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白樫騎士寮の旦那さま――隊長を婿に迎えようとしたら、寮生たちの様子が何だかおかしい  作者: 遠野 文弓


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3.合同任務

 アルノー・グランヴェルという名を使うのも、あとしばらくだ。バルタ家へ婿入りすれば、アルノー・バルタになる。

 アルノー・バルタ。まだ聞き慣れない名を頭の中で一度唱えてから、アルノーはマーガレットへ告げた。


「いつもより大がかりな遠征でね。往復の日数を含めたら、一週間はかかる。長引きそうなら、先に知らせを送ろう」


 近く、町を上げた祭りの予定がある。

 (おり)()しく周辺で魔獣の目撃が相次いだため、騎士団は現地へ赴き、町の代表者や地元警備隊から詳しい事情を聞くことになった。どの程度の警備が必要になるか、そもそも祭りを予定どおり行うかどうかも、これから決めなければならない。複数の隊を動かすうえ、町全体に関わる決断も必要になるため、今回はオーギュスト騎士団長も同行することになっていた。


「承知いたしました。どうぞお気をつけて」


 マーガレットは、いつもと変わらぬ顔で送り出してくれた。

 遠征など初めてのことでもないのに、今日はどうも名残惜しい。もう一言くらい、彼女と話していたかったような気もする。

 婚約者との別れ際では、もう少し何かしたほうがいいのだろうか。

 手を出さないと約束したのは自分のほうだ。しかし、どこまでなら手を出したことにならないのか、アルノーには判断がつかない。先日は稽古のためにマーガレットの両手首を掴んだが、あれはどうだ? 手を出したうちに入るのか……?


 そんなことを考えながら、アルノーは隊に合流した。

 最初に話しかけてきたのは、やはりガスパールだった。


「おや。お別れはあれだけでよろしいのですか、隊長?」


「やかましいな」


 冷やかしてくるガスパールを、アルノーは苦笑しながら左手で追い払う。

 隣では、リュカが真剣な顔でマーガレットに頭を下げていた。隊で最年少のリュカは、アルノーの婚約が決まってから、彼女に対して妙に丁寧になった。礼を尽くしているにしても、少々大げさだ。


 先行するロベール隊の後ろへ、アルノー隊も続く。


 *


 白樫(シラカシ)を発って一日半、アルノーたちは目的の町へ到着した。

 まずは町の営所へ入り、隊員を休ませる。馬と荷の始末を部下へ任せたところで、オーギュスト団長から領主館へ来るよう命じられた。ロベールをはじめ、今回の遠征に参加する各隊の隊長も同席するという。


 領主館では、領主の代理を務める役人、地元警備隊長、祭事を仕切る町の有力者たちが待ち構えていた。長旅をねぎらう言葉と茶を受けたのち、挨拶もそこそこに、卓上へ地図が広げられる。

 話が祭事の扱いへ及ぶや否や、地元警備隊長は待ちかねたように口火を切った。


「安全が確認できるまで、騎士団長の名で延期を命じていただけませんか」


 オーギュスト団長は、地元警備隊長の顔を見た。


「祭りを止めるだけの危険があると?」


「何かあってからでは遅いでしょう!」


「その通りだ。しかし、騎士団は祭事をどうこうする立場にない。したがって、こちらから異議を唱えるつもりはない」


 祭事を仕切る有力者の一人が、我が意を得たとばかりに身を乗り出す。


「では、予定どおり開催して差し支えないとのご判断ですな?」


「まだ申し上げておらなかったかな。われわれは安全を確かめるために来たものでね」


 オーギュスト団長は、柔らかく言い添えた。


「地元警備隊には町内に残っていただこう。われわれは明日から二日間、目撃地点と街道を調べる。わかったことは都度お知らせしよう。それまで準備を進めるかどうかは、諸君の判断にお任せする。――二日後にも、同じ判断ができるとは限らないがね」


