第33話 孤独を埋め合うおっさん、林藤
シグレ曰く、メガネの男シュートはこの世で最も頭が良いらしい。
そういうスキルなんだとか。スキルによって知能レベルが上がったことは本人も漏らしていたが、この世で最もとはね。
どんな脳みそをしているんだか。どんな景色が見えているんだが。
想像するだけ無駄だろうが。
となると、こちらの手の内はすべて見透かされているとみて間違いない。
俺がやろうとしていること、シグレと連携してなにをするか、ぜーんぶ筒抜けのはずだ。
ならばやつの知らない知識で攻めてみるか? 例えば異世界のこととか。
どうだろう。フード野郎が異世界人なら情報共有されているだろうし、油断はできない。
ダメだな。これじゃあなにもできない。
心配という鎖に縛られて行動を起こせない。
こういうとき、かつて共に魔王を倒したエルフだったらどうしていただろう。
あいつも頭脳派だった。パーティーでは度々あいつの知恵に助けられていたな。
懐かしい。会いたい。また一緒に酒を飲みたい。他の連中とも。
うぅ、帰りたい。地元に帰りたいよぉ。
おっさんでもホームシックになるし孤独に震えるんだよ。
いやおっさんだからか。未来に希望のないおっさんだから過去に縋ってしまうのか。
「ねぇ、ちょっと」
シグレに声をかけられた。
視線を彼女の方にやる。
お風呂上がりの、お風呂上がりの、お風呂上がりのシグレさん。
まだ乾ききっていない長い焦げ茶色の髪、肌に張り付いた俺のTシャツ。
白くハリのある足。同じシャンプーやらボディーソープを使ったはずなのに、異常なまでに甘い匂いが漂ってくる。
色っぽい。刺激が強すぎる。
「な、なんでしょう」
「あんたのドライヤー、新しいのに変えたほうがいいわよ。なんかヌルいし、風も弱いし」
「次の給料で……」
「あーあ。一回ワタシの家に帰りたいわね。最低限の貴重品しかないんだもの」
「ダメですよ」
「わかってるわよ。もうあんたに迷惑をかけるつもりはないし。言っとくけどね、あんたをお父さんの代わりとして敬っているからだからね。もしただの変態オヤジに成り下がったら、すぐにでも腹かっさばいて小腸をもぎ取ってやるんだから」
物騒なツンデレだな。
せめてひと思いに心臓であってくれ。
シグレが床に座った。
しかもあぐらで。下着が丸見えだろうに。
「そんで、どうすんのよこれから」
「カクカクシカジカなわけですが、受けに回っていては後手後手になるだけです。なので、まずは情報収集からはじめていきます。シュートの身の上話が本当なら、彼の親類も日本にいる。それに、6年前の異世界送りについても調べたい。どんな些細なことでもいい。まったくの無駄だだったとしても、行動しなくては」
「ふーん。いいんじゃない?」
なんで他人事みたいなリアクションなんだお前は。
とりあえず今日はもう寝よう。さすがに疲れた。
明日早々に起きて、まずは協会のデータベースにアクセスしてみるか。
俺の権限でどこまで行けるかしらんけど。
シグレのために布団を敷いてあげる。
俺は仕事の用の車で寝るつもりだ。つもりなのだが、
「あんたもここで寝なさいよ」
「は?」
「家の主人が駐車場で寝るなんて不自然じゃない。監視カメラで誰かにバレたら怪しまれるでしょ。それに……」
「それに?」
シグレが俺の袖をつまんだ。
そして蚊の羽音のような小さな声で、
「寂しいじゃない」
と呟いた。
「ワタシだっていろいろあって、不安なのよ」
「……」
仲間に捨てられ、これから先のことも見当がついていない。
もしかしたらいきなり部屋に敵が押しかけて殺されるかもしれない。
確かに、不安にもなる。
気の強い女の子だが、意外と年相応だな。
「わかりました」
あいにく来客用の布団なんぞないので、俺は床で寝る。
故郷じゃあよく野宿していたし、枕や掛け布団などなくても熟睡できる。
電気を消して、全身の力を抜く。
隣で美少女が寝ているのはだいぶ緊張するが、まぁすぐに眠れるだろう。
「あんたさ」
「寝てください」
「あんたさ」
「……なんですか」
「恋人とかいるわけ?」
「いませんよ」
「いないのになんで手を出さないのよ」
出してほしいのか。
やったらやったで変態オヤジ扱いするくせに。
「普通のおっさんなら我慢ならないでしょ。シズクたちもそうだし、千歳とも関係持ってないんでしょ? どうなってんの? 女に興味ない?」
ギャルトリオはまだ19歳だし、千歳は聖女だ。
シグレは知らないだろうが、俺の異世界では聖女と肉体関係を持つことはご法度なのだ。神が許さない。
こっちの世界まで神の目が光っているかは知らないがな。
ただ、そんなものは表面的な理由にすぎない。
「俺は戦士です。戦士ってのは戦って死ぬのが定めなんです。そういうふうに生きてきました。俺の父も戦士でした。死んで、母さんや妹は何日も泣きました。俺の仲間たちもそうです。戦いは別れしか生みません。故郷に大切な者を残して、心配させて……。だから大切な特定の人は作りたくないんです。大切になってしまったなら、俺じゃなく別の人に幸せにしてもらえばいい。俺には無理です。ーー性欲はありますよ。でもそんなもの、一度しか会わない娼婦にでも慰めてもらえばいい」
臆病なのさ、つまりさ。
自分のせいで他人を悲しませたくない。不幸にしたくない。
俺は一匹狼でいい。一人で食って一人で寝て、一人さみしく野垂れ死ぬのが性にあっている。
「なによそれ」
「あなたなら理解してくれると思いますが」
残された側だからな。
そして残した側でもある。
「きっとシズクさんも寂しがってますよ」
瞬間、俺の手に冷たい感触が走った。
シグレの指だ。
「じゃあなんであんたは戦士をやめないのよ」
「……」
「ワタシだってもう引き下がれないのよ」
細い指が、小さな手が、俺の汚い手を握る。
拒絶はできなかった。自分のためじゃない。彼女のために。
「言っとくけど」
「はい?」
「いきなりキスしようとか考えるんじゃないわよ。ワタシは段階とムードを大事にするタイプなの。だいたい、姉であるワタシが勢いでやっちゃうなんて妹に示しがつかないじゃない」
「……なんにもしませんって」
段階とムードが良ければキスしてもいいのかよ。
という野暮な疑問は俺の脳内の片隅にしまっておいた。




