、それは無理。そろそろスランプになりそうな予感」
「……せめて、お客様の応対までは持って下さいね」
切実な声で訴えかける信護だった。
その後、モタモタしている巫咲をせっつき、急いで身支度を整えさせる。
そして、なんとか格好がつく状態に仕上げる事が出来た時には、約束の時間の十分前だった。
幸い、まだお客が到着していなかったが、もし早く来る気質の人であれば、気まずい時間を僕達、いや、僕は味わう所だったと信護は胸を撫で下ろす。
巫咲はまだまだ時間があったと愚痴っていたが、そこは考えの違いと言えば違いであるため、何も言えなかった。
実をいうと、この事で巫咲に苦言を弄した事があったが、その時、待ち合わせ時間より早く来るのが悪いと言い返された事があった。
「約束の時間を定めた以上、早すぎても遅すぎても失礼よ。早く来たとしても、相手がまだその時間ではないと思ったならば、約束時間に到達するまでは、それに合わせるべきだわ。だって、まだ時間があるもの」
時間を指定した出来事では、約束の時間の十分前には集まる事が習慣であり、常識になっていた信護にとって、巫咲のその反論は、異なる星の常識を説かれたようなもので、ピンと来ず、釈然もしなかった。
しかし、その理屈は間違いとも言えず、ある意味目から鱗ではあった。
そんなやり取りを信護が思い出していると、巫咲が朗らかに声を上げた。
「あら?どうやら来たみたいよ」
巫咲の言葉で現実に帰ってきた信護が外を見やると、遠くから二人連れが、こちらへ歩いてきているのが見えた。
駐車場からここまでは、結構距離がある。
その事を信護は思い出し、心の中でご苦労様と労いつつ、うわべはキリっとした表情で取り繕う。
信護が国を代表して相手をするのだと自分に言い聞かし、気合いを入れていると、傍らの巫咲は大きく欠伸をしていた。
それを受けて、自分だけでもしっかりしようと更に気合いを入れ直す。
そして、とうとう言葉を交わし合うのに絶好の距離となった。
来訪者は二人共、白人の男女だった。
男の方は、信護より一回りも体格がよく、鍛え抜かれた身体をしていた。
動作もキビキビとしており、無駄が無い。
信護はその男から軍隊上がりの気配を感じていた。
女の方は、フワっとしたブロンドの髪を長く伸ばし、二つの碧眼の内、右側を隠すように垂らしている。
化粧っ気が少ないが、元の顔立ちが整っているため、その美しさを損ねず、むしろ化粧の必要性に疑問を抱かせる。
服の上からでもわかるメリハリが利いたボディラインを、白を基調としたスーツで固めていた。
花の香りが鼻腔をくすぐり、その気品がある佇まいからは、確かにやんごとない身分を感じさせるに充分な印象だった。
立ち振舞いから、女が主人で、男がそのボディガードといった様子だった。
男の寡黙ながらも、こちらを値踏みするような態度に触発され、対抗心が顔を覗かせる。
信護が負けじと似たような振る舞いをしていると、客人の内、女性の方が言葉を発する。
「オー、今日は、タイヘンおせワになりマス。ソーリー。エデと言いマス。ワタシ、偉大ナる春野センセイに会えテ、とってモ、カンゲキでース」
外れた発音ながら、精一杯友好的な挨拶をしてくる女性に、面食らいながりも、好感を抱いていると、突如男の方も口を開いた。
「HAHAHA。連れのエデは、日本語はまだ得意じゃないので、多めに見てちょうだい……いや、下さいだったかな?まあ、とにかくよろしゅう。私の名前はダンテスだ。彼女に尋ねたい事は、ミーを挟むときっと手っ取り早いぞ。HAHAHA」
先程までの厳めしい雰囲気とは打って変わって、陽気に、でも所々胡散臭い部分がある日本語を、流暢に話す男がそこにいた。
「…………よろしくお願いします。冬崎信護です」
「私は春野巫咲。楽しそうな人達ね」
唖然としながらも挨拶を返す信護と、愉快そうに喋る巫咲だった。
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