第76話 夕立と、ピントの合わない感情(1)
数日後。町の中心部から自転車で二十分ほど走った外れにある、広大なひまわり畑。
見渡す限りに広がる鮮やかな黄色と、目が痛くなるような青空のコントラストが、夏の暴力的なまでの生命力を力強く主張していた。
「ちょっと蒼太、なんで私までこんな暑いところに付き合わなきゃいけないの……。溶ける、マジで溶けちゃう」
麦わら帽子のつばを手でパタパタと仰ぎながら、結衣が恨めしそうな声で文句を言う。
「うるさい。写真部で『夏』をテーマにしたコンクールに出すんだ。風景だけだと画が締まらないから、モデルになれって言っただろ」
「だからって、なんで私? もっと写真映えする可愛いモデルいるじゃん」
「お前みたいに暇そうにしてるやつが他にいなかっただけだ。ほら、そこの一番背が高いひまわりの横に立てよ」
僕はぶっきらぼうに指示を出しながら、首から下げたカメラを構えた。
結衣を連れ出したのは、もちろんコンクールのためなんかじゃない。あの薄暗い神社の境内で、止まったストップウォッチを見つめていた彼女を、少しでも明るくて開けた場所に引っ張り出したかったのだ。
「もう、文句言いながらもちゃんと付き合ってあげる私、優しすぎない?」
ぶつぶつと言いながらも、結衣はひまわりの隣に立ち、カメラに向かってピースサインを作る。
ファインダー越しに覗く彼女の顔には、神社で見せたようなあの痛々しい嘘の笑顔はなかった。
太陽に向かって真っ直ぐに咲き誇るひまわりに囲まれているせいか、それとも外の空気を吸ったせいか。少しだけ肩の力が抜け、彼女本来の自然な柔らかさが戻ってきているように見える。
カシャッ、カシャッ、と立て続けにシャッターを切る。
「いいね、もう少し右向いて」
「こう?」
「ああ、そのまま」
ピントリングを回しながら、僕は胸の奥でチクチクとくすぶる歯がゆさを噛み締めていた。
本当は、彼女の足の怪我のこと、来年のインターハイが絶望的だってこと、全部知っていると伝えたい。一人で無理して笑うなと、言ってやりたい。
けれど、今の僕は結衣をまるで「腫れ物」のように扱っている。
彼女が一番触れられたくないであろう核心を避けて、ただ無難な嘘をつき、表面上の明るさだけを取り繕おうとしている。ファインダーの中の彼女が少し自然に笑ってくれただけで安心して、自分が彼女を救った気になろうとしている。
そんな姑息で臆病な自分が、たまらなく嫌だった。
「……ねえ蒼太、なんか向こうの空、暗くない?」
ひまわりに顔を寄せていた結衣が、ふと空を見上げて声を上げた。
ファインダーから目を離し、彼女の視線の先を追う。
ついさっきまで抜けるように青かった山の稜線から、墨汁をひっくり返したような真っ黒な積乱雲が、不気味なほどの速さで湧き上がり、こちらへ向かって迫ってきているのが見えた。
それと同時に、生ぬるかった風が急に冷気を帯びて、ひまわり畑を大きく揺らす。
「嘘だろ……夕立か」
「えっ、最悪! 洗濯物干しっぱなしなんだけど!」
「そんなこと言ってる場合か! 降ってくるぞ、走れ!」
ポツリ、と鼻先に冷たい水滴が落ちたかと思うと、それは数秒の間に激しい雨音へと変わり、僕たちの頭上から一気に叩きつけてきた。




