第52話 オレンジ色の道と、それぞれの朝(1)
午前七時。
東京のワンルームマンションに差し込む光は、田舎のそれとは少し違う、どこか冷たくて鋭い白さをしている。
ピー、ピー、と無機質な電子音が部屋に響いた。
枕元に放り投げてあったスマートフォンを掴み、画面を一瞥してスワイプする。二日酔いのような頭の重さを感じながら、私はふうっと小さく息を吐いてベッドから上半身を起こした。
「……っぶな、もうこんな時間か」
昨晩、いや、今朝方まで拓海と長電話をしていたせいか、睡眠時間は四時間足らずだった。
ベッドから這い出るようにして立ち上がり、まだ少し気だるい体を伸ばしながらキッチンへと向かう。電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。ボコボコとお湯が沸騰する低い音を聞きながら、私はリビングの窓の外に目をやった。
マンションのベランダの向こう側には、ビルの隙間から青空が広がっている。
東京の朝。相変わらず騒々しい救急車のサイレンや、遠くで聞こえる車の走行音。何も変わらない、いつもの日常がそこにあった。
けれど、私の胸の奥だけは、昨日の夜からずっと、まるで別の世界にいるかのようにフワフワと浮き足立っていた。
『じゃあ、来週末の土曜日、絶対に行くから。新幹線のチケット、今から取っとくわ』
昨日の夜、無人駅のベンチで最終電車を見送ったあと、東京の部屋に戻った拓海からすぐにビデオ通話がかかってきた。
画面の向こうの彼は、相変わらず散らかったデスクの前に座っていたけれど、その顔はいつもより何倍も晴れやかで、少し誇らしげだった。
『遠距離恋愛なんて初めてだからさ、正直どうなるか全然わかんないけど……でも、もう逃げないから』
画面越しにそう言って照れくさそうに笑った彼の顔を思い出して、私は思わずマグカップを持ちながら一人でニヤけてしまった。
「……いけない、顔が緩んでる」
沸騰したお湯をマグカップに注ぎ、インスタントのコーヒー粉を溶かす。
恋人同士になったからといって、私たちの生活が劇的に変わるわけではない。彼は東京で激務のITエンジニアを続け、私は地方都市で事務員を続ける。平日はこれまで通り会えないし、お互いの仕事の愚痴を電話で言い合う日々が戻るだけだ。
だけど、関係の「名前」が変わった。
ただの「便利な親友」でも「セーブポイント」でもなく、お互いの未来を少しだけ重ね合わせる「恋人」になった。それだけで、見慣れたはずの朝の景色が、まるで鮮やかなフィルターを通したように違って見える。




