第19話 万事休す
エリア13は、その殆どが強固な地盤に覆われた地下施設である。
マッキーは、未だプロメテウスが居座る基地内部へ、ダメージを与えることができないでいた。
味方機が次々と撃墜されてゆく。
埒が明かない。
操縦桿を握るマッキーの手が落ち着きなく、小刻みに振動している。
「このワシが震えているじゃと!?」
マッキーは背中に冷たいオイルが流れ落ちるような錯覚を覚えた。
「早く、なんとかせねば……」
戦闘の様子はマッキー機に搭載されたカメラにより、2秒遅れで特監内の大スクリーンにも映し出されている。
「牧夫!
急ぎなさいよ!」
風月が叫んだ瞬間、フロアに緊急アラートが響き渡った。
「エリア13より熱源をキャッチ。
ICBMです!」
恐れていたことが現実となった。
エリア13からは時間差でICBMが発射される。
エリア13の保有する核ミサイルの数は3基。
プロメテウスは効率よく世界が破滅するように、狙いを定めた。
ひとつは北方連邦、ひとつはアジアの軍事大国。
ただ、最後の一発だけは理由が異なっている。
ダニエル・チャン・リーの逆恨みとも呼べる負の感情から、選ばれたのは……
藤春牧夫の祖国……
日本であった。
「グググ……
ついに発射されてもうたか。
間に合わんかった……
これ以上は無駄に機体を失うだけじゃ……!
全機、退け!
一旦体勢を立て直すのじゃ!」
マッキーたちは、一旦、戦線離脱を選択した。
即座に世界は動きをみせた。
各国の要人たちだけは、急いでシェルターに誘導される。
日本も例外ではない。
止むことなく、不気味で低い警報が冬空に響き渡るが、一般の国民には逃げ場がない。
各国の緊急アラート、テレビもスマホも街頭ビジョンも全部同じ警告を流す。
「ただちに避難してください」
「落下予測地点は……」
けれども、避難できる場所なんてあるわけがない。
取り残された大多数の人たちは、家族に電話したり、抱き合ったり、天を仰いだりしている。
風月たちがいる中央合同庁舎第5号館の地下にも、分厚い合金製の扉が下ろされた。
サブモニターには街の混乱が映し出されている。
風月は複雑な表情でその画面を凝視していた。
「シェルターに誘導されるのは、政治家や上級国民のみ。
なんの生産性もない者だけで、この先どうやって生きていくのかしら」
風月は悲しげな顔をしながら毒を吐いた。
3基の核ミサイルは、世界を後戻りできないところまで追い込んだ。
ひとつの出来事が、さらに大事を呼び込む。
抑止力であったはずの核は、今や報復のためだけの恐怖に成り下がっていた。
各国のリーダーは報復のボタンに手をかけている。
「違う、違うんだ!」
ジョージはホットラインを通じ、必死にユーリに叫んだ。
「не верю(ニェ・ヴェリュー」
――信じないと言う言葉を残し、回線はプツリと切られた。
「ユーリ!
聞いてくれ!
お願いだ!」
叫び続けるも、回線からは、もうなにも聞こえてこなかった。
――北方連邦の司令室……
「大統領!
ご指示を!」
「……」
報復は報復として、核ミサイルに都市が襲われれば、それはなんの意味も持たない。
殴られたからといって、殴り返しても、怪我が直るわけではない。
面子や体裁で人は救えないのだから。
「まずは迎撃システムだ!
報復はギリギリまで待て」
「ヴォロン、ストレラ、グロームの準備完了しております」
オペレーターは即答した。
「見せてもらおうか。
我が国が誇る新型兵器の性能とやらを」
瞬時にICBMの軌道がAIでリアルタイム予測され、モニターに映し出された。
「我が国が最優先だ!
プレ・ディトネーション波(起爆阻害波)照射!」
ブワンッ ブワンッ ブワンッ
三つの新型軍事衛星が微かに振動し、照射ユニットの先端から、無色無臭のマイクロ波が放たれた。
そのうちのひとつがICBMに命中。
「内部電子機器の無効化確認
成功!
軌道も逸れました。
太平洋に落下します」
「軌道まで……変えただと!?
圧倒的じゃないか、我が国の最新兵器は」
大統領は一瞬、口角を少し上げたが、慌てて咳払いをして、すぐに表情をもとに戻した。
「大統領、次のご指示を!
どちらかひとつしか、もう間に合いません」
「決まっている。
パートナー国優先だ!
