第5話 願望を押し付けられるおっさん、林藤
視線を感じる。
後ろから、すんごい見られている気がする。
運転席のヘッドレスト越しに、グサグサと。
気まずいなぁ。この年になると女の子と密室でふたりきりはご褒美じゃなくて拷問なんだよ。気を使い過ぎで胃に穴が飽きそうになるんだよ。
だって臭いってだけでハラスメント扱いされるんでしょう? お願いだから解雇騒ぎになるようにな不手際を犯すなよ、俺。いまさら仕事探しはしんどいぞ。
バックミラーを覗く。やべ、目があった。
「えーっと、なんでしょう」
「昔話を、してもいいですか?」
「あ、はい」
「最初の厄災のこと、うっすら覚えているんです」
10年前となると、ツキホは7歳か。
「空からドラゴンや、いろんなモンスターが飛び出してきて、街は大混乱でした」
最初の厄災。
魔王がこちらの世界へ逃げるために開けたゲートによる、異世界とのはじめての接触。
通路を生み出したというよりは、異次元との遮断性が脆くなったと表現するほうが正しい。要は、石壁からフェンスになったようなものだ。
巨大な魔法陣が世界中に出現してぞろぞろとモンスターが飛び出し、世界は瞬く間に大混乱へと陥った。
現在の厄災は、簡易的な仮の封印から漏れたものにすぎない。
つまり最初の厄災における被害は、10年後のいまとは比べ物にならないほどの地獄だったのである。
日本では新宿と赤羽、そして仙台が壊滅した。
「あのとき、お母さんに襲いかかったデスワームを倒してくれた人がいるんです。勇者協会も、スキルを使いこなせた人もいなかったあの時期に、たった一人でモンスターを消滅させていった人。ネットでは、『英雄』と呼ばれている人」
「……」
「どことなく、あなたに似ているんです。ずっと、ずっとそう思っていました」
「冴えない男なんてみんな似たような顔してますよ」
「そうでしょうか……。林藤さん、正直に答えてください。ドライバーをやる前、あなたは何をしていたんですか?」
「短期の建設作業員や漁師、事務仕事や清掃員もやりましたね」
戸籍や過去の経歴が一切ない俺を雇ってくれる仕事は、それ相応の異常な環境だった。まして言葉や常識をまったく知らなかった俺は、彼らにとって都合の良い奴隷。
俺自身、得体のしれない世界の住人への不信感が拭えずに、職をころころ変えてしまった。
だからチームプレイを共用されない&信用できる知り合い(千歳)が上層部にいる勇者協会のドライバーになったのだ。
「それ以前は?」
「似たようなものですよ」
話題を変えよう。
変えなくてはしつこく追求されそうだ。
「君はどうして勇者になったんですか? ただスキルに目覚めたから、ではないでしょう。戦わなくちゃいけないわけだし。お金のため?」
「さっき話した、英雄さんに会いたいんです」
「へ?」
「私、生まれたときから父親がいないんです。でも母さん、最初の厄災の報道でたまたまテレビに映っていた英雄さんの映像をスクショして、ニヤニヤしながらいっつも眺めているんです」
俺がテレビ出演していたのは、千歳から聞かされている。
あの日、様々なマスコミや一般人がスマホで周囲の状況を撮影していた。
そこに偶然俺が映ってしまったのだ。といってもかなり遠くからだったし、ピントもボケていたから俺だってバレたことはないが。
「その写真を眺めているときのお母さん、女の顔になっているんです。お母さん、普段は真面目で男遊びなんか絶対しない人なのに。英雄さんにメロメロなんです。だから私、思ったんです。もしかして英雄さんは……私のお父さんなんじゃないかって」
えぇ……。
そうはならんだろ。
どんな発想の転換だ。コペルニクスもドン引き。
仮に父親だったとしてどうして家に帰らないんだよ。
「お母さんに聞いても言葉を濁すし」
濁すなよ。
否定しろよ真っ向から。
いなくなった旦那さんに一途でいてくれよ頼むから。
「だから、勇者になれば見つけられるかなって」
「だ、だからってこんな、危険ですよ」
「わかってます。でも、大丈夫な気がするんです。本当に危ないとき、必ずお父さんが助けに来てくれるような気がするんです。だから昨日、林藤さんが来てからあの怪鳥が何故か倒されて……ほんとうは林藤さんがお父さんで、私を助けたんじゃないかって思うんです」
「ま、待ってください。お父さんの写真が残っていたりするでしょう。俺とよく見比べてみてください」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、って言うじゃないですか。時間の経過と共に顔つきが変わったのかと」
「だとしても変わりすぎでしょう。他人じゃないですかもはや」
「そうですか? 結構似ていると思いますけど」
ツキホは数秒スマホをいじると、画面を見せつけてきた。
写っているのはお腹の膨らんだ、おそらくツキホの母らしい女性。
それと隣に立っているーー。
うわっ、確かに結構似てる。
兄弟かと疑われてもおかしくないレベルのそっくり具合。
確かにこりゃあ勘違いもする。
「似てますよね?」
「似ていますね」
「ていうか本人ですよね」
「本人ではないですね。そもそも俺にスキルはありませんよ」
「わかってます。だからこれは、願望です。私、林藤さんみたいな人がお父さんだったらって、少し思うんです。少しだけですけどね。ははは」
はははじゃないが。
恥ずかしそうに笑っている場合じゃないが。
うわ、すっごい背中汗。
なんだか肌寒くなってきた。
許してくれ。勘弁してくれ。
親子揃って俺に変な感情を向けないでくれ。
俺がお父さん? 心はまだ6歳くらいなのに?
俺の方が親に甘えたいくらいなのに?
この子は俺に父親ごっこをしてほしいのか?
「み、見つかるといいですね〜、お父さん」
「はい」
この子、真面目な性格だと思っていたけど、案外ぶっ飛んでいるな……。
アキラくん頼む。お願いだから君のイケメンパワーでツキホちゃんともっとメロメロにして、父親のことを忘れさせてくれ。
などと祈っていると、アキラが戻ってきた。
「スキャンが終わったよ。ここから200m進んだところに地下ダンジョンへの入り口がある。ダンジョンの地図もツキホの端末に送るよ」
同時に、リュウセイも帰ってくる。
三人を見送り、シートを倒す。
「担当パーティー変えてもらおうかな」
そろそろちゃんと戦います、林藤