「しかし、いきなり中止では……」


「では、今日のうちに取りやめなさるかね?」


 町の有力者たちは、互いに顔を見合わせる。オーギュスト団長は、卓を囲む面々を順に見渡した。


「祭りをどうするかは、諸君に決めていただく。われわれは判断に必要な材料をそろえよう」


 アルノーは、心の中でため息を吐いた。

 異論がないわけではない。

 安全を優先するならば、祭りなど端からやらないほうがよい。だが、魔獣の数も居場所も判明していない。

 何より、祭りを止めた場合に町が被る損失を、騎士団が補填できるわけではないのだ。


 話し合いの結果、地元警備隊は町内と祭事会場の警戒に残り、騎士団は街道と周辺の集落を受け持つことになった。

 領主館の石段を下りながら、アルノーは、隣を歩くロベールに聞かせるともなく言った。


()めたほうがいいと思うけどな」


「それで人が消えるならいいんだけどね。()めたところで、行き場を失った人が街道にあふれるだけだ」


 ロベールは変わらず淡々と言って、持っていた地図を広げた。




 翌日から、アルノーたちは人通りの多い街道を巡回した。

 目撃のあった場所を調べつつ、荷車や旅人を誘導する。魔獣の姿が見えなくとも、するべきことはいくらでもあった。


 二日目の午後、近隣の集落から魔獣が現れたとの知らせが入った。

 オーギュスト団長は、予備として残していた騎士を率いて、最寄りを巡回していたアルノー隊と合流した。

 彼らが駆けつけたとき、住民は避難の途中だった。

 集落の外れまで迫る魔獣に、騎士たちが数度の攻撃を加え、森の手前まで追い詰める。

 アルノーが剣でその肩口を裂くと、魔獣はとうとう逃げ出した。


 剣を握り直した瞬間、右肩に鈍い痛みが走る。アルノーは腕を軽く振った。脈打つような痛みは残っているが、動かす分には問題ない。隊の消耗は浅い。ここで討ってしまえば、同じ魔獣を警戒せずに済む。


「余力はあります。追撃の許可を」


「ならん」


 アルノーの提案を、オーギュスト団長は即座に退けた。


「履き違えるなよ、グランヴェル。われわれの目的はあれを討ち取ることではない。住民の避難を優先せよ」


 集落を振り返れば、荷を抱えた住民たちが、地元警備隊に導かれて街道へ向かっていた。まだ家々を回っている者もいる。


 ――住民を守るには、根本の脅威を断たなければならない。


 アルノーはそう考えていたし、その考えを取り消すつもりもなかった。

 だが、団長の判断も間違ってはいない。何より、追撃を強行する権限をアルノーは持たない。


「……承知しました」


 アルノーは剣を収め、部下たちへ避難の援護を命じた。


 *


 祭りは、規模を縮小して開かれた。町外へ出る行事は取りやめ、日が暮れる前には門を閉じることになった。地元警備隊は町内に残り、騎士団は引き続き、街道や周辺集落の警戒にあたる。


 当日、大きな混乱は起きなかった。

 日が落ちる頃に営所へ戻ると、アルノーを呼び止める声があった。

 オーギュスト団長だった。


「追撃を許さなかったことに、不満があるようだな」


 アルノーはわずかに眉を寄せる。


「不満というほどでは」


 自分なら迷わず追撃しただろう。その考えは今も変わらない。しかし、住民の避難を優先した団長の判断とて間違っているわけではない。団長に異を唱えるつもりは毛頭ない。それを不満と決めつけられるのは、いささか心外だった。

 オーギュスト団長は、わずかに口角を上げた。


「そうだな。お前は命令に背くような男ではない。だが、納得したわけでもなかろう」


「……あの場で追っていれば、討ち取れたやもしれません」


「ああ。私もそう思う」


 思いがけない返答に、アルノーは思わずオーギュスト団長の顔を凝視してしまった。


「なら、なぜ」


「お前の隊を、集落から動かせなかったからだ。あれが一頭きりという確証もなかったしな。森へ入ったお前たちが戻るまで、住民を守る者が足りなくなるほうが余程まずい」


「ですが、逃がした以上、また現れるでしょう」


「だから警戒は続ける。お前の判断が間違っていたわけではないよ、アルノー。一隊の長なら、目の前の脅威を排除しようとするのは当然だ。私には、その一隊をどこへ残すか決める責任がある。それだけの違いだよ」


「では、避難が済んでいれば、追撃を許可されましたか」


「それは状況によるがね」


「それならば、どちらに転んでも団長が正しいわけですね」


 オーギュスト団長は、ふっと笑った。


「威勢のいいことだ」


 団長は、営所の一室に用意された卓へ向かうと、椅子を引いた。そのまま右手で左の手袋を引き抜き、続いてもう片方も脱ぐ。二つを卓の端に揃えて置いた。


 その何気ない動作が、なぜかアルノーの記憶に残った。

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