第35話 対峙するおっさん、林藤
大昔に千歳と結んだ契約魔法。
魔王討伐の要である千歳と、魔王討伐の剣である勇者パーティー全員の間に交わされた契だ。
千歳……チトゥスは聖女でいわば神の使いだから。
つまり彼女の契約は神との契約。人間の身分で反故にすることはできない。
「いま受け取った。千歳は葛飾区にいる。たぶん、お前から教えてもらったアジトだ」
隣りにいるシグレが黙り込んでいる。
シュートとの会話が聞こえていなかったのか?
「おい、聞いてるか」
「え、えぇ……そんな凄まないでよ」
しまった。
つい素の自分が出てしまった。
不機嫌そうなタメ口のおっさんなんて、ただの偉そうでキモいだけのおっさんでしかないのに。
「すみません」
「行ってきなさいよ。本部の方はワタシがどうにかするわ。ていうか、他の連中もいるでしょうし」
「いいんですか? あなたは蛮勇なんですよね?」
「前に助けてもらったおかえしよ。それに、たぶんシズクも戦うでしょうし。あの子のことも守らなきゃ」
「…………」
俺に選択権はないか。
「なら、途中まで送ります。どうせ方向は同じですから」
「も」
と口にしたところで、シグレは唇を強く結んだ。
なにを言いかけたのだろうと気になっていると、
「もしワタシが本当の勇者で、あんたが担当ドライバーなら、きっとこんな感じだったのかしらね」
頬を赤くしながら、そう告げた。
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湾岸線の新木場出口から高速を降りる。
確かに、陸も空もモンスターだらけだ。
とりあえず一匹轢き殺して、シグレと別れた。
本当に大丈夫だろうか。どこまでシュートの計算なんだ。
たぶん殆どの、西東京や北関東支部の勇者も集まることだろう。
最近会っていないツキホたちも駆り出されるはずだ。
どうか無事でいてほしい。
車を発進させ、葛飾区にむけて湾岸線へ。
わかる。近づいている。千歳のいる場所に。
たどり着いたのは町外れにあるマンションだった。
広い駐車場や空き地に囲まれ、ポツンと突っ建っている立地条件の悪い物件。
ここのどこかにいるはずだが。
車のトランクから警棒を取り出す。警察官が装備しているようなアレだ。
慎重に、とは言えないくらいの歩速で中に入る。
ロビーの自動ドアを強引に開ける。警報は鳴らなかった。
このマンションが蛮勇のアジトなら、おそらく1フロアーー最低でも3つほどの部屋を借りていると思うが、一般人も住んでいるのか?
まさかマンション全体が、ってことはないよな? ありえるかもしれん。
「ん」
いた。
吹き抜けになっている中庭に、フード野郎が立っていた。
たった一人で、俺を待っていたように。
「千歳はどこだ」
「この建物はシュートが所有していて、蛮勇専用の寮みたいなものだ。シグレの部屋もある」
「質問に答えろ」
「そのシグレの部屋にいるさ。拘束はしているがな」
「お前、なにが目的だ。なぜ俺をおびき寄せた。殺すつもりなら倉庫でやれたはずだ」
「ふっ」
警棒を構える。
奴も懐から銃を取り出した。
「無益な殺しはしたくない。これまであの聖女がお前に助けを求めなかったのは、契約のせいだ。協会本部の人間との接触を禁ずる、とさりげなく条件に入れていたからな」
やはりそれが理由だったか。
「つまり、契約を取り消したってわけか。俺が現場にいたら協会の崩壊が不可能だから」
契約破棄には双方の同意が必要。
ならば千歳は、魔法が使えるくらいには無事なのか。
「それもあるが……どのみち協会を壊すつもりはない。いま行われているアレは、役に立たん勇者の間引きと、一般人による勇者協会の信頼を失墜させるためのものだ。ゆくゆくは、俺とシュートが新しい協会を立ち上げるからな」
本部のビルやシステムなど、使えるものは残しておきたいのだろう。
新しく立ち上げるというより、乗っ取りたいわけだ。
「ずいぶん素直に暴露してくれるんだな」
「お前への敬意だよ。憧れているから」
「は? なんで俺に憧れる」
「その前に話しておこう。お前を呼んだもうひとつの理由を。協会やシュートのためではない、俺自身のためだ」
「……」
「てっきり、聖女一人いれば充分だと思っていたが、違った。いまの俺では肉体の構造が違いすぎて、あいつの遺伝子を取り込めない」
なにを言っているんだ、こいつ。
「だからまず、まだ普通の人間の部分をすべて、異世界人のパーツと入れ替えて、完全なる異世界人の肉体を手に入れる。ーー千歳の代わりになるのはそれからだ。くくっ、遠い遠いゴールが、いよいよ見えてきた。もうすぐ不老長寿となり、我が家に帰れる」
フード野郎がフードを外した。
彼の素顔を目撃し、俺は息を呑んだ。
顔面の右半分と左半分で、造形が違う。まったく別の他人の顔を半分だけ貼り付けたような異形であった。
「俺が設立した勇者協会に、帰れるんだ」
「お前が?」
「そういえば自己紹介がまだだったな、林藤さん。俺はこの世界で最初に勇者となった者、九海シウンだ」




