↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白樫騎士寮の旦那さま――隊長を婿に迎えようとしたら、寮生たちの様子が何だかおかしい  作者: 遠野 文弓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

5.戻る理由

 遠征五日目の夕方、アルノーとロベールが翌日の巡回について話していたところ、ロベール宛てに白樫(シラカシ)から知らせが届いた。

 使いから伝書を受け取ると、ロベールはその場で封を切った。


「何かあったのか?」


「庭の木の根が、隣との塀を持ち上げてるらしい。床の下にも回ってるそうだ」


 ロベールは紙面へ目を落としたまま答えた。


「それはまずいな」


「バルタ嬢が、わざわざ家まで見に行ってくれたらしい」


 アルノーは思わずロベールの手元を見た。


「うちの掃除婦の話を聞いて、職人まで呼んでくれたそうだ。根を切らないと、塀も床もまだ動くだろうってさ。……迷惑をかけたね」


「ん? お前の家のことだろう。なんで俺に迷惑がかかるんだ」


 本気でわからなくて聞いたのに、ロベールは苦笑しただけだった。


「木って、例の木か」


「そうだよ」


 ロベールが結婚して白樫(シラカシ)を出たあと、アルノーは何度か家を訪ねたことがあったから、庭に大きな木があることは知っていた。それをロベールの妻がいたく気に入っているということも、よく聞かされていた。

 だが、それももう八年ほど前になるだろうか。奥方がまだ生きていた頃の話だ。


 卓に身を屈めて返事をしたため始めたロベールに、アルノーは言った。


「残すんだろ?」


「そうしたいけどね。根を切ってもらうから、そのまま枯れてしまうかもしれないな」


 アルノーは、思わずまじまじとロベールの横顔を見つめた。奥方があれほど気に入っていた木なのだから、ロベールにとっても特別なものだと思っていた。そんな木を失うかもしれないというのに、ロベールは顔色ひとつ変えない。

 アルノーには、それがよくわからなかった。

 亡き妻との思い出があるから、あの家に住み続けているのではなかったのか。

 それなら、なぜあの木が枯れることを、こんなにすんなりと受け入れられるのだろう。


 ロベールが伝書を折り畳むのを見ながら、アルノーは思わず口にしていた。


「……お前は、白樫(シラカシ)へ戻ろうとは思わなかったのか」


 ロベールはしばらく黙っていた。その表情には相変わらず疲れが滲んでいたが、気を悪くした様子はなかった。アルノーの質問についてどう答えるか、ただ真面目に考えているようだった。


「戻るったって、理由がないだろう? あそこはもう僕の家なんだから。あの家を引き払ってここに越してくるほうが手間じゃないか」


 そうだろうか。

 一人では不便も多いはずだ。ロベールは現役の騎士なのだから、白樫(シラカシ)に戻れば部屋があてがわれる。食事も出るし、困ったことがあれば、誰かしら捕まえて助けを求められる。

 それは、戻る理由にはならないのだろうか。ましてロベールは隊長格の騎士なのだから、部下連中が放っておくわけもないのに。


「一人で不便じゃないのか?」


「今さらだな。まあ、見合いの場には何度も引っ張り出されたよ」


「見合い?」


「再婚しないのかってさ」


「無遠慮だな」


「そう邪険にするものではないよ。世話焼きが近くにいるのはありがたいことだ」


 ロベールは少し考えてから続けた。


「でも、あれこれ説明するのが面倒でね。相手が若いほどそうなんだ。断ると、どうも妻のことを気にしているんだと思われることが多くてね」


 思っていた答えとずいぶん違った。


「思われるって。奥方が忘れられないんじゃないのか?」


「そりゃあ忘れないよ。だが、それとこれとは話が別だろう」


「別か?」


「そもそもね。僕は若い娘をもうそういう目では見られないんだ。それだけの話なのに、何でもかんでも妻のせいにされたら困ってしまうよ。僕は……」


 そこまで言うと、ロベールは、仕方がないとでもいうように笑みを浮かべた。その表情には、諦めと寂しさが混じっていた。


「だが、どうもそういう風には見えないらしい」


 周囲はきっと、ロベール・マルコヴィッチが若い女になびかない理由を、亡き妻に求めてしまうのだろう。

 そして、アルノーもまた、そう思い込んでいた。

 亡き妻の影響は確かにあるのだろう。だが、それですべての説明がつけられるわけがない。妻を亡くしてから今日まで、ロベールにも仕事があり、責任があり、生活があるのだから。

 

 ロベールは、少し間を置いて付け加えた。


「どうせ紹介してくれるなら、年上がよかったな」


「もう四十過ぎてるだろ」


 ロベールは呆れたように言った。


「お前ね。結婚を何だと思ってるんだ?」


 アルノーは答えられなかった。

 ロベールの考える結婚というものは、アルノーにはよくわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。