↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白樫騎士寮の旦那さま――隊長を婿に迎えようとしたら、寮生たちの様子が何だかおかしい  作者: 遠野 文弓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

8.頼る

 お昼を過ぎますと、ロベールさまが白樫(シラカシ)へいらっしゃいました。

 ロベールさまは週に何度か食堂を利用されますから、それ自体は珍しいことではございません。ですが、食堂で、「バルタ嬢。悪いんだけど、明日から何日か、部屋を貸してもらえるかな」と話しかけられたときには、少し驚きました。


「もちろん構いませんが、何かございましたか?」


「明日から廊下のほうまで剥がすことになって、何日か寝室へ行けそうにないんだ」


 なるほど、そういうことでしたか。

 以前、ロベールさまの留守中に、庭木の根が隣家に迫っているとの相談を受け、代理で様子を見に伺ったことがございます。そのときにはもう床板まで押し上げていましたから、いずれ大がかりな修繕が必要になるだろうとは思っておりました。


「とうとう工事が始まったのですね」


「思っていたより広く開けることになってね。廊下の半分が床なしだ」


「まあ。それはお困りですね」


「椅子でも寝られると言ったら、ダニツァに追い出されてしまった」


「それはダニツァさんが正しいと思います」


「バルタ嬢までそう言うのかい」


「夜中に転ばれましては、職人も困るでしょう。もちろん、ロベールさまのお怪我も困りますよ」


 ロベールさまが苦笑されました。

 白樫(シラカシ)には、今は誰も使っていない客室がいくつかあります。掃除は普段からしておりますから、寝具を替えたら今夜にでもお泊まりいただけるでしょう。


「では、客室をご用意いたしますね。お荷物はどちらに?」


「明日、ダニツァが寄越すそうだ。僕はこのまま仕事に戻るよ」


 食堂を出かけたところで、ロベールさまは「そういえば」と足を止めました。


「改めて、この前はありがとう。あの一件があってから、ダニツァの裁量を増やしたんだ」


 お宅で最初に問題が起きたとき、ダニツァさんは判断に困って、わざわざ白樫(シラカシ)までわたしを訪ねてきました。そのことを、ロベールさまも気にしていらしたのでしょう。


