第13話 ロックが消えた日
男は深夜の病室に来ていた。
面会出来ない時間だが、主治医の男がこっそり手を貸してくれたのだ。
「未来、ライブに行くぞ。」
「ライブ、、お父さん、、、。」
治安警察の有害娯楽の摘発は、ついには病室にまで及んだ。
未来が大切にしていた、音楽プレイヤー、ソフト、ベッドフォン、雑誌の切り抜き、全ては治安警察に没収されていた。
男は未来を車椅子に乗せ、毛布を丁寧に掛けて病室を出た。
屋上に出るとドアを閉め、しっかりと鍵をかけた。
「さて、未来、星空の夏フェスといくか。」
「星なんて見えないよ。夏、終わっちゃったし。」
「見えるさ。
雲が掛かってるだけで、星はちゃんとその向こうにある。」
男は、持ってきた映像再生プレイヤーに、バカでかいスピーカーを接続した。
「えっ、スピーカー、音出すの、警察が来るよ。」
「かまわんさ、街中に聞かせてやるのさ。」
男は、あの日2人で行ったライブの映像を流し始めた。
「お父さん、あの日の。」
「奴ら、俺を侮ってるな。
しっかり、コピーを取っておいたんだ。
さあ、ボリュームを上げるぞ。
スペシャルライブの始まりだ。」
「この音、あの日、、スピーカーの前で。
体中ビリビリ震えて、ヒリヒリするリアルのベース、心の音、魂の叫び。
生きろって。
激しくて、優しくて、温かくて、悲しい。」
母が亡くなってから、体の弱い未来は沈み込み、ただ毎日をあてもなく生きていた。
そんな時、あの人のインタビューとライブ映像を見たのだ。
彼は、ベースが下手だという音楽評論家の批判に答えていた。
「俺のベースが下手くそだって。
バレてたか。
俺は毎日12時間練習しても、たいしてうまくならなかった。
正直、止めようかと思ったぜ。
でもな、思ったんだ。
俺の音は俺そのもの。
馬鹿で、どうしょうもなく弱くて、何をやっても半人前、それが俺。
いいじゃねえか。
救いようもない弱くて、何をやっても駄目な俺。
それでも、生きていく、生きていくんだ。
うまく出来ないから、ロックを止める?
そんな訳ないだろ。
弱くても、悲しくても、駄目な俺でも。
生きたい、愛したい、叫びたい、そんな魂の声がある限り弾き続ける。
誰がなんて言おうがかまわない。
俺のきったねえ音とリズムで、一音一音、ありったけのリアルな気持ちを込めてな。
馬鹿にされても、虐げられても、
生きろ、生きろ、生きるんだってな。
それが俺のベースさ。
誰か一人にでも、伝わればそれでいい。
下手くそ、関係ねえ。
それが俺。
俺は、誰に何と言われてもロックし続ける。
俺に出来る、たった一つのことだからな。
それにな、それがいいって物好きが結構いてくれてな。
最高のメンバーと最高のファンさ。
そんなの、嬉しくてたまらないだろ。
だから、何があろうと絶対に止められないのさ。
永遠にな、ロックし続けることを。」
「お父さん、私守れたかな。
あの人との約束。
ロックし続けろって。」
「ああ、未来は、ずっとロックし続けてる。
最高だ。
間違いない、俺が100%保証する。」
「良かった。」
「うわっ、お父さん、凄い、星が見えるよ。」
未来は見えない星に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「ああ、母さんが未来を褒めてくれてる。」
父は娘の肩をやさしく抱きしめた。
未来は、伸ばした手を力なくゆっくりと下ろした。
その手に、未来が唯一守り抜いた宝物を握り締めて。
「未来、いっぱい頑張ったよ。
リアル、、わたし、ロックし続けたよ、、、。」
そうつぶやくと、けして覚めることのない深い眠りに落ちていった。
漆黒の夜の町には、ただ未来が愛した真実の音と、けたたましいサイレンだけが響いていた。




