第10話 女に苦労するおっさん、林藤
「おっさん、観念しろよ〜」
ギャルトリオが俺のシャツのボタンを外してくる。
どうする。どうするって? いやいや、流されたらアウトでしょ!! 人として、大人として!! かといって強引に突っぱねようにも、ここは車内だ。狭っ苦しいからどこかに頭をぶつけられたら困る。
「おっちゃん、筋肉あんねー」
金髪のミワが俺の胸板を撫ではじめた。
ピンク髪のルイナ、そして紫髪のシズクが俺の首筋の匂いを嗅ぐ。
「んへへ〜、男らしい良い匂いだね〜」
「くんくん。えー、くっさいよ。林藤ちゃんのおっさん臭♡」
悪かったな加齢臭ムンムンで。
ていうかまだ加齢臭が漂う年齢でもないぞ。たぶん。
こうなったら……。
「車内カメラがありますから!!」
「「「!?」」」
「あるんです!! 防犯というかハラスメント対策として!!」
あるわけがない。仮に設置されているとすれば勇者たちにも事前に知らされて然るべきである。
だが、この嘘を貫き通すしかない。頼む、騙されてくれ!! 頭もゆるくあってくれ!!
シズクの顔が、スンと冷める。
「じゃあやめる」
それに連なるように、他の二人も俺から離れてくれた。
ホッと安堵。よかった、彼女たちにも相応の羞恥心というのがあるようだ。
あるならこんなことしないか。
ルイナがアクビをかます。
「なーんか萎えたらマジで眠くなってきちゃった。おっさん、帰ろー」
「……はい」
一回マジで説教してやりたいが……どうせ聞く耳持たずか。
今後は気をつけよう、マジで。ていうか俺が戦うと謎のフェロモンが分泌されるらしい。ならもう戦わん。ハンドル以外の物は握らん。
こうして、Sランクモンスターなんかよりよっぽど手強い娘たちを退け、俺の本日の業務は終了したのだった。
と思っていたのだが。
「林藤さん」
朝6時30分。
俺が借りている職員寮の部屋の前に、いた。
立っていた。
まるで夫の帰りに歓喜する新婚ホヤホヤの妻のような笑顔で。
塚田ツキホが、そこにいた。
「な、な、な、なにしてるんですか」
「他のドライバーさんに部屋番号聞いちゃいました」
無意識に一歩後退してしまった。
ゾワッとしてしまった。
ストーカーの素質があるよこの子。ていうかもう踏み込んでいるよ犯罪者の世界に。
「えっと、あの、いま6時30分ですよ。寝てないんですか?」
問題はそこじゃねえか。
「寝ましたよ? 5時間も寝たら元気いっぱいです!!」
若いって素晴らしい!!
「そ、それで、いったい……」
「まだきちんとお礼をしていなかったので。助けていただき、ありがとうございます」
「いやいや、実際倒したのはリュウセイくんだから」
「どうして嘘をつくんですか?」
「へ?」
「寝る前に改めて考えてみましたけど、普通にリュウセイが倒したわけがないじゃないですか。きっと、林藤さんには秘密がある」
君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
にしてもツキホのやつ、やけに上機嫌だ。
ニッコニコだよニッコニコ。俺が最後にこんなに眩しい笑顔を浮かべたのはーーいつだ? 思い出せない。もはや楽しかった記憶すら掘り起こせないほど俺の脳みそはストレスで埋め尽くされてしまっている。
「そして推理したんです」
「推理?」
「お母さんにお父さんのことを聞くと、毎度『私たちを置いていった』としか言わないんですよ。それって、捨てて逃げたってことじゃないですか?」
普通に死別だと思います。
辛い真実だからぼかしているだけで。
「つまり父さんは私やお母さんに負い目がある。だから素直に自分が父親だと打ち明けることができない。でも、やっぱり心配だから側で見守っていたい。だから娘の手ではなくハンドルを握ることにした。どうですか?」
「はっはっは、面白い推理だ探偵さん。小説家にでもなったらどうです?」
本当に向いているよその発想力。
楽しみに待っているよ君の原稿。おじさんはね、最近『うるさい情報』ってのはしんどくなってきてね、静かに活字を読んでいる時間が心地いいんだ。
なんて自分語りをしている場合じゃない。
失礼ながら断定させてもらおう。
こいつ、頭イかれてる。
「あの、この際だからハッキリ言いますけどね、俺は君のお父さんじゃない」
「ふふふ、わかってます」
絶対わかってないじゃん。
「じゃあ、せめてふたりきりのときは、お父さんって呼んでもいいですか?」
いいわけないだろ。
「それとも、パパ?」
な、なんだこの甘ったるい娘は。
ツキホはもっとキリッと、凛としているようなクールな印象があったのに。
これがツキホの裏の顔。怖いおっさんの趣味が赤ちゃんプレイだったりするように、委員長気質なツキホの性根は生粋のファザコン。
俺に父親代わりのロールプレイを押し付けようとしている?
「今度、お母さんと三人でご飯を食べましょう」
「き、気が向いたら」
向くわけないだろうが。
永遠に北風しか吹かない村の風見鶏さ。
「では、また車で会いましょうね。お父さん」
「あの」
「?」
「まずひとつ、お父さんはマジでやめてください」
「……はい」
「二つ、君はアキラくんをどう思っているんですか? 彼氏じゃないんですか?」
「ウチの娘はやらんぞ、ってことですか?」
「違う」
やるよ、ウチの娘じゃないから。
「アキラとは何もないですよ。幼馴染ですけど」
付き合ってしまえばいいのに。
しっかりしろよアキラ!!
いますぐ抱きしめて愛を叫べ、耳元で!!
ツキホが小さく手を降る。
はぁ、本当にしんどい。もう若いのにはついていけないよ。
ただ、今日に限り一つだけ幸せな出来事が待っている。
そう、何を隠そう今日は週に一度の休みなのだ。
休日週一かよって? 酷いときには月一だぜ?
次回から何話か跨いだエピソードに入ります。




