第32話 ツンからのデレを味わうおっさん、林藤
「ワタシがあんたにマナをあげるわよ」
「……はい?」
「こんな恥ずかしいこと二度も言わせるんじゃないわよ」
などと、シグレは頬を赤くしながらそう言った。
マナをくれる? この子が? その意味をわかっているのか?
手を繋げば渡せるような代物ではないぞ。
体内の物質を排出することでしか、マナを送ることはできない。
例えば俺やあのフード野郎みたいに、攻撃手段として放たれたマナは当たった瞬間に消えてしまうから、割と密で優しい接触をしなくては不可能だなのだ。
あの千歳だって、唾液のついたタバコを咥えさせたり、一度取り込んで吐いた煙に含ませたりしなくてはならなかった。
「えっと、方法をわかっているのですか?」
「ワタシを信じなさいよ」
「…………」
「ところで、お腹減ったわね。なんか作ってあげるわ。冷蔵庫のなか、勝手に漁るわよ」
「いや、そんな、悪いですよ」
「いいから、あんたは大人しく作戦でも考えてなさいよ!!」
強引だなぁ、こいつ。
どうして俺の周りに集まる女たちは、揃いも揃って我が強いのだろう。
思えば、俺を父親代わりにしていたツキホもそうだった。
元気にしているのだろうか、ツキホたち。
また運転手をしてやりたい。
「えっと、じゃあ、よろしくおねがいします」
ひとまずキッチンを彼女に任せる。
作戦を考えろと仰られても、あいにく俺は頭脳派ではない。
バリバリの実戦屋。都合の良い労働者。肉体労働でしか金を稼げないおっさん。
とはいえ、使えない頭でも使わなくちゃならない事態なんだ。
とりあえずノートとペンを準備しよう。
俺が必死こいてこれからのことを書き記していると、
「できたわよ」
シグレが晩ごはんを用意してくれた。
白米に味噌汁、そしてシンプルな肉野菜炒め。
正確には肉といってもハムなのだが、充分に美味しそうだ。
「おぉ」
「どうせならもっとちゃんとしたのをご馳走してあげたかったけど」
「いえいえ、ありがとうございます」
「ま、さっさと食べればいいじゃない。言っておくけどね、あんたに食べて欲しいわけじゃないんだからね、ワタシがお腹減ったからであって」
「そうですか」
こういうの、なんて言うんだっけ。
ツンドラ? ツンツンドラゴン?
まぁいいや。
「いただきます」
まずはワカメのお味噌汁。
ずずず……ん、濃いめだな。
しかし、美味い。
次に肉野菜炒め。
もぐもぐ……うん、こっちは味が強すぎずちょうどいい。
胡椒の加減が絶妙だな。
「ど、どうなのよ」
「美味しいです」
「そうでしょうそうでしょう」
なんとも満足げにシグレが頷いた。
それにしても……なんだ、この感じ。
全身に力がみなぎるというか、満たされていくというか。
活力が湧いてくる。
ていうか、マナが補充されていく!!
「どう? マナ、蓄えられた?」
「な、なにを入れたんですか!?」
体内物質に含ませなきゃマナは渡せないはずなのに!!
血か? 包丁で指を切ってしまって偶然……いや、指に切り傷はない。
それらしい怪我はない!!
じゃあ何を加えたっていうんだ!! 隠し味に!!
「別にいいでしょ細かいことは。ありがたく思いなさいよ」
怖い。
なんだかものすごく怖い。
けれどありがたいのは事実。
「あ、ありがとうございます……」
「ワタシ、好きだったのよね」
「なにがですか?」
「親に料理を振る舞うの」
「…………」
「妹のシズクはまだ小さかったから包丁は握らせなかったけど、ワタシはよく作ってあげたわ」
彼女の親がいなくなったのは6年前。
彼女は何歳なのだろう。妹のシズクは現在19歳だが。
「とくに、お父さんがすごく喜んでくれたわ。泣くくらいにね」
「そ、そうですか」
遠くを見つめて、懐かしんでいる。
「さっき、ワタシのこと本気で叱ってくれたでしょ」
「あ、はい」
「あんなふうにワタシに怒るの、お父さん以来だったわ」
「はぁ……」
嫌な予感がする。
シグレは照れくさそうに、視線を逸らしながら、告げた。
「だから、その……あんたのこと、しばらくお父さんの代わりとして尊敬してやってもいいわよ」
「うっ……」
なんだろうこの既視感。
どうして俺を父親に見立てる女の子が二人も出てくるんだ!!
「えっと……」
「ちょ、調子に乗らないでよね!! あくまでも代わりよ代わり!! 変なこと考えるんじゃないわよ変態!!」
変なこと考えているのはそっちだろう。
「さて、ご飯も食べたしシャワーを借りるわ」
「あっ、そういえば着替えがなかったですね。とりあえず今日はコンビニで適当なの買ってきます」
「じゃあ下着だけお願い」
「下着だけ? 服は?」
「あんたの着てあげるわよ。別にいいでしょ……親子なんだから」
ぷいっと、シグレは洗面所へ向かってしまった。
千歳、すまん。マジで逃げていいか?
俺には荷が重すぎる。
「ついでに育児本でも買ってきてやろうかチクショウ」




