厄災の宝石?
「HAHAHA。ここまで来るのは妙に手間取ったけど、そのかいありました。こんな見晴らしの良い素晴らしい家に住んでいるとは。この風景を目に焼き付けられただけでも、ここに来て良かったと思います。ミーは感激です」
発音も文法もほぼ完璧なのに、どうして時々変な一人称や笑い声を使いたがるんだろうと不思議に思いながら、信護は外を見やる。
緑と黄緑のコントラストが鮮やかな新緑の季節であり、草木は豊かに生い茂り、花は色とりどりに咲き乱れ、蝶や蜂を喜ばせる。
鳥は悠然と大空を羽ばたき、地上には野生の動物達がちらほら顔を出す。
それらを一望出来る場所が、この神社の一角にあり、今まさにダンテスが立っている場所なのだ。
巫咲が暮らしている神社は、丘の上に建てられている。
駐車場は麓にあり、ここまでは坂道になっているため、巫咲の元に到着する時には、肩で息をするようになり、疲れた顔を向けてくる人は珍しくない。
最も、訪問客自体が少ないが。
エデは巫咲と向かい合い、ゆっくりお茶を楽しんでいる。
時折、カタコトの日本語で巫咲に話しかけ、巫咲が正確に理解しているかは定かではないが応じ、その都度笑い声が響く。
エデとダンテス。
欧州のやんごとない身分の客人とだけ伝え聞いた。
おそらく、名前は偽名で、名前の由来は、かの古典的名作だろう。
そこに、どんな意図があるかは知らないが。
お忍びを希望し、フルネームを名乗らないという事は、本名を明かす気はないからだとみている。
信護は高い身分の人々について、詳しくはなかった。
それでも、ニュースぐらいは人並みに把握しているが、この二人には見覚えがない。
少なくとも、日本のニュースで騒がれる程の存在ではないのだろうが、それでも知られたくはないのだろう。
上の人間はその身元を知っているだろうが、信護達にはその情報は降りて来ない。
つまりは知る必要のない立場と判断されたという事だ。
信護はその事には特に不満はない。
情報とは、知るべき者とそうでない者がいる。
上がそう判断したならそれに従うのみだ。
知ってしまったがために、厄介事を背負ってしまう事だってあるのだから、支障がなければ知りたいとも思わなかった。
「さーて、そろそろ本題に入りましょうか。はるばるどんな物を持ってきたの?見せて見せて」
巫咲が二人の持参した"アイテム"を、今か今かと楽しみにしていた。
一時間前の巫咲はどこへやらで、今では黙ってさえいたら、神社の主らしく神秘的さえ醸し出す凛々しさを放っている。
エデと差し向かいで座っていれば、とても絵になるだろう。
絵には性格は反映されないからなあと、もし言葉に出そうものなら叩かれ、むくれられそうな失礼な事を、信護がこっそり考えていたのは、誰にも言えない秘密だった。
巫咲の言葉を受け、エデはダンテスに目配せをした。
それを合図に、ダンテスは持参していたケースから、一つの小さな箱を取り出す。
そして、蓋を開けると、中には目映いながらも落ち着いた深い真紅の輝きを周囲に放ち、人の目を釘付けにする宝石が収まっていた。
「うわぁ……。綺麗……」
「これはまた、見事ですね」
「ウフフ。なんダカ、照れマスネ」
「無理もない反応ですよ。ふふふ」
信護も巫咲もこれ程見事な宝石は、見た事がなかった。
だが、ここにある限り、ただの宝石ではないだろうというのは、すぐにわかる。
「効果はさておき、装飾としてだけでも役に立ちそうねえ」
「はイ。でも、どんナ効果があるカわからナイ限り、危なっかしクテ使えまセン」
巫咲が羨望の眼差しで宝石を見つめながら感想を述べるが、至極最もな言葉が返ってくる。
巫咲がわかってるわよと、拗ねながら呟きつつ、その瞳は真紅の宝石から離せなかった。
その輝きは、人を妖しく照らす。
「ひょっとして、これは魅了の効果でも発揮しているのでしょうか」
「ううん……。機能している様子はないけどね」
ふと、不死王の一件を思い出し、すでに"アイテム"が作動している可能性を口にしてみせたが、巫咲は否定的だ。
エデは箱から宝石を取り出し、目の前に掲げてみせる。
