第19話 ボーっとしちゃうおっさん、林藤
「もうじきあなたの担当から外れます」
「……へ?」
ツキホが目を丸くて、情けない声をもらした。
俺は心を鬼にして、千歳から聞いた話を淡々と語った。
変な情は抱きたくない。冷たく突き放すように、氷柱で突き刺すように。
「なので、チームツキホの担当ドライバーは別の方になります」
「…………」
「そしてここでハッキリさせておきます。俺はあなたの父親じゃありません。父親として振る舞うこともできませんし、父親代わりとして扱われるのも、俺には荷が重すぎます」
「…………」
ツキホの視線が、顔が、どんどん下へと沈んでいく。
空気が重い。失敗したな、まだポテトが残っているのに、食べるタイミングを見失ってしまった。
「そ、そうですか」
「はい」
「あれ、ですよね。迷惑ってことですもんね。すみません」
「迷惑ってほどでは」
「わかってはいたんです。ただ、その、私…………林藤さんに甘えたかったんです」
「ツキホさんは強い人です」
「強くないです。チームにおいて私はアシスト役なのに、嫌いなリュウセイの力に頼ってばかりで。本当は勇者でいることが辛いんです。勉強も大変だし、だけど一般人であるお母さんには相談できない。もし林道さんがお父さんで、英雄さんなら、勇者になった目的も達成できますし、勇者としても、ただの女子高生としての悩みも解決してくれる気がして」
導いてくれる大人が欲しいのか、この子は。
この感じだと、仮に英雄さんを発見したところで勇者を辞めたりはしないだろう。
燃え上がる正義感と責任感があるから、くすぶっている自分に腹が立っているんだ。
ツキホもアキラも、向上心はあるのに伸び悩んでいるんだな。
実に若者らしい。周りと比べて、焦って。
というか、俺が枯れちまっているのか。周りと比べる気にもなれないし、焦るほどのエネルギーも残っちゃいない。
羨ましいよ、若いってのは。
「ツキホさん、ならーー」
いかんな、いまなにを言おうとしたんだ俺は。
情に流されるな。干渉しすぎるな。
とはいえ、このまま放置してバイバイってのもな〜。無責任か。
そうだ。俺はおっさんなんだ。
迷っている子供を見捨てるなんて大人げない。
大人は子供の踏み台になるものだろ。
「ツキホさん」
「はい?」
「お父さんにはなれませんけど、人生相談くらいならできます」
「…………」
「悩んでいること、困っていることがあれば、いつでも電話してください」
仕事用携帯だが、電話番号は教えてある。
直接何度も会うわけではなく、電話やメールでやりとりするだけならモラル的にも問題ないはず。
「それと、一つ目標を定めましょう」
「目標?」
「がむしゃらに強くなることを考えてもしょうがないですから。なんでもいいです、一つ今後の指針となる目標を立てることで、苦労や苦難も乗り越えられるようになります」
俺にとってのそれは魔王討伐だった。
「目標……」
うーんと、ツキホが考え込む。
そしてパァッと澄み切った笑顔を浮かべて、
「じゃあSランク勇者になって、また林藤さんの担当勇者になります!!」
「え、はぁ……」
「そしたらご褒美として、一日だけ私のパパになってくださいね」
ぜーんぜん俺の話聞いてなかった!!
どんだけ俺を父親にしたいんだよ。どこからくるその熱意、情熱、パッション!!
「それと、私からも一つお願いがあります」
「はい?」
「絶対に私以外の娘は作らないでください!!」
「か、考えておきます……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「本日から担当ドライバーになりました、林藤と申します」
今日から俺が運ぶ勇者たちが変わる。
夜勤はギャルトリオだが、夕勤(18時から23時)がツキホたちじゃなくなる。
千歳の話ではもう一組担当することになるが、まだ時間帯も決まっていない。
成人男性三人をSUVに乗せて出発。
俺の少し下の世代の男たち。三人それぞれが剣術、槍術、雷使いのスキルを有し、協会本部お墨付きのSランク勇者チームであった。
そんな彼らが倒すのはSランクのミスリルカミツキガメ。
とんでもなく頑丈で、かつ獰猛なモンスターらしい。
後ろの座席で、リーダー格の剣士が喋り出した。
「もう一度作戦の練り合わせをしよう。俺のギガンティックブレードでも傷をつけることはできない相手だからな」
「任せろ。俺のデスグングニルによる無限突きで穴を開けて見せる。リーダーがそこに一撃をくらわせろ」
「ならば僕のサンダーゴッドサンダーで麻痺させて動きを止めてみせよう」
「よし、三人とも油断するなよ、気を抜けば食われるぞ。今回ばかりは俺たちでもキビしいかもしれないが、最高のコンディションと作戦で挑めば勝てるはずだ」
後ろで作戦会議をしているようだ。
ぶつぶつぶつぶつと、俺の頭にはまったく入ってこない。
いま、俺の脳みそを支配しているのは、ツキホが最後に見せた笑顔。
可愛いと思ってしまった。
何度も何度も脳内でリピートして、そのたびに自分の不甲斐なさにげんなりする。
もっと担当を続けたかったな〜、なんて本心で思っちゃっている自分への不満だ。
「はぁ……」
対象のいる江戸川区に入った。
見つけた。全長10mはあるデカいカメ。
大通りを陣取って、のそのそと歩いている。
「降ろしてください、ドライバーさん」
早く帰りたいな。
「近づきすぎです!! 俺たちの作戦が!!」
あんなもんとダラダラ戦われては困る。
コーヒーが飲みたい。仮眠したい。休憩室でYouTubeでも見て、頭のなかを空っぽにしたい。
「ちょっ、ドライバーさん!! ドライバーさん!! おっさん!!」
俺の体内に残った微かなマナで、車を強化する。
アクセルはベタ踏み。
あっ、ツキホから着信だ。
さっそくかけてきたな。
「はいもしもし」
「止まって!! 止まってドライバーさん!! マジでぶつかる!! ぶつかるー!!」
ズゴンッッ!!
血肉がフロントガラスについたので、反射的にウォッシャーで洗い流す。
『すみません、意味もなくかけちゃいました』
「もー、そういうのはルール違反ですよ。次からはダメですからね」
って、運転しながら電話するのは道路交通法違反じゃないか。
こんな行為がバレたらクビになってしまう。
やや残念に思いながら通話を切る。
「あっ、カメ」
バックミラーで確認する。
死んでるか、頭からケツまで穴が空いているし。
「まぁいっか」




