第54話 オレンジ色の道と、それぞれの朝(3)
午後五時半。定時のチャイムがオフィスに鳴り響いた。
「お疲れ様でした!」
いつもより少しだけ弾んだ声で先輩たちに挨拶をして、私は足早にオフィスを後にした。
外に出ると、夏の終わりの少し生温かい風が頬を撫でた。
西の空には、昨日あの無人駅のホームで見たのと同じ、燃えるようなオレンジ色の夕焼けが広がっていた。
駐車場へと歩きながら、私は大きく背伸びをした。
昨日までは、夕暮れを見ると「あぁ、彼の夏休みが終わってしまう」「また代わり映えのない日常が戻ってくる」と、ひどく寂しい気持ちになっていた。
でも、今日の夕焼けは違う。
このオレンジ色の空は、あの単線の線路と同じように、東京のビル群の隙間から見える空とも確実につながっている。遠く離れた街で、満員電車に揺られている彼も、もしかしたらビルの隙間から同じ空を見上げているかもしれない。
軽自動車のドアを開け、運転席に乗り込む。
ふと、誰も乗っていない助手席に視線を落とした。
いつもなら自分のバッグくらいしか置かないその場所に、来週末には、少し照れくさそうに笑う彼が座るのだ。
「……デート服、本気で買いに行かなきゃな」
ハンドルを握りながら一人ごちて、私は小さく笑い、エンジンをかけた。
今まで「親友」という名の安全地帯に引きこもり、変化を恐れてばかりいた私。
でも、思い切って境界線を踏み越えた先にある現実は、想像していたよりもずっと温かくて、今まで見えていなかった鮮やかな色に満ち溢れていた。
カーオーディオから流れる音楽が、昨日よりもずっとクリアに耳に届く。
窓を少し開けて走り出すと、夕暮れの涼しい風が車内を吹き抜けていった。
オレンジ色に染まる田んぼのあぜ道を抜けながら、私はアクセルを少しだけ強く踏み込んだ。
遠距離恋愛の毎日は、きっと楽しいことばかりじゃない。
仕事がうまくいかなくて八つ当たりしてしまう日もあるだろうし、会いたくても会えない夜には、あの無人駅で感じた以上の孤独や寂しさに押しつぶされそうになるかもしれない。
それでも、私たちはもう立ち止まらない。
安全な場所から無難なエールを送るだけの関係は終わりにしよう。
お互いの戦場で泥まみれになり、ボロボロになりながら、それでも同じ未来に向かって一緒に歩いていくと決めたから。
バックミラー越しに、沈みゆく太陽が眩しく光った。
ヒグラシの声が遠くの山間に響く中、私の車は県道を真っ直ぐに進んでいく。
そのオレンジ色の夕焼けは、決して「一日の終わり」を告げる寂しい光ではなく。
私たち二人の新しい明日へと続く、温かくて確かな道標だった。




