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ラムネ瓶の向こう側、君と目が合った季節。―青春恋愛オムニバス―  作者: ぽてと
図書室と付箋

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7/10

第7話 ラムネ越しの本当の君(1)

あの日から、図書室に栞が姿を見せることは一度もなかった。


放課後のカウンターで返却作業をしていても、スライドドアが開く音に過敏に反応してしまう自分がいる。しかし、入ってくるのは見知らぬ下級生や、試験勉強をしに来た生徒ばかりだった。


廊下で偶然すれ違った時も、栞は気まずそうにスッと目を逸らし、足早に立ち去ってしまった。

彼女が友人たちの前で放った、「本なんて全然読まない」という言葉。

その場を取り繕うための咄嗟の嘘だったとはいえ、図書委員である湊の目の前で、彼がおすすめした本の世界ごと否定してしまったのだ。そのことに対する罪悪感と羞恥心が、彼女を図書室から遠ざけているのは明らかだった。


「……結城くん、どうかした? 手が止まってるわよ」


司書の先生に声をかけられ、湊はハッと我に返った。

手に持っていたバーコードリーダーを下ろし、誤魔化すように愛想笑いを浮かべる。


「すみません、少しぼーっとしてました」

「疲れてるんじゃない? 今日の当番はもういいから、早く帰りなさいな」

「……いえ。キリのいいところまで、やっていきます」


先生の気遣いをやんわりと断り、湊は返却された本の整理に戻った。


作業を終えた後、湊は誰もいない郷土史コーナーへと足を向けた。

分厚い辞典の裏に隠された『海辺の街と、終わらない手紙』。この数日間、湊は祈るような気持ちで毎日ここに来て、そっとページを開いていた。


しかし、今日開いたページにも、新しい桜色の付箋は貼られていなかった。


(やっぱり、ダメか……)


最後に彼女が書いた『本当の自分を出すのが怖いんです』というSOSの言葉と、自分が書いた『がっかりなんてしない』という青い付箋だけが、虚しく向かい合っている。


彼女が付箋でのやり取りをやめてしまった理由は、痛いほどわかっていた。

あの一件で、彼女にとって図書室は「無理して笑わなくてもいい安全地帯」ではなくなってしまったのだ。いつでも現実の『明るい篠原栞』として振る舞うことを要求される、息苦しい学校の一部へと変わってしまった。


その原因を作ったのは、友人たちから彼女を庇うこともできず、ただ傍観しているだけだった自分だ。


湊は本を閉じ、静かに棚に戻した。

胸の奥に、鉛を飲み込んだような重苦しい痛みが居座っている。


本当の自分を知られるのが怖いと言っていた彼女。

いつも周りの顔色を窺って、空気を壊さないように必死に笑っていた彼女。

そんな彼女が、唯一本音を吐き出せる場所が、あの小さな桜色の付箋だったのに。一緒に本の話をして、あんなに嬉しそうに笑ってくれていたのに。


(このままで、いいはずがない)


湊は拳を強く握りしめた。

図書室のカウンターで待っているだけでは、もう彼女と繋がることはできない。

付箋という見えない糸は途切れ、現実の図書室という接点も失ってしまった。


だったら、自分から動くしかない。


「言葉にできないからこそ、僕たちは本の中に代弁者を探している」

かつて自分が青い付箋に書いた言葉が、脳裏をよぎる。


違う。言葉にできないなら、できるようになるまで向き合わなきゃいけないんだ。本のページの中に隠れている場合じゃない。僕自身の言葉で、彼女に伝えなきゃいけない。


『君がどんな顔をしていても、僕は絶対にがっかりなんてしない』と。


時計の針は、午後四時半を回ったところだった。

まだ学校には生徒がたくさん残っている。彼女もきっと、どこかで息をひそめるようにして、嘘の笑顔を浮かべているはずだ。


「先生、すみません! 今日はやっぱり、ここで上がらせてもらいます!」


湊はカウンターに駆け寄り、荷物を掴んだ。

突然の大きな声に、司書の先生が目を丸くしている。


「え、ええ。気をつけて帰りなさいよ……って、結城くん!?」


先生の声を背中で聞きながら、湊は図書室を飛び出した。

今まで、この静寂の世界から外に出ることをあんなに恐れていた自分が嘘のようだった。


初夏の生ぬるい風が、廊下の開いた窓から吹き込んでくる。

運動部の掛け声。吹奏楽部の楽器の音。生徒たちの笑い声。

いつもなら耳を塞ぎたくなるような学校の喧騒の中へ、湊は迷うことなく駆け出していった。

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