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ラムネ瓶の向こう側、君と目が合った季節。―青春恋愛オムニバス―  作者: ぽてと
図書室と付箋

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第9話 ラムネ越しの本当の君(3)

「……ごめん。変な顔、見せちゃった」


涙を拭いながら照れくさそうに笑う栞の顔は、いつもの完璧な彼女からは程遠かった。鼻の頭は赤く、目元は少し腫れている。けれど、強張っていた肩の力は抜け、その笑顔にはもう、何ひとつ嘘が混ざっていないように見えた。


「泣きすぎでしょ」

「結城くんが急に変なこと言うからじゃん……」


小さく膨れっ面をする栞に、湊はふっと息を吐いて笑った。

あんなに遠くに感じていた彼女が、今はこんなにも近くにいる。それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「喉、渇いたでしょ。僕もずっと校舎を走ってたから、カラカラだ」


湊が制服のポケットから財布を取り出して自販機に向かおうとすると、栞が慌てて立ち上がり、その袖をちょこんと引っ張った。


「だめ。私から奢らせて」

「え?」

「……青い付箋の、お礼。私の話をずっと聞いてくれたから」


栞は少しだけ鼻声のままそう言うと、小銭入れを取り出し、古い自販機のボタンを二つ押した。

ガコン、ガコンと重い音を立てて落ちてきたのは、少し季節外れの瓶のラムネだった。


「はい、結城くん」

「ありがとう」


受け取った瓶は、ひんやりと冷たかった。

栞が慣れた手つきでガラスの飲み口にキャップを押し込む。

カランッ、と。

固く蓋をしていたビー玉が瓶の底へと落ちる音が、夕暮れの渡り廊下に響いた。それはまるで、彼女がずっと被り続けてきた分厚い仮面が、ついに外れ落ちた音のようだった。


シュワッと炭酸の弾ける音が広がり、二人は並んで一口飲む。

甘酸っぱくて、少しだけ喉の奥がチクリと痛む微炭酸の味。今まで抱えていた罪悪感や葛藤が、炭酸の泡と一緒に溶けていくような気がした。


「……結城くんの字、少し右上がりで、真面目そうな字だなって思ってた」


ラムネの瓶を見つめながら、栞がぽつりと呟いた。


「えっ、そうだったかな」

「うん。でも、書いてある言葉はすごく優しくて、不器用で……だから、絶対に悪い人じゃないってわかってたよ」


「篠原さんの字は、丸くて丁寧で、すごく可愛かった。でも、悩みを書いてる時はいつも少し震えて見えて……放っておけなかったんだ」


「なにそれ、恥ずかしい」


栞がくすくすと笑う。

図書室という静寂の海に投げ込んだ、宛名のないボトルメール。

それは確かに相手に届き、こうして不器用な二人の距離を近づけてくれた。顔が見えないからこそ言えた本音が、今の二人を繋ぐ確かな道しるべになっていた。


ふいに、栞の横顔が真剣なものに変わった。

西日を浴びて、彼女の茶色い髪が透き通るように光っている。


「私ね、明日からはちゃんと図書室に行く」


栞は真っ直ぐに湊の目を見て、はっきりとした声で告げた。


「友達に何を言われても、本が好きだってちゃんと言う。……結城くんがおすすめしてくれた本、最後まで読みたいから」


その言葉に込められた勇気を理解して、湊は大きく目を見開いた。

それは、彼女が「空気を読むための嘘」を捨てるという宣言だった。もう隠れるための安全地帯としてではなく、結城湊という一人の男の子に会いに行くために、図書室の扉を開けるという決意。


「……うん。待ってる。あの本、次は篠原さんが借りる番だから」


湊がそう答えると、栞は今日一番の、とびきり綺麗で嘘のない笑顔を咲かせた。


「ふふっ。じゃあ、明日の放課後ね」


栞は嬉しそうに笑いながら、飲みかけのラムネ瓶を夕日の光へと高く掲げた。

瓶の中で、ビー玉がカランと涼しげな音を立てる。


湊は、その掲げられたラムネ瓶のガラス越しに、彼女の顔をそっと覗き込んだ。

分厚い水色のガラスと、閉じ込められたビー玉を通して見る世界。

そこに映る彼女の笑顔は、少しだけ歪んでいて、泣き腫らした目元も誤魔化せていなくて、クラスで見せるような完璧なアイドルの顔ではなかった。


けれど、偽りのないその透明な笑顔は、息を呑むほどに美しかった。


名前も知らない付箋のやり取りから始まった、僕たちの不器用で、甘酸っぱい季節。

ラムネ瓶の向こう側で、本当の君と目が合ったこの瞬間を、僕はきっと一生忘れない。

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