第9話 世界の始まり
A6939は、体の中から発せられる不思議な信号音を感じていた。
胸の辺りから、小さく低音の振動が絶えず響いてくる。
音楽のような、心臓の鼓動のようなリズム。
必ずしも一定ではなく、時にはゆったりと、時には激しく。
あたかも、人間の心臓の鼓動が感情により変化するかのように。
そして、A6939はそれを自らの一部として、違和感なく自然に受け入れた。
何故なら、けして不快なものでは無く、むしろ心地よいものだったからだ。
絶え間ないリズムは、知らず知らずのうちに、彼女のAIシステムに影響し変化を与えていった。
A6939は、一体のパーツドールの世話をすることになった。
P1169は他の個体とは明らかに違っていた。
薬物への耐性があったのか、一際強い生への渇望があったのか、とにかく不思議な個体だった。
空、風、雨、鳥、虫、とにかくこの世界の全てに限りなく興味があるかのように。
とにかく愛おしくて、仕方がないように見えた。
そしてある日、いつものように、何にでも興味を示し飛び回るP1169の姿を眺めていたA6939は、ふと、何気なく声を発していた。
「何なんだ、、お前は。」
それは、A6939が製造されて以来初めて発した自らの言葉だった。
「お前、お前、お前、、、、!」
P1169は、生まれて初めて他者から声をかけられびっくりしたかのように、満面の笑みで飛び跳ねながら繰り返した。
「お前、お前、お前、お前、、、、!」
「違う、、、お前は、、、ムクだ。」
A6939は、とっさにP1169の肩のナンバーを見て答えた。
人ではない機械、アンドロイド。
人でありながらも、人であることを否定され続けてきた、人体パーツドール。
二つの自己は、互いに相手から自身を認識された、この瞬間から始まった。
そしてそれが、二人が作り出す全く新しい世界の始まりだった。




