第46話 停滞と夕暮れ(1)
カナカナカナカナ……。
蜩の哀愁を帯びた鳴き声が、少しだけ涼しくなり始めた夕暮れの空気に溶けていく。
木造の古びた駅舎と、ところどころ錆びついたトタン屋根。一時間に一本しか単線の電車が来ないこの無人駅には、今は私と、隣のベンチに座る彼しかいない。
「……あっつ。もう夕方だってのに、全然気温下がらないな」
隣でパタパタと手で風を仰ぎながら、拓海が苦笑いをする。
白いTシャツに薄手のシャツを羽織った彼の横顔は、駅のホームに差し込む強い西日を浴びて、淡いオレンジ色に染まっていた。大学時代の四年間、そして卒業してから今日までの三年間。数え切れないほど隣で見てきた、見慣れた横顔だ。
「だから言ったじゃん。盆地の夏を舐めちゃダメだって。東京のアスファルトの照り返しもキツいだろうけど、こっちのまとわりつくような湿気もなかなかでしょ」
「間違いない。でもまあ、久々に栞の顔も見れたし、ばあちゃんの作った飯も美味かったし。良い夏休みになったよ」
拓海はそう言って、すっかり水滴のついたペットボトルのスポーツドリンクを喉に流し込んだ。
大学卒業と同時に、私は地元であるこの地方都市に戻り、地元の企業で事務員として働き始めた。拓海はそのまま東京に残り、中堅のIT企業で慌ただしい日々を送っている。
私たちは、周りから見れば呆れられるほど典型的な「ただの親友」だった。
お互いに恋人がいない期間が長く、お盆や正月、こうして拓海が帰省してくるたびに、決まって二人で会って遊んでいた。今日も、昼間は少し離れた川沿いのカフェで涼み、道の駅で他愛のない無駄遣いをして、そして今、彼が東京へ戻るための電車を待っている。
(……あと、十五分)
ホームの端にある色褪せた時刻表を見るまでもない。次の上り電車が来るまでの時間を、私は頭の中で正確にカウントダウンしていた。
このまま彼を電車に乗せて見送れば、また明日から、私はエクセルと睨み合う代わり映えのない日常に戻り、彼は東京の満員電車に揺られる日々へと戻っていく。
それが、私たちの「普通」だ。
お互いの領域にこれ以上深入りせず、心地よい距離感を保ったまま、たまに会って笑い合う。社会人になり、日々の仕事にすり減っていく中で、このぬるま湯のような、絶対に傷つくことのない関係が、私はずっと好きだった。
……好きだった、はずなのに。