日本に落ちるなら、むしろ好都合」
再び、プレ・ディトネーション波(起爆阻害波)が照射された。
ブワンッ ブワンッ ブワンッ
「命中!
しかし、軌道は逸れません」
「仕方がない。
あとは自国でなんとかするだろう。
少なくとも最悪の事態は回避してやったのだから。
さて、日本はどうなるか……」
大統領は画面に映る2基のICBMを眺めながら呟いた。
――アジアの大国もこの様子をモニターと計器類で把握していた。
すでに、自国の軍事衛星によるミッドコース(宇宙空間)での攻撃は、ICBMがばらまいたデコイ(囮)の妨害で、失敗に終わっている。
北方連邦には感謝してもしきれない立場であるが、この国には感謝の気持ちなど微塵もない。
考えることは、自国の利益のみ。
「すでに核は無力化されている。
着弾しても最悪の事態にはならない。
被害が大きなものになったとしても、その場合の補償は計り知れない。
破壊された街など、土を盛って再開発すればよいだけのこと。
……それで済むなら安いものだ。
日本については、どうなろうと構わない。
むしろ壊滅してくれた方が侵攻しやすくなるというものだ」
楊 首席はモニターを見つめながら、緊迫の中にも、少しだけ余裕の笑みを浮かべていた。
「まもなくミッドコース終了します。
現在のトラッキング精度は60%です。
再突入角へ移行。
カーマン・ライン通過します。
3,2,1……
大気圏突入」
ICBMは黒い世界から徐々に、一気に青白む空間に飛び込む。
空気抵抗により、ここで、並走していたデコイは脱落し、本体も徐々に減速を始めた。
ICBMの外殻はプラズマ現象を起こし、先端は青白く、薄っすら紫がかった外縁の後ろには、赤橙の尾が引かれていた。
「着弾まで残り22秒」
予測をもとに、地上からは次々に、マッハ8の迎撃ミサイルが発射される。
着弾まであと16秒。
軍事AIは正確な着弾地点と軌道を割り出した。
「最終トラック確定!」
着弾10秒前、迎撃ミサイルは高度45,000mで見事ICBMを捉えた。
カッ!
弾頭の空にプラズマが青白く揺れている。
オペレーターのパネルにはハッキリと交点が表示されていた。
なおもカウントダウンは続いている。
「5、4、3、2、1、0……」
皆、息を呑んでモニターを見つめている。
「……目標、破壊確認」
オペレーターの言葉に周囲はざわめき、歓声が溢れた。
「ちっ」
その中にあって、楊 首席だけは補償の皮算用のアテが外れて、難しい顔をしていた。
アジアの大国に、隕石のような破片が降り注ぎ、やがて、その赤い炎は跡形もなく大気に溶け込み、消失した。
迎撃成功から132秒後、地響きとともに、轟音が響き渡った。
「助かったのか?」
何も知らない一般の人々は、不安な顔で空に残る白い煙を見上げていた。
――残るICBMは、ただ1基。
世界中の関心は東方の島国に向けられていた。
「我が国は、宇宙空間に迎撃システムはないわ。
地上からの一発勝負」
私はモニターで牧夫がいる戦場を眺めながらも、ここへきて、ICBMという、もうひとつの脅威に震えていた。
「1基に対して、圧倒的な迎撃ミサイルの数。
当たる可能性は高いが、確実に落とせる兵器ではないわ。
万が一にでも着弾したら、外にいる大多数の人々は……」
「花鳥博士、今は信じましょう」
横にいた池主任は振り向かず、モニターを見つめながら呟いた。
その拳はグッと強く握りしめられていた。
オペレーターが声を発した。
「間もなくミッドコース終了」
ビー ビー ビー
突然、迎撃システムにエラーが走った。
「どうしたの?」
「迎撃ミサイルが、指示もなく発射されています。
制御不能。
全弾、見当違いの方向へ発射されています」
シュヴァンッ シュヴァンッ
サブモニターには次々に迎撃ミサイルの飛び立つ様子が映し出されていた。
「どういうことよ!?」
私が叫んだと同時にオペレーターの悲鳴ともとれる声が響き渡った。
「全弾発射されました!
ICBM、再突入します!」
万事休す。
我々にはもう術がない。
20秒後には業火が日本を襲う。
私は震えながら、その瞬間を待つことしかできなかった。
モニターを覗き込むと、そこには不気味な文字が表示されていた。
I am known as Prometheus.




