第15話 学校占拠⑤ 痛みに嘆くおっさん、林藤
この一分ちょいの間に三つも驚きポイントがあった。
まずひとつ、人型モンスターの登場。これまでこっちの世界では確認されていないタイプのモンスター。全身を漆黒の闇が包んでいる真っ黒お化け。
見たところ知能がある、十中八九魔王直属部隊の生き残り。
ルイナの腹を貫いたうえ、噛みつこうとしていた。一撃目は防げなかったが、二撃目は断固として阻止する。
「させるか」
ふたつめ、勇者本部が開発していたビックリドッキリ救急治療セットの存在。
俺が人型をぶん殴った直後に、ルイナが胸の谷間から取り出していた。
湿布のように薄い代物。それを貫かれた腹の前後に貼ると、ピタリと出血が止まったのだ。
「おっさん、とりま平気。追って」
「本当に大丈夫ですか? 噛まれてないですか?」
痛みに耐えながらルイナがサムズアップする。
「これ貼ったからダイジョブ!!」
俺は彼女の言葉を信じ、人型に追撃のパンチを喰らわせた。
その二発で俺との実力差を察したのだろう。人型は全速力で階段を駆け上がり、逃げ出していった。
「逃がすわけないだろ」
途中、踊り場の掃除用具入れからモップを取る。
柔い木の棒だが、体内のマナを流せば多少は頑丈にはなる。
あいつ、ルイナを食べようとしていた。空腹なのだろう。本来の力を発揮できないのであれば、一気に叩くまでだ。
「おい、お前レベルのモンスターがやってこれるほど、封印の穴は大きくないはずだ。どうやってこっちに来た」
「マオウサマ……ドコ……」
魔王を捜しに来た? 死んでいることを知らないのか。
それとも、遺体の気配を察知したのか。
どちらにせよ、さっさと捕縛する。こいつ、こっちの基準で位置づけるとSランクの上、SSランクってとこだ。たぶん俺しか倒せない。
「いい加減!!」
グッと足に力を込めて、一気に跳躍。
人型に接近し、回し蹴り。
扉をぶち破って教室へ突っ込んでいった。
「お前、勝ち目がないからって急に逃げ腰になるなよ。確実に殺してやるからガクガク震えながら覚悟を決めろ」
「パ……林藤さん」
「ん? あっ、え? うそ、なんでいるんですか?」
そして驚きポイントの三つ目。
ツキホとアキラがこの学校の生徒だったということ。
マズい、これは非常にマズい。
見ず知らずの連中に俺の実力がバレるのは、いくらでも誤魔化しようはある。
誰もスマホで録画なんてしていないみたいだし。
だが、まさかこの子たちが、俺と面識がありまくっているこの子たちに見られてしまうのは、どうしようもなくマズい。
ふっ飛ばされていた人型が起き上がる。
「オマエ……ミオボエアル」
「俺はないが」
本当に知らない。
「マサカ……ユウシャノナカマ」
こいつが口にした勇者とは、俺の故郷、異世界における本当の勇者だ。
俺はそのパーティーの剣士だった。元気にしているだろうか、あいつら。
「ブハッ!!」
人型が何かを吐いた。
スミ? 違う、酸か。
モップで酸を払う。その隙をついて、人型は事態が飲み込めず狼狽えていたボスゴブリンに食らいついた。
「食った?」
人型の肉体が、一回りほど増大する。
なるほど、ただ腹を満たすだけじゃなく、食った個体の力を取り込めるのか。
最初にルイナに噛みつこうとしていたのも、己を強化するため。
厄介だな。
「オモイダシタ……リート……。マオウサマガ、チュウイセヨト、イッテイタ」
「誰だよそいつ。リートというのも、魔王というのも」
「オレハ……コンバ」
「聞いてないが」
コンバが突っ込んでくる。
速い。先程よりも遥かに。
コンバの徒手を、モップでさばいていく。
止まらぬ猛攻。こちらも反撃したいが、場所が悪い。
ツキホたちに見られているからじゃない、狭い空間に人がたくさんいるからだ。
教室内で戦いを激化させれば、怪我人が出る。
だから、
「鬱陶しい」
コンバの腕を掴み、廊下まで引きずる。
そのままガラス窓へ叩きつけ、外に放り投げた。
このまま一気にケリをつける。決して逃がしはしない。
俺も窓の縁を踏み、外へ。
落下していくコンバに合わせて俺も落ちていく。
モップを構え、横に一閃。
斬撃波がコンバの腹を分断した。よかった、こいつの体が柔らかくて。
グラウンドに着地する。
同時、俺の腰と膝に稲妻のような痛みが走った。
「いっっ!! お、折れた、絶対折れた!! 膝割れた!!」
押し入れにしまってあるコルセットと膝のサポーター、引っ張り出してくればよかった。
くぅぅ、涙が出てくる。痛みと自分の不甲斐なさのせいで。
とにかく、これにて一件落着。ではないか、まだ校舎内にゴブリンが残っているはずだ。
そいつらもさっさと倒さないとだし、ルイナを本部まで届けてやらないと。
「グゴゴゴ……」
コンバめ、まだ息があるな。
どうするか、生きたまま捉えて本部に送り、千歳に拷問させるか?
などと思考していると、
「っ!?」
全身を悪寒が包んだ。
覚えのある気味の悪い気配。微弱だが、確かに俺の本能に刃を突き立てている。
どこからだ。上?
視線を上げる。校舎の屋上に誰かがいた。フードを深く被り、顔がうまく識別できない。
だがやつの手にあるのは。やつが持っているのは……。
「腕?」
ミイラ化した腕。
おそらく、たぶん、あの悍ましいオーラは。
「魔王の遺体」
俺が殺した魔王の、回収しきれなかった遺体の一部。
冗談だろ。もうこっちはヘトヘトで腰も痛いっていうのに。
「ちっ」
校舎の壁を駆け上がり、フード野郎に接近する。
「私が到着するまでに死んでいなくてよかった」
「?」
フード野郎が腕を投げた。
コンバに向けて。
あぁマズい、マズいマズい。
あいつはまだ生きている。
壁を蹴り、跳躍する。
だが遅かった。
「マオウサマ!!」
コンバが腕を捕食する。
ガブガブと食らいついて、飲み込んでいく。
あのフード野郎の狙いはこれか。
どこで手に入れたのかわからないが、魔王の遺体をコンバに食べさせて、強力なモンスターを生み出すこと。
コンバの腹の断面から触手が伸びて、下半身と繋がった。
一体となった足を使って立ち上がる。体が、どんどん大きくなる。
「ゼンブ……クウ……マオウサマ……ミツケルマデ」




