第36話 再会するおっさん、林藤
「九海シウン……だと?」
そういえば確かに、検索して出てきた九海シウンの顔に似ている。右半分だけ。
じゃあ、彼は本当に九海なのか? シズクとシグレのお父さんで、最初の勇者で、異世界に送られた……。
「な、なんで……」
「俺のスキルは吸収。あらゆるものを取り込み、一部とする。異世界で俺は何度も死にかけたが、その都度異世界人やモンスターで肉体を修復し、力を蓄えてきた」
「そうじゃない!! なんで娘に生きてるって言わなかったんだ!! それに、娘を殺しかけて!!」
「死んでいることにすれば憎しみは消えない。憎しみは戦う理由になる。あいつは強いからな、弱体化させるわけにはいかない」
いかれているのかこいつ。
こんなのをシグレは慕っていたのか?
そんなわけがない。きっと異世界で狂ってしまったんだ。
言葉も価値観も通じない未知の世界。しかも人を食らうモンスターや平然と殺しを行う無法者だって少なくはない。
だからみんな普通はコミュニティを形成して身を守る。しかし彼と奥さんは、受け入れてくれる人たちに出会えなかったのだろう。
どう見たって不審者。警戒されるに決まっている。
「すまんな、見ての通り頭部の一部を異世界人の男のパーツで補ったせいで、人格に変化が生じているようなのだ。いまさら娘が死んだところでなんとも思わん。俺が味わった地獄に比べれば、いまさら」
シグレやシズクになんて伝えればいい。
奥さんの方も生きているのか。仮に生存していたとしても、彼のように狂っている可能性のほうが高いが。
「それで、お前は結局どうしたいんだ」
「俺が求めるのは永遠に近い命と、絶対的な力。嫁を売ってまで生きながらえたこの命、決して絶やすわけにはいかない。生きてやる。生きて生きて生きて、俺を脅かすこの世のあらゆる恐怖を、支配してやる」
だから不老長寿の聖女である千歳を狙った。
彼女の肉体を調べ、吸収し、同じ存在になろうとしている。
希望も愛もプライドも捨て、唯一残った生存本能が暴走を起こしているのだろう。
結局は、我が身可愛さで人を裏切り、しぶとく生き続けるゲスと同じだ。
同情に値する境遇を歩んできたのだろうが、残念ながら慰めてやる義理も協力してやる寛容さもない。
悲惨な人生でもまっすぐに生きている人間を、俺はたくさんみてきたからな。
「九海シウン。お前も俺もいい歳なんだからわかるだろう。中年男性の性格や思想なんてものは、そう易々と変わるもんじゃない。悪い意味で頑固だからな、おっさんってのは」
「あぁ、説教なんていらない」
ならここは政治的にいこうじゃないか。
外交政治の最終手段でケリをつけよう。
戦争だ。
「悪いが殺す」
「よこせ、お前の体」
警棒を振り上げ、距離を詰める。
シウンが銃口からマナ弾を発射した。
回避して警棒を振り下ろす。ただの棒と侮るなよ、俺のマナを覆えば鋼鉄だって切れるんだぜ。
シウンが身を翻す。だが右腕は切り落とした。
すると左手がホルダーへ伸び、二丁目の拳銃を取り出してきた。
くそっ、これは間に合わんな。左手の銃のマナ弾が、俺に直撃する。
「いっ!!」
っったいが、貫かれちゃいない。
体が吹っ飛んだが、すぐに体勢を立て直し、斬撃を放つ。
かわされた。動きがいいな。伊達に異世界で揉まれてないってわけか。
「お前じゃ俺には勝てないよ、林藤さん」
「あ?」
「スキル発動ーー万物吸収!!」
中庭の草花が、土が、シウンに集まっていく。
それらは切断された右腕に集約され、右腕の形となった。
「とっくに不死身だろうがてめぇ」
「そうでもない。気を失えばスキルは解除される。この腕も崩壊する。だが血肉であれば別だ。移植手術のように俺の細胞と結合し、完全に一つとなる」
なら永遠にパーツ取り替えてろよ、と言いたくなったが、確かに不死身にはなれないスキルではなさそうだ。
脳の老化は止められないからだ。なら他人の脳を移植すれば? その場合意識や記憶まで他人となるだろう。娘への愛を忘れてしまったように。
だから己の核である脳をギリギリまで保持したまま、不老長寿になりたいわけだ。
「問題なのはそこじゃない。とっくに気づいているんだろう林藤さん。俺は異世界人の一部を取り込み、お前のようにマナで戦うことができる。そして、勇者の証であるスキルまで持っている」
「…………」
「スキルは、天才の証。己の肉体でマナを生成できる特殊個体。異世界ですら、スキルを持つ者は滅多にはいない」
バッテリーに限界がある俺と、自家発電ができるシウン。
長期戦となれば、ジリ貧になって確実に俺が負ける。
しかもあいつは肉体を修復できる。
「もう一つ教えておこう。なぜお前をおびき寄せるためにあの聖女が助けを求めたのか。お前の身を案じるならしないはずだよな」
「なにが言いたい」
「そんな判断すらできないほどにあの女を痛めつけたからさ!!」
「っ!!」
短期決戦で終わらせる。
こっちの世界に来て剣技はすっかり鈍ったが、関係ない。
剣士として育った俺のすべてをこいつにぶつけ、殺す!!
警棒を振る、攻撃をかわす。
普通のスキル持ちなら100回は殺せているのに、こいつにはギリギリ届かない。
マズい、マナが切れてきた。せっかくシグレからもらったのに。
「往生際が悪いな、林藤さん。異世界を救った英雄の一人だというのに」
「ええい!!」
一旦撤退。
マンションの外に出るが、やつは追いかけて来なかった。
わかっているんだ。千歳からのシグナルがまだ発信されていること。
あいつとの契約上、俺は千歳から極端に離れることができないということを。
マンションの裏手に回る。
どうする。マナが足りない。
誰でもいい、誰でもいいから俺にマナをくれ。
そうすればーー。
「だ、大丈夫ですか? 林藤さん」
「え?」
声がした方へ視線を向ける。
「な、なんで……」
「新木場の辺りで林藤さんの車が見えて、停まっている間にこっそり後部座席に忍び込んでいました!! 林藤さん、ピンチっぽかったので!!」
江東区には現在、モンスターがうじゃうじゃいる。
多くの勇者が招集され、戦っている。
だから彼女がいても、おかしくはない。ないが……。
「もしものときお父さんを助けられるのは、娘である私しかいませんから」
と、かつての俺の担当勇者、ツキホが微笑んだ。




