博物館にて
「見て見て、信護くん。これ、何キロぐらいあるのかしらね。あっ、あっちはもしかして……」
さっきから巫咲の快活な声が響き渡る。
ここは某所にある博物館。
ここに展示されているものは、全て異界との接触が始まってから、今日までの記録と言っても過言ではない。
多くは大戦期のものだが、その後の散発的に起こった異界の住人にまつわる事件の記録的物品だ。
ここに信護と巫咲が訪れたのは、休暇のためだった。
研究所におけるヘンルーダの発見という仕事は果たした。
その前後の事件には色々苦労させられたが、それもなんやかんやありつつも終わり、今は完全にオフとしてここにいる。
この博物館訪問は、巫咲たっての希望だった。
「ねえねえ信護くん。ここに行ってみない?今なら開館30周年の記念品を貰えるんだって!」
そんな事を満面の笑みで言われたら、信護には異論を挟む発想はない。
それに、実を言うと、その博物館には信護も前々から興味があったのだ。
これは実質デートのようなものと期待を込めて、信護は意気揚々と、この星辰博物館に来ていた。
しかも、期せずして、あるサプライズを用意する事が出来た。
それをどのタイミングで行おうかと思案しながら、元気一杯に動き回る巫咲を追いかける。
「巫咲さん、今日はいつにもまして、活発に動きますね」
「あら?意外に見える?」
「いえ、とんでもありません。むしろ、楽しそうにしている巫咲さんには、微笑ましささえ覚えます」
「う~ん。父親的視点ね。一応、私の方が年上で、お姉さんなはずなんだけどな」
不服そうにぼやく巫咲の主張を聞き流し、展示してある目の前の品を眺めた。
それは、巨大な鉄の塊だった。
最初見た時は、巨大すぎて、何が置いてあるのかが、わからなかった。
遅ればせながら、目の前の物体の正体に気付いた時は、他の見物人同様、驚きに目を丸くした。
それは鈍く光る鉄であり、その形はヴァイキングが被っていたような兜だった。
ただ、その大きさは規格外だ。
どんなに大きな人間だろうと、この兜を被れる人間などいない。
直径5メートルはあろうかという巨大さだ
遥か過去の時代でこの兜を目撃したら、神の存在を多くの人が確信していたかもしれない。
こんなものを人は被れない。
なら、これはただの儀礼用として作られたのか?
否。この兜は人とは異なる文明圏で実用品として作られ、現実に使われ、紆余曲折があった末に、ここにある。
この兜を着用したのは巨人だったのだ。
人と同じ姿をしているが、そのサイズが桁違いに大きく、暴虐の化身の如く暴れ回った。
人間は、巨人達にコミュニケーションを試みたが、対話にはまったく関心を示さなかったという。
ただ、人とは異なる言語で会話していたと記録にある。
武装は、原始的な鎧に剣、槍といったものばかりで、銃器に相当するものはない。
だが、そういった前時代の武器を使っていても、深刻な脅威となって襲い掛かるに十分だった。
動きはその巨体に似合わず俊敏で、軽快に動き回る。
何十メートルもある巨体が激しく動き回れば、それだけでその地は地獄と化す。
旋風が巻き起こり、人、物を問わず、吹き飛ばし、その地響きは地震に相当する揺れを引き起こし、戦いどころではなかった。
また、その皮膚は強靭で弾力もあり、銃弾を受けても人の身体のように、たやすく破壊できるものではなかったのだ。
また、鎧や剣といった武装には、不可思議な力が付与されてて、ただの鉄ではありえない効果をもたらしたという。
その不思議な力とは、魔力と呼ばれる異界の住人が使う事の出来る謎のエネルギーだったと見られている。
今、展示されている品は、その巨人との戦いで得た戦利品と言えるが、その不思議な力は、現在の所、この博物館に並べられている品々からは全て無くなっている。
正確には、この誰でも見学できるスペースに展示されているものには、無くなっているという方が正しいか。
そんな事を思いながら、信護はベンチの上に腰掛けた。
隣には、はしゃぎ、興奮した様子で、伸びをしながらくつろいでいる巫咲が座っていた。
朝から見て回っていたため、疲れが溜まっているだろうに、それをおくびにも出していない。
「巫咲さんもタフですね。あれだけ動き回っていたのに疲れた気配なんて微塵も無いのですから」
信護が心から感心したように言うと、澄ました顔で、巫咲は返す。
「せっかく滅多に行かない場所に来てるんだもの。くたびれてなんかいられないわ」
時間がもったいないとばかりの勢いに、信護としても、対抗心が湧いてきそうになってきた。
彼女に釣り合う男でいたいと思っているなら、こんな事で疲れたなんて言ってられないなと、思い返す。
そうしていると、巫咲は残念そうにこばした。
「あーあ。これで大体目ぼしい物は、見て回っちゃたわね。後は、お土産コーナーくらいしか、行くような所はないかな」
じっくりのんびり見学するというのは、巫咲の性に合わなかったようで、しばし立ち止まり、展示物を目に焼き付けたと判断したら、すぐに次に行くといった調子で、テンポ良く回り過ぎたせいか、もうほとんどのコーナーを見終えてしまっていたのだ。
だが、この巫咲の残念そうな言葉は、信護にとって絶妙なタイミングでのサプライズを発表するに、もってこいの誘い水だった。
コホンと軽く咳払いをして、信護は告げる。
「……実はですね、巫咲さん。そんな風に残念がっている貴方に、耳寄りな情報があります」
「ん?なになに?サプライズがあるの?」
「ふふ。何とですね。ここだけの話、この博物館には一般人の入れない区画があるんですが、そこに特別に入場出来る許可が下りたんです」
「ええっ。本当に?いつの間にそんな偉くなっちゃったのよ、信護くん。なんだか見直しちゃった」
「……微妙に嬉しくない誉め言葉ですね」
思わず半眼になってそう呟く信護だったが、興奮気味になっている巫咲を見て、なんだか細かい事はどうでもよくなってきた。
「この博物館を訪問に当たり、警備の問題等がありますから、前もって連絡していたのですが、話している内に、是非、巫咲さんに見てもらいたい区画があるという事で、今回特別に解放すると言われたんです」
「へー。どんな所だろう。早速見て回りたいわ。でも、微妙に仕事臭いのは、きっと気のせいよね?」
「まあまあ。今回特別に滅多に見れない場所が解放されるんです。細かい事は言いっこなしですよ。存分に楽しみましょう、巫咲さん」
「う~ん。はぐらかされた気がするけど、細かい事を言ってたら、楽しめないもんね。いいわ。突っ込むなんて野暮だと思って、乗ってあげる。案内して」
機嫌が良かったのが幸いしたのか、思考放棄して、好奇心を満たす事を優先した巫咲に、ほっとする信護だった。
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