第24話 友達ができそうなおっさん、林藤
俺が彼と出会ったのはドンキホーテのとあるコーナーであった。
ギャルトリオが度々口にする俺のフェロモンをごまかすための、キツイ芳香剤を探しているときであった。
一応女性を乗せるのだから、彼女たちが不快にならない程度でそこそこ強い匂いを求めているのだが、どれがいいのかまったく判断できないでいたときであった。
「どうかしました?」
そう声をかけてきたのは、メガネをかけた肌の白い男性。
童顔寄りではあるが、おそらく三〇代。
ピシッとしたスーツを着用しているところをみるに、店の関係者だろうか。
「あ〜、実は」
大雑把に悩みを打ち明ける。
勇者や協会のことはぼかして、本当にザックリと。
「なるほど、ではこちらのミントの香りがいいでしょう。虫よけにもなります」
「虫って」
「若い女なんてのは虫みたいなものですよ。まったく、大人への敬意を知らない生意気な生き物です。そのくせ肝心なところは大人任せな寄生虫。……いや、寄生獣か」
どうやら彼も若い女の子に苦労しているらしい。
俺と違って怒りや憎しみの方向性で。
彼の勧め通りにミントの芳香剤を購入。
店を出ると、何故か彼もついてきた。
「当ててあげましょうか」
「はい?」
「あなたはこのあと、蕎麦を食べに行く。駅前のチェーン店で、イカフライだけをトッピングして」
驚いた。まさにそのつもりだった。
どうしてわかったのか。こちらの疑問すら筒抜けのようで、彼が誇らしげに喋りだす。
「顔と歩き方でわかるんですよ。白目や肌の色、肩や腰の動かし方、頬肉の具合、両手の爪の長さ。ずばりあなたの年齢は三五歳。自分のことは割とズボラで、腹に入ればなんでもいいタイプ。しかし日々の疲れや年齢のせいでガッツリ食べる気力はない。しかしヘルシーすぎるのも味気ない。故に蕎麦、イカフライのみをトッピング。あぁ、なぜ空腹なのかって? これも観察すればわかることです」
「凄いですね、シャーロックホームズだ」
「職業はドライバー。だが最近は肉体を酷使する仕事もしている。独身で、女っ気もない。しばらく禁煙していたが、最近吸ってしまって自己嫌悪中」
なんだか気色悪いな、こいつ。
まるで自分の凄さをひけらかして悦に浸っている子供のようだ。
「よければご一緒しても? この私も似たような体の不調を感じていましてね。なんせ……あなたと同じ三五歳ですから」
「お店の人じゃないんですか?」
「店の関係者でなければ話しかけてはいけない、なんて法律は日本にはないはずですが」
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二人で蕎麦屋に入り、食券を購入してテーブル席に座った。
知らない男と飯なんて気まずいったらないが、ある意味助かったかもしれない。
なんせこの店、お一人様だと確実にカウンター席に座らされる。そしてカウンター席には背もたれがない。
俺は背もたれがない椅子は苦手なのだ。
背中がツライから。
「失礼ですが、高卒ですか?」
本当にいきなり失礼なやつだな。
なんで大学を卒業していないってわかったんだ?
いや、いい。名探偵だからな、こいつ。
「えぇ、まあ」
嘘だけど。本当は高校すら卒業していないけど。
なんだったら小学校も幼稚園も通っていなかった。
そりゃあそうだろう。二五のときにこっちの世界に来たんだから。
「ちなみにこの私はマサチューセッツ大首席卒です」
残念ながら俺に学歴マウントは効かないよ。
そもそも大学ってのはどういう場所なのかも知らないし、マサチューセッツなんて国も知らない。国だっけ。どうでもいいか。
「とはいっても、マサチューセッツ大を出たのは割と最近の話なんですがね。元々はアメリカは地元で、普通の大学を卒業し、証券マンとして働いていました。優秀な方でしたよ。きっとこのまま順調に昇進していくんだろうなと考えていた矢先、アレが起きたんです」
「最初の厄災」
「はい。日本を中心に世界各地で起きた大災害。株なんてどれも紙くずになりましたよ。おかげでこの私はリストラ。仕方なく、母方の実家である日本で暮らすことになりました。とはいっても、それまで日本なんて来たことなかったですし、正直日本語も苦手でした。働かなくてはいけないのに、日本の証券会社も……というかホワイトカラー職のほとんどが機能を停止していましてね、しばらくは慣れない肉体労働で食いつなぎましたよ」
「…………」
「孤独でした。そして悔しかった。過去の努力、経験、仲間、すべてを失い見知らぬ土地へ。自分の力を発揮することもできず、ただその日の食費を稼ぐ日々」
おっさんの自分語りほどつまらない話はない。
と、普段の俺なら思っていただろう。
しかし今日に限っては違った。聞き入ってしまっていた。
あまりにも似ていたから。俺の境遇と。
「そんなとき、とあるか弱いモンスターに襲われかけましてね。そのとき目覚めたのです。スキルに」
スキル持ちだったのか。
「人智を超えた頂上頭脳を手に入れたこの私は、たった一日ですべての言語をマスター。一週間でマサチューセッツ大の学士号を取り、一ヶ月で宇宙誕生の秘密を解き明かし、そして一年で……勇者協会の闇を知った」
急なスケールダウン。
「闇?」
「一〇年前のあの日、我々人類は異世界の存在を知った。同様におそらく、向こうも我々の存在を知った。このままで終わるはずがない。いずれお互いを食い合うことになる。共存なんてできない。できるわけがない。共に手を取って生きていくにはあまりにも、我々と向こうの文明と常識が違いすぎる」
一応、千歳を含めた上層部はゲートの封印を完全なものにするつもりではいるが、実際のところどうなのだろう。
千歳以外の協会トップとは接点がないし、わからない。
「このままではいずれスキル持ちが、いや人類そのものが阿呆どもの無能さと野心で滅んでしまう。だから、この私が導いてやらねばならんのです」
「なるほど」
そうか、そうなのか。
非常に残念ながら、理解してしまった。
彼はおそらくーー蛮勇だ。
勇者協会の転覆を企んでいるのだろう。
となると、勇者に恨みを抱えているようだったシズクの姉も、彼の仲間か。
俺に絡んできたのは偶然か? 一応シズク姉に顔を見られてしまっているし、ありえない話ではない。
「すみません、つい熱くなりました」
「いえいえ」
せっかくだ、もう少し情報収集といこう。
仮に捕まったら……そのとき考える。正直命に執着はないし。
「あなたの話、とても興味深いです。俺も勇者協会の是非については思うところがありました。陰謀論だってバカにされてましたけど。……えっとすみません、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。俺は、林藤です」
「シュート・クリアクリーンJrです」
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※ここから三人称です
同じ頃、墨田区の水族館にて。
シズクの姉、シグレは帽子とサングラスで顔を隠しつつ、熱帯魚を眺めていた。
魚は好きだった。見るのも、飼うのも、釣るのも。
父と母が釣り好きのコミュニティで出会ったから、必然的に娘である自分や妹も趣味になっていった。
「久しぶりだな、シグレ」
隣に女が立つ。
身長の高い茶髪の女。
「ワタシをつけていたの? 千歳」
「いいや、ただの偶然さ」
「せっかくリラックスしていたのに、最悪の気分だわ。裏切り者」




