第26話 形勢逆転するおっさん、林藤
「さて、では初めましょうか千歳嬢。交渉……ではなく、脅迫を」
「はぁ……」
ニヤリと笑うシュートを前に、千歳がため息をついた。
じーっと俺を睨みつけてくる。
「仮に私が人質なっても、お前が助けに来るなら問題ないと踏んだのだが、まさかお前までここに来てしまうとは……」
悪かったな。
この女が念じれば、俺は千歳の居場所を把握できる。
だから万が一の時は俺に肉迫させて、そのまま敵を全滅させるつもりだったのだろう。ていうか最初からそのつもりだったのかもしれない。
隙をついて逃げるにしても、シズク姉がめっちゃ俺のこと睨んでいるしなぁ。
「あ、あんた!! 変態ドライバー!!」
「ドライバーではありますが変態ではないです。だいたい、なんであなたがウチの千歳と一緒なんですか。どこで拾ってきたんですか」
「ウチの千歳!? あ、あんた、このオバサンとどういう関係なのよ!!」
「変な勘違いをしないでください。あなたこそどういう関係なんですか」
「この世話焼きオバサンと約束したのよ。シュートと会わせる代わりにシズクの労働環境を改善させるってね」
どうして千歳がそんな約束を?
ふたりは知り合いだったのだろうか。
気になるところだが、いまはここから逃げることに脳のリソースを割かなくては。
シュートがメガネを掛けなおす。
「我々の目的は勇者協会の崩壊。本来であれば上層部全員をここに連れてきてほしいところですが、不可能でしょう」
「我々? ふたりしかいないが」
「呼べばいくらでも集まりますよ。千歳嬢、そして林藤さん。我々と共に来てください。知っているんですよ、千歳嬢は向こう側から来たということを。いろいろ調べさせてもらいます。こちらの戦力増強のためにも。……もちろん、林藤さんもね」
俺も異世界出身だと知っているのだろうか。
シズク姉がグッと千歳の腕を掴んで、俺を睨んでいた。
下手なことをすればどうなってもしらないぞ、といった具合に。
まいったな。
俺も千歳も、お互いを信頼しているからこその単独行動が裏目に出てしまった。
お互いに運がなかったな、千歳。
「もうじき車が来ます。返事はイエスで構いませんね? 千歳嬢」
「はぁ……。まったく、勝った気になるのは早いぞ、小僧」
「まだなにか?」
「そちらの目的はわかった。だがこちらの要求を話していない」
「一応聞いておきましょうか」
「シグレをこちらで預かる」
しんっ、と耳鳴りすら聞こえてくるほどの静寂が、倉庫を包んだ。
シグレというのか、あの子は。
シュートが小馬鹿にするように鼻で笑った。
「どうぞ、詳しく聞いておきましょうか」
「この私が林藤だけを頼りにここに来ると思うか? 契約を交わそう。今後シグレは私及び林藤の側にいること。お前たちと金輪際接触しないこと」
シグレが吠えた。
なに言ってんのよ!! と激しく。
「で、あなたはなにを差し出すのですか?」
「私の記憶のすべて」
「……」
おいおい。
「私のスキルの中に契約魔法というものがある。これを用いてかわされた契約は絶対だ。私ですら後から変更することはできないし、反故にもできない」
シュートがメガネをかけなおす。
彼からしたら、というか誰の目からしても垂涎ものの取引。
異世界の知識、勇者協会幹部としての知識、すべてが手に入る。
協会を支配して異世界からの侵略に備えたいシュートに取っては、絶対に欲しい品物。
だからこそ怪しい。
条件が釣り合ってなさすぎる。
なにか裏がある……予感。
少なくとも、契約を交わした上で千歳を誘拐することはできない。
シグレは常に千歳か俺の側にいないといけない。シグレとは金輪際関われない。
つまり、千歳がシュートの側にいれば、必然的にシグレも側にいることになり、契約違反となるからだ。
シグレがさらに激昂する。
「ふざけんじゃないわよ!! ちょっとメガネ!! ふたりとも監禁して拷問すれば済む話じゃない!!」
そうとも限らない。
拷問をすれば絶対に欲しい情報が手に入るわけではない。
まして相手は異世界から来た摩訶不思議な女。何かしらの手段で逃げられる可能性のほうが遥かに高い。
「ねぇ聞いてるのメガネ!! 記憶を得たところでワタシという最高戦力が抜けたら意味ないでしょ!!」
シュートが考え込んでいる。
即決できる契約ではないからな。
千歳がタバコを吸いはじめた。
それがシグレをさらに激怒させる。
「あんたまだ禁煙してなかったの!? まさかシズクの前でも吸っていないでしょうね!!」
「気になるなら私のところに戻ってこい、シグレ」
「どいつもこいつも、ワタシをイライラさせて!! 協会の人間がワタシを操ろうとするんじゃないわよ!! ぶっ潰してやる!!」
千歳がタバコの煙を吐いた。
顔をしかめたくなるほどの臭いが、俺まで届いた。
喫煙者のくせにたいした肺活量だ。
「まずはおっさんから!!」
シグレがスキルを発動する。
見えない壁のようなものが俺に衝突し、ふっ飛ばされた。
つくづく強力なスキルだな。勇者になってくれたならさぞ協会の貴重な戦力になるだろうに。
落ちていた鉄パイプを拾う。
「はんっ、あんた戦えるの? ワタシだってハーバード大と東大と……いろいろ卒業しているからわかるのよ。ここに来てからのあんたはずっと何もしなかった。つまり、あんたの強さにはトリックがあるのよ。じゃなきゃあんなパワーありえない。そして!! いまのあんたはそのトリックが使えない!! だからーー」
斬撃波を放つ。
シグレは突発的に壁を生み出したようだが、あっけなく割れた。
割れた音がした。
「なっ、なんで!?」
「すごいね君は。大正解だ。さすがハーバードとか東大とかを卒業しているだけのことはある。けど、そのトリックはもう使える」
さっき吸った。
少しだけどね。
千歳が煙に込めてくれたよ。
「くっ、な、なんでワタシの壁が……」
千歳が喋りだす。
「もしや形勢逆転かな。どうするメガネくん。いまなら契約をしてくれるだけで穏便に済むが……もしくは力ずくでシグレを奪ってやろうか? 言っておくが、私もそこそこ戦えるぞ」