「これハ、ヨーロッパヲ恐怖に陥レタ吸血鬼、ザンブロッサが落とシタ"アイテム"デス」
「通称、血の涙と呼ばれています」
エデの言葉を引き取り、ダンテスが続けた。
吸血鬼ザンブロッサ。
ヨーロッパの夜を恐怖のどん底に突き落とした魔人として知られる。
多くの眷属を従え、人間に害をもたらした怪物達の中でも、とりわけ被害規模が大きかった。
神出鬼没で、ある夜ではヨーロッパの端で暴れたと思えば、その次の日の夜では、反対側の端に出現する時があった。
血を吸いつくし、干からびた死体に変える事があれば、身体と精神を作り換え、自らの下僕に属させる等の恐るべき暴虐を巻き起こす。
生命の尊厳を汚す者として、恐怖の対象である一方で、一部の人々から熱烈な視線を送られるという奇妙な現象も起こった。
というのも、容姿端麗で、甘い囁きと退屈させない話術という、まるで魅力ある人間のごとき振る舞いをするのだ。
何より、他の怪物から気に入った人間を守るという行動をする事があった。
例え利己的であり、気に入られ過ぎては身の破滅を招くとしても、それらの行為は人を惹き付けた。
この怪物が、どこからその立ち振舞いを学習したのかはわからない。
だか、わかっている事として、妖しい色気で美女を虜にしたがる習性があったのだ。
また、魅了する対象は、美女だけではなかった。
不老不死を探求する者から、接触を望まれた。
ザンブロッサが不老不死か否か、眷属に変えられても、それは望むものかは疑問だが、それでも求める答えを期待する者が多く、ザンブロッサもそういった人々を無下にはしなかった。
人類と接触し、"アイテム"をプレゼントする者がいるように、異界の住人でも、破壊の暴風のごとく対話が出来ない存在だけではない。
かといって、必ずしも友好的とは限らず、笑顔を張り付けた悪夢の具現のごとき存在がいる。
吸血鬼ザンブロッサはその代表例だ。
弱点は多いが、その多様な能力を駆使したゲリラ戦には頭を悩まされ、その根城は長らく謎だった。
その一つを発見した時は前進したかと思われたが、根城は複数あると見られ、そこに寄り付く事がなくなっただけだった。
しかし、とある偶然により、ザンブロッサが日中潜む拠点が発見され、その後、怒涛の攻防戦が繰り広げられた。
当然攻勢をかける時は、日中だった。
だが、相手も当然、自らの弱点を熟知しており、幾重にも渡る罠を始めとした備えをしていた。
戦いは長引き、ついには日が沈み、夜の魔人たる吸血鬼の独壇場である夜が来てしまったのだ。
そうなると攻防が逆転し、人類側は劣勢に立たされる。
味方だった者が、その在り方を変えられ、仲間に牙を向き、地獄絵図が拡大していく。
あわや全滅し、吸血鬼ザンブロッサを取り逃がすかに思われたが、ある勇気ある者が捨て身の行為で敵を釘付けにし、粘った末に待望の朝日を迎える事が出来た。
結果、暁の輝きに吸血鬼はその身を焼かれ、ヨーロッパの夜に一時にせよ平穏をもたらしたのだった。
信護はそのエピソードを思い出し、よく勝てたと感慨にふけると同時に、確かいくつかの"アイテム"を落としたという噂を思い出す。
噂と表現したのは、吸血鬼を滅ぼした者達が"アイテム"の存在を認めていないからだ。
だが、そういった事は珍しくない。
世に知られている"アイテム"など一握りだ。
様々な思惑から、秘密にした方が都合の良いという判断に傾けば、秘匿される。
今回、どんな紆余曲折があったのかは不明だが、本物なら伝説の一端が目の前に鎮座している事になる。
その事実に、信護の内心は興奮で一杯だった。
だが、そんな信護とは裏腹に、巫咲は眉間にしわを寄せ、難しい顔で血の涙を凝視している。
「春野さん、どうされました?そんな難しい顔をしちゃって?」
「んー……。何か、聞こえにくいのよね」
巫咲の言葉に、客人達は怪訝な表情になるが、信護はその意味を察知し、表情を曇らせる。
それは、期待に応えられない可能性がやや強くなった事を意味するからだ。
読んで下さりありがとうございました。




