第8話 反抗期なおっさん、林藤
ダンジョンが消滅した。
失われた本来の秋葉原駅昭和通り口も修復され、すっかり元通り。
空間ごと消えていた通行人も、飛び立とうとしていた鳩も、止まった時間が動き出したかのように正常通り活動を再開する。
スマホでツキホと連絡を取る。
ヨドバシカメラ前のベンチで休んでいるらしい。
確かに、いた。
ベンチで気を失っているアキラに膝枕をしていた。
向こうも俺に気づくなり、
「おと……林藤さん!!」
立ち上がろうとしたが、アキラが寝ているのでグッと堪えた。
代わりに、安堵の笑みを浮かべる。
「無事だったんですね」
「はい、リュウセイくんが男気を見せてくれました」
「「え!?」」
なんでリュウセイまで驚いているんだよ。
そういう約束だっただろうに。
「加藤が?」
「俺は必死に走り回って、囮になっていただけです。……ね?」
リュウセイがポカンとしている。
俺が目を細めて睨みつけると、我に帰ったように頷き始めた。
「あ、あぁ。ほんと、大変だったぜ」
ツキホはどうも腑に落ちない様子。
騙しているようで心苦しいが、いや実際騙しているのか。
とにかく、俺は彼女に真実を話すつもりはないし、リュウセイも告げ口することはないだろう。
彼にとっても得な嘘なのだから。
「では、本部に戻りましょうか」
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ツキホたちを降ろし、そそくさと休憩ルームへと急ぐ。
途中の自販機で缶コーヒーを購入し、俺専用の個室に向かうとーー扉の前に千歳がいた。
すれ違う他のドライバーたちが彼女をチラリと一瞥する。男であれば誰もが見惚れる美貌だからな、一応。
「なにしてんの」
「また戦ったな。どういう風の吹き回しだ?」
「別に。それよかたぶん、魔王の遺体の一部が近くにあるな。そのせいでモンスターが異常に強くなっているんだ」
「ふむっ、だろうな。調査してみよう。それより、私がここに来たのはお前に忠告するためだぞ林藤」
「忠告?」
「お前の力の源はマナだ。ここは私たちの故郷ではないんだ、いずれ枯れるぞ?」
俺が戦うためのエネルギー源、それは厄災が発生した際に僅かに上空から降り注ぐ程度で、この世界では生成されない。
空間ごと召喚されるダンジョン内にいれば多少蓄えられるが、あんな石壁とモンスターしかいないような環境では、得られる量もタカがしれている。
酸素のようなものだ。緑がいっぱいの土地でないと、マナは充分に得られない。
「だから言っただろ、俺は衰えたって。これからもっともっと弱くなる。マナが潤沢な故郷と比べて、ここはなんというかーー重い。わかってんだったら俺を勇者に誘うなよ」
「んー? ふふ、わかっているのはお前もだろう? 私は聖女で、マナを生み出すことができる特異体質だということを」
千歳が個室の扉を開ける。
俺の腕を引っ張り、無理やりチェアに座らせる。
おいおい、ここは壁が薄いんだぞ。咳の音すら丸聞こえなんだぞ。
「やろうか? 私の中にあるマナを」
「セクハラで訴えてやる」
「んふふ、こうしていると懐かしいな、坊や。昔のように私をママと呼んではくれないのか?」
「いつの話をしてんだよ気持ち悪いな。35でマザコンはキツすぎるだろ」
「私はキツくない」
「俺がキツイんだよ。自分が情けなくなる」
補足しておくと、やつと俺に血縁関係はない。
ただ過去に親代わりだっただけだ。
「いらないのか? マナ」
「いらないね」
「ふふっ、他にもマナをくれる相手でもいるのかな? スキルを持っている勇者たちも、私と同じくマナを生み出せるからな」
彼女のようなマナを生成できる人間(スキル持ち)は、故郷じゃレアだった。
それがこっちじゃガンガン生まれているんだから、少しヘコむ。俺も便利でかっこいいスキルが欲しかったよ。特に回復系のスキル。特に筋肉とかほぐす感じの。
強引に千歳を引き離す。
「ふふっ、お前がいるべきは私の側。女子高生とファザコンプレイをしている場合じゃないぞ?」
「うるさいな、もう休ませてくれよ」
千歳を個室から追い出し、鍵をかける。
くそっ、業務外労働の手当を申請するの忘れていた。あーもーいい、また今度で。
この年になってから何もかもが後回しだ。いまはただ、安寧をーー。
コンコン。
扉がノックされた。
千歳め、まだ帰っていなかったのか。
くそっ、無視してやりたいが、あとが怖いからな。
「なんだよ」
とぶっきらぼうに扉を開けると、
「あっ、す、すみません、突然」
アキラが立っていた。




