博物館の裏側へ
「ずいぶんごちゃごちゃしているのね。でも、いいじゃない。この雰囲気、気に入ったわ」
巫咲の言う通り、ここはごちゃごちゃしていた。
物体が所々で寄せ合うようにして固まっているため、一応は区分けは出来ているのかもしれない。
だが、乱雑な印象を残す情景が、しばらくの間、手つかずになっている事を物語っているかのようだ。
少なくない数の物品に、白い布が掛けられており、蜘蛛の巣が張ってある箇所もある。
それだけではこの地は面白味に欠けるが、幸いな事に、ここにあるのはそれだけではなかった。
やや開けた場所に出ると、それはある。
青みがかった輝きを残す一振の剣。
刀身は幅広で、西洋の大剣タイプだった。
武骨なようでいて、所々にある装飾が、繊細さも醸し出し、ある種の芸術性を感じさせる。
観察すると、中央に何かしらの言語による文字が刻まれているのが目に入る。
儀礼用のようにも、実戦用にも見える、不思議な雰囲気の漂う剣だった。
「うわあ。綺麗……」
「確かに見事です。サイズの問題さえなければ欲しいと思ったかもしれません」
サイズの問題と信護は口にしたが、それは無理もない話だった。
何故なら、表にあった展示物の一部同様、巨人が使っていた剣だったからだ。
全長30メートルにも及ぶ、人にはとてもじゃないが扱えない代物がぶら下げられている。
そんなインパクト十分な物体を注視していたその時だった。
「美しくも不思議な輝きをしているでしょう。いつまでも見ていられる輝きを放ちますが、この光が頭を悩ましているのです」
後ろから唐突に声が掛かる。
髭を蓄えた初老の男がそこに立っていた。
背筋はまっすぐに伸び、紳士然とした身なりをしている。
そして、信護はその男に見覚えがあった。
「この博物館の責任者である最上館長ですね。今回特別にこのような裏面の見学を、許可していただけた事に、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございます、館長」
「いえいえ。かねてからここは、誰かに見せたいけど見せられないジレンマを抱えていた場所です。今回その憂さ晴らしも兼ねている様なものですから、お礼を言いたいの実はこちらなぐらいですよ。はっはっは」
信護と最上という館長のやりとりを見届けて、巫咲も自己紹介を始めた。
「ここの責任者ですね。私は春野巫咲です。珍しい物を見せてもらって満足してますわ」
「お名前やお噂はかねがね聞いております。私は当星辰博物館の館長を務めております、最上重蔵と言うものです。お見知りおきを」
穏やかに礼儀正しく応える最上館長に、さっそく目に前にある巨大な剣を尋ねてみる事にする。
最も、尋ねなくても、最上館長がいずれは自分から話し出す事は、巨大な剣を見つめる目の輝きで察する事は出来たが。
「館長。この巨大なーーー」
「ええ。この偉大な剣の事でしょう。見事な物です。実際に使われたものですが、手入れをしなくても、刃こぼれ一つ、錆一つしません。私は直接目撃していませんが、大戦中は、ミサイルの直撃を受けても、びくともしなかったそうです。材質は、鉄を始め、大部分は我々の世界の常識で計れるものだったのですが、詳細不明な物質があり、未だによくわかっていません。正式ではありませんが、我々研究者の間では、ミスリルだのオリハルコンだのそれらしい神秘的な名称を付けています。また、この青みがかった輝きこそが、その異常な効果を生み出していると見ているのですが、どんなに分析にかけてもやはりわかりません。これも非公式ですが、我々は、魔力と呼んでいます。それからーーー」
「ああーっ。えーと、その。ど、どうしてこれは表の展示物に入ってないのかしら」
いきなりマシンガンの如き話しぶりになった事に引きつつ、水を差さないといつまでも終わらなそうだったので、やや強引に話を逸らす事にした巫咲だった。
その狙いを理解したのかどうか不明だが、巫咲の質問には落ち着いて答え出す最上館長を見て、先の研究所で出会った水無月恭子をふと思い出す。
(ツボに入った時の勢いがそっくりだわ……)
「本音を言えば、多くの人々に見せたい気持ちはあるのですがね。そうもいかないのです。なにせ、これも”アイテム”ですから」
「!ああ、そういう事ですか」
巫咲は初歩的な事を失念していたと気付いた。
”アイテム”である以上、それがどんなものであれ、貴重な代物だ。
いや、代物ではなく、兵器と言い換えてもいいぐらいだ。
なにせ、世の中の常識さえ根底から覆し、物によっては世界のパワーバランスにも影響を与えるだけのポテンシャルを秘めている。
それがどんな形であれ、”アイテム”である以上は、無闇に外へ出すべきではないのが鉄則だった。
個人で所有している物はその人の判断になるが、国家が管理している物は、基本的に厳重に管理する対象であり、展示物として誰の目にも触れるようにするのは稀だ。
「ここに置いてある物には”アイテム”が混じっていますが、おそらく巫咲さんの家には運ばれる事がない品です」
信護が補足するように割り込んで来る。
その信護の言葉には、巫咲も納得する。
「まあね。こんな巨大な剣なんて、運ぶだけでも一苦労だもの」
「ふふふ。確かにおっしゃる通りなのですが、理由は違いますね」
やんわりとした思わぬ否定に、巫咲は思わずキョトンとしてしまう。
「え?どういう事?」
「本当に優先して調べる気がありましたら、例え大掛かりになってでも、巫咲さんの家に運び込みますよ。又は、あらゆる条件を動員してでも巫咲さんに来てもらうべく働きかけます」
「え。そうなの?」
そこまでするのかと、少し意外に思ってしまう。
だが、信護は当然とばかりに頷き、そして、この”アイテム”ではそうしない理由を口にする。
「この剣の場合はですね。分析したとしても、実益にならないだろうと思われているからです」
「実益にならない……。ああっ!そうか……。実は単純な話だったりして」
「はい。はっきり言いますと、分析しても、我々にはこんな巨大な剣は扱えませんから」
至極あっさりとした簡単な理由だった。
読んで下さりありがとうございました。