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ラムネ瓶の向こう側、君と目が合った季節。―青春恋愛オムニバス―  作者: ぽてと
午前2時のコインランドリーと、モラトリアムの特等席

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10/10

第10話 午前2時のドラム式(1)

大学二年の秋。

学生という「モラトリアム」の折り返し地点を過ぎた頃、僕の部屋の洗濯機が壊れた。


『ガコン、ガゴゴゴゴ……ピーッ、ピーッ』


深夜二時。脱水の途中で異音を発し、力尽きたように沈黙した縦型洗濯機を前に、瀬戸悠真せとゆうまは深いため息を吐いた。

コンセントを抜き差ししても、フタを開け閉めしても、ウンともスンとも言わない。中には、水をたっぷりと吸って重くなったバスタオルやパーカーが、無惨な姿で横たわっている。


「……まじかよ。明日着ていく服、ないぞ」


悠真は頭を掻きむしった。

明日は二限から絶対に休めないゼミの発表がある。びしょ濡れの服を放置して寝るわけにもいかない。


仕方なく、悠真は水を吸った重い洗濯物を四十五リットルのゴミ袋に詰め込むと、部屋の鍵と小銭入れだけをポケットに突っ込んでアパートを出た。


十一月の深夜の空気は、肺の奥がツンとするほど冷たい。

薄手のスウェットのポケットに手を突っ込み、白い息を吐きながら、徒歩五分の場所にある古いコインランドリーへと向かう。


(……俺、なにやってんだろ)


重いゴミ袋を引きずりながら歩いていると、ふと、そんな考えが頭をよぎった。


最近、周りの友人たちが少しずつ変わり始めている。

「三年になったらインターンに行く」「資格の勉強を始めた」「そろそろ髪を黒く染め直す」

そんな会話が、学食のテーブルで当たり前のように交わされるようになった。


経済学部に籍を置いているものの、悠真にはこれといった夢も、やりたい仕事もない。ただ流されるままに大学に入り、サークルにも入らず、生活費を稼ぐための居酒屋バイトと大学を往復するだけの日々。


何者かになろうとして前へ進み始めた友人たちと、何も持っていないまま立ち止まっている自分。

その焦燥感が、最近の悠真の胸の奥に、得体の知れない泥のように澱んでいた。

途中で動かなくなったあの古い洗濯機は、まるで今の自分自身を見ているようで、無性に腹が立った。


「……着いた」


住宅街の隅っこ。色褪せた『コインランドリー』のネオンサインが、ジージーと虫の鳴き声のような音を立てて点滅していた。


ガラス張りの引き戸を開けると、独特の洗剤の匂いと、乾燥機の放つ生温かい空気がふわりと体を包み込んだ。

壁沿いに並んだ古びた縦型洗濯機と、業務用の大きな乾燥機。蛍光灯がチカチカと頼りなく明滅している。


深夜二時のコインランドリーなんて、自分以外誰もいないだろう。

そう思っていた悠真の予想は、あっさりと裏切られた。


「あ……」


一番奥にある大型のドラム式洗濯機の前に、先客がいたのだ。


年齢は、悠真と同じくらいだろうか。

少し寝癖のついたボブヘアに、ダボッとしたデニム生地のオーバーオールを着た女の子。

彼女は、ドラムの中でぐるぐると回る洗濯物を、プラスチックの丸椅子に座ったまま、まるで面白い映画でも観るかのようにじっと見つめていた。


(こんな夜中に、女の子一人で……?)


不審に思われないよう、悠真はなるべく音を立てないように手前の洗濯機にゴミ袋の中身を突っ込んだ。

小銭を入れてスタートボタンを押すと、機械が重々しい音を立てて動き始める。


洗い終わるまで、約四十分。

悠真は少し離れた場所にあるパイプ椅子に腰を下ろし、スマホを取り出した。しかし、こんな時間ではSNSのタイムラインも更新されていない。


手持ち無沙汰になり、視線を上げると、嫌でも斜め前に座る彼女の姿が目に入った。


彼女が着ているオーバーオールには、あちこちに汚れがついていた。

いや、泥汚れじゃない。

赤、青、黄色、緑。色鮮やかな『絵の具』の染みだ。まるで、彼女自身がキャンバスの一部になってしまったかのように、無数の色が散りばめられている。


(……美大生、かな)


悠真の通う大学の近くには、有名な美術大学のキャンパスがある。

きっと、夜通し作品を作っていて、そのまま洗濯に来たのだろう。


彼女はスマホを見るでもなく、本を読むでもなく、ただひたすらに、ドラム式洗濯機の丸い窓の向こうを眺めている。

ぐるぐる、ぐるぐる。

規則的に回り続ける水流と、泡にまみれた衣類。


その横顔は、深夜の静寂に溶け込んでしまうくらい、不思議なほど透明だった。

昼間の騒がしい大学キャンパスでは絶対に出会わないタイプの、別の世界に住んでいる生き物のように見えた。


『ガコン、ゴウンゴウンゴウン……』


二台の洗濯機が回る重低音だけが、蛍光灯の下で響き合っている。

言葉を交わすわけでもない。ただ、深夜二時の古いコインランドリーという閉鎖空間で、見知らぬ二人が洗濯機の終わる音を待っている。


それは悠真にとって、モラトリアムの焦りからほんの少しだけ解放される、奇妙で、どこか心地よい時間だった。

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