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ラムネ瓶の向こう側、君と目が合った季節。―青春恋愛オムニバス―  作者: ぽてと
図書室と付箋

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8/10

第8話 ラムネ越しの本当の君(2)

廊下を全力で走るなんて、いつ以来だろうか。


息を切らしながら、湊は放課後の校舎を彷徨っていた。

三年生のフロア、中庭、昇降口。栞がいそうな場所を探して回ったが、どこにも彼女の姿はない。


(どこだ……どこにいるんだ)


立ち止まり、膝に手をついて荒い息を吐く。

もし彼女がすでに帰ってしまっていたら。あるいは、友人たちと一緒に駅前へ遊びに行ってしまっていたら。

不安が胸をよぎるが、すぐに首を振って否定した。


『本当の自分を出すのが怖いんです』


あんな切実な言葉を付箋に残していた彼女が、あの日の一件で限界を迎えていないはずがない。

誰にも見つからない場所で、一人で膝を抱えて泣いているんじゃないか。そんな予感がしてならなかった。


「……あ、栞? 急に貧血っぽいから休むって言ってたよ」

「えーマジ? じゃあ今日のカラオケ延期かぁ」


階段の踊り場で、すれ違った女子生徒たちの会話が耳に飛び込んできた。

湊はハッと顔を上げた。


貧血で休む。それはきっと、友人たちの輪から逃げ出すためについた嘘だ。

体調不良を理由にするなら、保健室……いや、今の彼女が大人や他の生徒の目がある場所に行くとは思えない。


もっと静かで、誰も来ない場所。

校舎の中で、そんな死角になる場所といえば――。


湊は再び駆け出した。

向かった先は、特別教室棟と体育館を繋ぐ、古い渡り廊下。

普段からあまり人が通らず、放課後になればほとんど誰も寄り付かない場所だ。


薄暗い廊下の角を曲がり、夕日が差し込む窓辺へと視線を向ける。

そこに並んだ古い自動販売機の横。


「……あ」


湊の足が、ピタリと止まった。

西日を背にしてベンチに座り込んでいる、見覚えのある後ろ姿。


「篠原、さん」


震える声で呼びかけると、その肩がビクッと大きく跳ねた。

ゆっくりと振り返った栞の顔は、ひどく青ざめていて、目の下にはうっすらと隈のような影が落ちていた。

教室で見せる華やかな姿からは想像もつかないほど、ボロボロで、今にも消えてしまいそうな危うさがあった。


「……結城、くん?」


栞は信じられないものを見るように目を丸くした後、ハッとして反射的に口角を上げた。


「ど、どうしたの? こんなところまで。私、ちょっと貧血気味で休んでたんだけど、もう平気だから……」


かすれた声で紡がれる、痛々しいほどの作り笑い。

あの日、図書室で友人に囲まれた時に見せたのと同じ、強固な拒絶の壁。


その痛々しい笑顔を見た瞬間、湊の中で燻っていた熱が、一気に限界を突破した。


「もう、無理して笑わなくていいよ」


湊の口から、無意識のうちに強い言葉がこぼれ落ちていた。

栞の表情が、ピシリと凍りつく。


「え……?」

「誰かを安心させるために笑えるのは、篠原さんの優しさだと思う。でも……」


湊は一歩、また一歩と彼女に近づきながら、あの古い本のページに書き付けた自分の言葉を、一つひとつ噛みしめるように口にした。


「無理して笑わなくてもいい場所が、一つくらいあってもいいんじゃないかな。……少なくとも、あの本のページの中では、君は君のままでいいと思う」


その言葉を聞いた瞬間、栞の目が見開かれた。

呼吸が止まり、小刻みに震え始める唇。


「どうして……結城くんが、その言葉を……」

「ごめん。……ずっと、言い出せなくて」


湊は彼女の目の前で立ち止まり、真っ直ぐにその瞳を見つめ返した。

もう、逃げない。隠さない。


「あの本に、青い付箋を貼っていたのは……僕です」


夕暮れの渡り廊下に、湊の静かな声が響いた。

栞は両手で口元を覆い、言葉にならない息を呑んだ。


「結城くん、が……? 嘘……だって、じゃあ、私のあの暗い悩みも、全部……」

「うん。全部、読んでた。君が、本当は周りに合わせるのに疲れてて、一人で泣きそうになってたことも」


軽蔑されるかもしれない。気味が悪いと怒られるかもしれない。

それでも湊は、言葉を紡ぐのをやめなかった。


「この間、君の友達が図書室に来た時、何も言えなくてごめん。君が無理して笑って、本なんて読まないって嘘をついた時も、引き留められなくて、本当にごめん」

「……っ」

「君は、本当の自分を知られたらがっかりされるって言ってたけど……そんなこと、絶対にない。僕は、付箋の中で本当の気持ちを話してくれる君のことも、図書室で無邪気に本の話をしてくれる君のことも、どっちも大好きだから」


静寂の中、栞の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。


それは、彼女がずっと被り続けてきた『完璧な篠原栞』という仮面が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。


「……ばか」


震える声でそう呟きながら、栞はしゃがみ込み、膝に顔を埋めた。


「どうして、早く言ってくれないの……っ、私、ずっと一人で……すごく、怖かったのに……っ!」


堰を切ったように溢れ出したのは、彼女がずっと抑え込んでいた本当の感情だった。

しゃくり上げるような泣き声が、夕暮れの廊下に響き渡る。


湊は何も言わず、ただ静かに彼女のそばに立ち尽くしていた。

かけるべき言葉なんて、もう必要なかった。今はただ、彼女が心の底に溜め込んでいた泥のような感情を、すべて涙と一緒に吐き出してしまうのを待つだけでよかった。


西日が傾き、二人の影が床に長く伸びていく。

真実を告げたことで、嘘と秘密で隔てられていた二人の距離は、ようやくゼロになった。

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