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ラムネ瓶の向こう側、君と目が合った季節。―青春恋愛オムニバス―  作者: ぽてと
午前2時のコインランドリーと、モラトリアムの特等席

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第14話 モラトリアムの特等席(2)

「……ちょっと、外歩いてこない?」


その夜、二本目の缶コーヒーを飲み終えた後、悠真はふと思いついてそう提案した。

時刻は午前二時半。いつもならパイプ椅子に座ってぼんやりと洗濯機を眺めている時間だが、今日はなんだか、この狭い空間に留まっているのがもったいないような気がしたのだ。


「散歩、ですか?」

「うん。乾燥まであと三十分くらいあるし、ずっと座ってると冷えるからさ」


紬は少しだけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに「そうですね」と小さく笑って立ち上がった。


深夜の街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

二人は肩を並べて、コインランドリーの近くにあるシャッターの閉まった商店街をゆっくりと歩く。

足元を照らすのは、等間隔に並んだオレンジ色の街灯だけ。自分たちの足音だけが、コンクリートの道に反響して心地よく響いている。


「不思議ですね。昼間はあんなに人がたくさんいて、自転車もビュンビュン通る道なのに」


紬が、シャッターの降りた八百屋やパン屋の看板を見上げながら呟いた。


「夜中になると、全部がリセットされたみたいになりますね。まるで、世界に私たち二人しかいないみたい」

「……うん。なんか、ちょっと悪いことしてる気分になるよな」


悠真が冗談めかして言うと、紬は「ふふっ」と声を立てて笑った。

初めて会った夜の、あの触れたら壊れてしまいそうだった透明な横顔とは違う。今の彼女は、年相応の女の子らしい、血の通った柔らかい表情をしている。


商店街を抜けると、小さな児童公園があった。

街灯の光が届かない薄暗い公園の中には、砂場と、少し錆びついた二連のブランコがあるだけだ。


「……乗っても、いいですか?」


紬がブランコを指差して、少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「いいけど、冷たいよ。鉄の鎖だし」

「平気です。オーバーオール、厚手なので」


紬はそう言うと、左側のブランコにちょこんと腰を下ろした。キィ、と冷たい金属の音が深夜の公園に響く。

悠真も苦笑いしながら、右側のブランコに座った。


少しだけ地面を蹴って、ゆっくりと揺れてみる。

キィ、キィ、という規則的な音に合わせて、十一月の冷たい夜風が頬を撫でていく。


「瀬戸さんって、兄弟とかいます?」

「ん? いや、一人っ子だけど。鳴海さんは?」

「私、上に姉がいるんです。すごく優秀で、昔から何でもそつなくこなす人で……」


ブランコに揺られながら、紬はぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。

姉と比べられて育ったこと。それでも、絵を描いている時だけは自分が自分らしくいられたこと。だからこそ、今描けなくなってしまったことが、本当はたまらなく恐ろしいこと。


悠真は何も言わず、ただ静かに相槌を打ちながら、隣で揺れる彼女の横顔を見つめていた。


「ごめんなさい、こんな暗い話」


ふと、紬がブランコを止め、うつむき加減でそう言った。


「ううん。話してくれて嬉しかった」


悠真もブランコを止め、地面に足をついた。

二人の距離は、手を伸ばせばすぐに届くほど近い。オレンジ色の街灯の光が、紬の髪の毛を柔らかく縁取っている。


「俺さ」


悠真は、自分の膝の上で両手を組みながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「昼間は、早く何者かにならなきゃって、焦ってばっかりで息苦しいんだけど……ここに来て、鳴海さんと話してると、空っぽのままでも許されてるような気がするんだよね」

「……」

「だから、なんていうか。……この時間が、ずっと続けばいいのになって、ちょっと思ってる」


それは、悠真の口からこぼれ落ちた、初めての誤魔化しのない本音だった。


紬は小さく息を呑み、ゆっくりと顔を上げて悠真を見た。

至近距離で視線が絡み合う。彼女の大きな瞳の奥に、自分の顔が映っているのが見えた。


「私も……」


紬の唇が、微かに震える。


「私も、瀬戸さんとこうしている時間が……すごく、好きです」


風が止み、公園の木々のざわめきすら消えたような、完璧な静寂。

名前のつかない、ただ「コインランドリーで会うだけ」の曖昧な関係。だからこそ、今はまだお互いの抱える重い現実や、未来へのプレッシャーに触れることなく、ただ純粋にこの温かい時間を共有することができる。


キィ、と。

紬が少しだけ体を傾け、彼女の肩が、悠真の肩にそっと触れた。

厚手のオーバーオール越しに伝わってくる、かすかな体温。悠真は逃げることなく、その温もりを静かに受け止めた。


このまま、夜が明けなければいい。

明日のゼミも、展示会のプレッシャーも、全部この冷たい夜の底に沈めてしまえばいいのに。


二人はどちらからともなく寄り添い、深夜のブランコで、ただ静かに夜風の冷たさと互いの体温を感じ合っていた。

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