「僕に尋ねずに済むことも多いからね。今回も、職人とのやり取りは任せてるんだ。どこまで剥がすかまでは聞いてなかったけどね……」


 そこで少しおかしそうに笑われます。


「でも、剥がしたものを戻せとも言えないだろう?」


 思わず、わたしも笑ってしまいました。

 これまでお話ししたときには静かな方という印象でしたから、こんなふうに冗談めかしてお話しになるのは少し意外でした。

 ロベールさまは軽く手を上げ、そのまま玄関へ向かわれました。


 *


 午後になるとロベールさまが戻っていらしたので、先にお部屋をご案内することにします。

 二階の廊下を半ばまで進んだところで、一つの扉が開き、中から若い騎士さまが出てこられました。マルコヴィッチ隊の方です。


「あっ、隊長。お疲れさまです」


「お疲れさま。明日から何泊かお邪魔するよ」


「でしたら、この部屋をお使いになりますか?」


 そう言って若い騎士さまは、自分の背後を振り返りました。そのお部屋は、ロベールさまが白樫(シラカシ)に住んでいた頃に使っていたものなのだそうです。


「今は君の部屋だろう? どうして君が出るんだい。泊まるたび追い出すんじゃあ、落ち着いて遊びにも来られないよ」


 ロベールさまは少々呆れたようにおっしゃいました。

 東の客室を開けますと、ロベールさまは室内をひととおり見回しました。


「お湯は夕食のあとにご用意いたしますね」


「そこまでしてもらわなくてもいいよ。湯殿は使えるんだろう?」


「ですが今のロベールさまは、お客さまですから」


「ああ、そうか」ロベールさまは小さく笑いました。「いまは客か」


 *


 翌朝、ダニツァさんがいらっしゃいました。後ろからロベールさまも歩いて来られます。


「お嬢さま、旦那さまがお世話になります」


「どうぞお気遣いなく」


「最初は椅子で寝るなんて言ってたんですよ! 床板を端から端まで剥がしてるってのに」


「聞こえてるよ、ダニツァ」


 後ろからロベールさまが声を掛けられました。


「そうおっしゃいますがね、旦那さま、本当のことでしょう? 便所へ行くにも困るでしょうに」


「そこまで僕の予定を決めないでほしいな」


「では朝まで、椅子から一歩も動かないとおっしゃる?」


「そこまでは約束できないね」


「ほうら、ごらんなさい」


 ダニツァさんは勝ち誇った顔のまま、わたしへ革鞄を差し出しました。

 受け取ろうと手を伸ばしたところへ、アルノーさまが歩いてこられました。今日は騎士服ではなく、ゆったりした服装をしていらっしゃいます。

 ロベールさまはその格好を見て、首を傾げました。


「アルノーはずっとこっちにいるのか?」


「剣は持つなって言われてるからね。やることがなくなって暇なんだよ」


 そう言いながら、アルノーさまは革鞄を左手で受け取られました。


「俺が連れていこう。ほかに何かいる?」


「洗面の水差しがまだです」


「じゃあ、見ておくよ」


 アルノーさまが階段を上がっていくと、ロベールさまもそのあとをついていかれました。

 ダニツァさんに呼ばれ、わたしはそちらへ向き直ります。


「あ、そうだお嬢さま。旦那さまに、床板はこっちで頼んでおきますからって伝えておいてくださいな」


「ダニツァ!」


 階段の上から、ロベールさまが顔をのぞかせます。


「旦那さまのおっしゃるとおりにいたしますとも!」


「それならいい」


 ロベールさまが顔を引っ込めると、ダニツァさんはすぐに鼻を鳴らしました。


「こういうところは細かいんですから、うちの旦那さまは」


「聞こえてるよ!」


「聞こえるように言ったんです!」


 階段の上から、アルノーさまの笑い声まで聞こえてきました。



 夕食時には、ロベールさまも皆さまと一緒に食堂へいらっしゃいました。アルノーさまもいつもの席にいらっしゃいます。

 食事が終わりかけた頃、空いた皿を下げた若い騎士さまの一人が、アルノーさまのほうへ身を乗り出しました。


「隊長、明日の訓練なんですけど、午前は若い連中から始めたほうがいいですか?」


「それはガスパールに聞いて。今はあいつが組んでるから」


「あ……そうでした。すみません」


 若い騎士さまは、ばつが悪そうに小さく項垂れました。そのようすに、アルノーさまが苦笑しています。


「そんな落ち込むなよ。別に怒ってないぞ」


「いや、そうじゃないんですけど」


 困ったように頭を掻いてから、今度は少し考えるようにアルノーさまを見ました。


「……また、稽古を見てもらってもいいですか?」


「まあ、見るだけならいくらでも」


「本当は、隊長に相手してもらえるのが一番なんですけど……」


 アルノーさまは笑いました。


「しばらくは口だけで我慢してくれ」


「はい」


 若い騎士さまも笑って、立ち上がりました。

 アルノーさまはその背中を見送ってから、左手で自分のカップを取り、今度は隣の席の騎士さまに何事か話しかけます。すぐに笑い声が返ってきました。


 *


 ロベールさまが白樫(シラカシ)へ泊まられるようになって、三日が経ちました。

 そのあいだも、アルノーさまは以前より長く白樫(シラカシ)にいらっしゃいます。ご本人はいつもと変わらないように見えますが、左手をお使いになることが増えました。


 朝食が終わって少し経つと、マルコヴィッチ家から使いの方がいらっしゃいました。

 床は通れるようになったそうで、いつ戻っていただいても構わないとのことでした。使いの方から預かった短い言伝をそのままロベールさまへお伝えすると、「そう。じゃあ帰ろうかな」とおっしゃいました。


「では、荷物をまとめてくるよ」


 そう言って、ロベールさまはいったん客室へ戻られました。

 しばらくして、革鞄を手にもう一度降りてこられます。もう片方の手には、客室の鍵を持っていらっしゃいました。


「お世話になりました」


「とんでもございません」


 鍵を受け取り、玄関までお見送りいたします。

 ロベールさまは門を出て、そのままご自分のお宅へ戻っていかれました。

 姿が見えなくなるまで見送ってから、わたしは門を閉めて白樫(シラカシ)のほうへ向き直りました。玄関先には、アルノーさまがいらっしゃいました。


「ロベールのやつ、もう帰ったのか?」


「ええ」


「早いなあ。もう一晩二晩は居座るかと思ったのに。楽しそうだったし」


 アルノーさまは門のほうをちらりと見てから、こちらへ向き直りました。


「そうだ。今日は昼から団に顔を出すけど、それまでに何か手伝うことある?」


 わたしは少し考えました。

 アルノーさまから伺ったところ、右手の痺れはまだ残っていて、日によっては以前より強く感じることもあるそうです。以前のように力仕事をお願いするわけにはまいりません。

 まず、薪運びは駄目です。水桶をお持ちいただくのもよろしくないでしょう。窓の修繕も、しばらくはお任せしないほうがよさそうです。


「今日は、お願いすることはございません。ありがとうございます」


「うーん。そっか」


 アルノーさまが、少々残念そうに頷きます。


「じゃあ食堂でも聞いてみるよ」


「そうしていただけると助かります。お昼はこちらで召し上がりますか?」


「うん。そのつもりだけど」


「そうですか」


 それならよかった、と言いかけて、わたしは慌てて口を噤みました。どうしてそんなことを言おうとしたのでしょう。


「では、お昼もいつもどおりご用意いたしますね」


 アルノーさまは「ありがとう」と笑って、いつものように食堂のほうへ歩いていかれました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。