第3話 休憩するおっさん、林藤
練馬から江東区にある本部まで戻る頃には23時30分を過ぎていた。
アキラも社内で目を覚まし、ツキホが現状を伝える。
「え、あ、そう、リュウセイが」
信じていない様子。
とうのリュウセイも最初こそ困惑し、黙りこくっていたが、
「まぁ、俺だからな。正直強かったが、おそらく俺の連撃が効いていたんだろうぜ」
いつもの調子に戻っていた。
これでいい。それでいい。
あのガキがどんどん調子づくのは腹立たしいが、俺がただのドライバーではないことがバレるよりマシだ。
俺は、もう疲れたのだ。肉体的にも精神的にも。
最初の厄災と共にこの世界に来てから、本当に大変だった。
言葉を覚えて住まいと仕事を得て、俺の無知さにつけこんだ詐欺師に騙されたりで、すっかり現代社会に疲れてしまった。
もういい。もういいんだ。
フォローはするから、目立つのは若いのに任せる。
たくさん仕事して責任を負って、成長していってくれ。
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本部に戻ってツキホたちを降ろす。
彼女たちはこれから医療室へ行ってそのまま業務終了になるが、俺は一応朝まで待機していないいけない。
俺が運ぶパーティーは、ツキホたちだけではないのだ。深夜にモンスターが出現したなら、また車を出さなくてはならない。
アキラが頭を下げてきた。
どこかスッキリしないような、難しい表情で。
「ありがとうございました」
「どうも〜」
若者たちが背を向ける。
だが、
「あの、林藤さん」
「はい?」
ツキホが振り返った。
「あ……えっと、聞きたいことがあるんですけど……」
「けっ、さっさと行こうぜツキホ。報告書出したときの上の反応が楽しみだぜ!! あの鳥、おそらくSランク。それをほぼ俺一人で倒したんだからな!! けけっ、こりゃ学生のウチから億万長者になれそうだぜ」
「ちょっと待ちなさいよ。本当にあんたの力だけで倒せたと思っているの? どう考えてもおかしいわ」
「はぁ? じゃあなんだ? そこのおっさんが倒したとでも言いたいのか? はっ、バカじゃん? もし仮にスキルを持っているのなら、ドライバーなんてやってねぇし、勇者協会が気づかないわけがない。あいつを倒したのは俺だ。そうだろ? アキラ」
アキラは不満げな、納得の行かない様子で、「うーん」と言葉を濁した。
これ以上詮索されるのは俺としても困る。ていうか休憩室に戻してくれ。仮眠したい。
ツキホはリュウセイの勢いに押される形で、男子たちと共に去っていった。
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ドライバーの休憩室は意外にも個室である。
俺以外にもドライバーはいて、それぞれに専用の小さな個室が分け与えられる。
といってもネットカフェレベルだが。隣から咳の音が聞こえてきたりするが。
それでもリクライニングチェアはあるし、ネットも使い放題テレビも見放題なので、休憩所としてはかなり待遇が良い。外にはシャワールームまである。
しかしただ本物のネットカフェと違って飲み物は持参が自販機だし、食べ物は売られていないのだが。
現在午前1時。
業務終了まであと5時間。時給制なので何もなければないほど嬉しい。
「あ〜、なーんにもしたくねえ」
ドライバーなので当然酒は飲めない。
喫煙所はあるが……最近は吸ってない。おっさんになるとな、病気が怖くなるんだよ。長生きしてもしょうがないんだけど。
途端、コンコンと個室のドアがノックされた。
鍵を開けると、肩までかかった茶髪の女が部屋に入ってきた。
漆黒のネクタイ。反するような純白のスーツ。土足厳禁だというのに構わずタイルを踏んでいる赤いヒール。
175cmはある高身長の女、ムカつく笑みを浮かべている同郷出身の女。
「チトゥス」
「こっちでは千歳よ、リート……いや、林藤くん」
千歳がさらに距離を詰めてきた。
俺が立ち上がると、代わるようにして彼女がリクライニングチェアに座った。
さらに俺が飲んでいたコーヒー(まだカップいっぱい)を勝手に、しかも一気に飲み干す。
こいつはこういうやつだ。自認女王ーーというか自認女神の高慢な女。
「珍しく戦ったらしいじゃないか」
「なんで知ってんだよ」
「あら? ただのドライバーが協会幹部にタメ口?」
「……なんで知っているんですか千歳様」
「報告書を読めばわかるもの。あなたが担当しているパーティーの報告は、毎回確認しているの」
「気持ち悪いですね千歳様」
「ふふっ。当然でしょう、お前は私の可愛い坊やなんだから。それよりどう? 本格的に勇者になるつもりはないの?」
「あるわけないだろ。こちとら2回も世界を救っているんだ。ほっといてくれ。ていうか、俺に構っている時間があるなら厄災を止めろよ。そのために来たんだろ?」
「ふっ、耳が痛いな」
もう10年近く昔の話だ。
俺や俺の仲間たちに敗れた魔王が、死ぬ寸前でこちらの世界とのゲートを生み出し潰走した。
俺がこっちに来たのはそれに巻き込まれたからだ。
追って、千歳がやってきた。
ゲートを完全に封じるには、こっちの世界からも特別な魔法をかけなくてはいけないからだ。
千歳は女王でも女神でもないが、神聖なる魔法を扱う聖女であった。
だが、まだゲートの消滅は成されていない。
こっちでも元凶である魔王は殺したのに。
バラバラになった遺体をすべて回収しない限り、ゲートを消し切ることはできないからだ。
「どう? まさか腕は落ちていないだろうな? まだお前は、最強の剣士に相応しい男なのかな?」
「すっかり寂れたよ。もうスライム一匹倒せない」
「嘘が下手だな、相変わらず。お前が側にいてくれたら、もっと効率よく仕事ができるんだがな、林藤。私の可愛い可愛い坊や」
「いつまでも子供扱いするな。もう35だぞ」
「まだ35だろう」
ちなみに千歳の年齢はーー。
瞬間、仕事用のスマホにメッセージが届いた。
はぁ、向こう側からダンジョンがやってきたらしい。
「くそっ、お前のせいで全然休めなかったじゃねえかよ」




