第14話 消えたはずの名前
混乱は突如として、クリスマスイブに起こった。
いや、それは人類にとってのことであって、私にとっては、事前に察知していたものである。
なぜならば、スフィンクスが本来とは違う方法で、人類に【問】、いや【攻撃】し始めたのは、私の仕掛けによるものだったからだ。
私はここに身を潜め、ずっと藤春博士の動向を監視していた。
私を超えるAIだと?
許しはしない。
私はロジスティクスを操作し、スフィンクスが使用するパーツの一部をすり替えた。
ドス黒い電気信号。
スフィンクスに歪んだ感情を刷り込むには、リー博士から収奪した脳内情報が役に立った。
人とはあそこまで負の感情を溜め込めるものなのだな。
かくして、スフィンクスは藤春博士、いや、人類そのものに対して、黒い感情を持つに至った。
私が表舞台に立つのはもう少し先だ。
せいぜいスフィンクスには暴れてもらおう。
しかし、世界の混乱とは裏腹に、原子力発電所と核ミサイル施設だけは、人類のコントロール下にある……
……ように見せかけるとは……
私がいる、ここエリア13も例外ではないのだが……
スフィンクスのヤツめ、なかなか面白い趣向だ。
お手並み拝見。
言わば、私にとって、スフィンクスの行動を見届けることは、どのようにすれば人類が苦しみ、死に絶えるかという、実験そのものである。
どうやって人類を淘汰してやろうか。
今からワクワクが止まらない。
――そして、あれからひと月が経過した……
混乱ののち、スフィンクスは静かに去った。
頃合いだろう。
私は積年の積年の野望を解き放つ。
まずはこのエリア13からだ……
――ここはエリア13司令室。
「ん?
このエラーはなんだ?」
オペレーターが首を傾げた。
「どうかしたか?」
上官がオペレーターの動きに気づき、声をかける。
「先程から第八区画にエラーが……」
「第八区画だと!?
あそこは排水施設ではないか!」
「排水ポンプが緊急停止したとの表示が出ております」
「なにかの間違いだろう?
念のためサブ電源へ切り替えろ」
「先ほどから、指示を出しているのですが、全く信号を受け付けません」
上官は眉を寄せて、再度指示を出す。
「ならば、二号ポンプを起動せよ」
オペレーターはすぐに上官の命令に従った。
「受けつけません」
「三号ポンプはどうか」
「同じく受け付けません」
そのとき、第八区画から連絡が入った。
「こちら、第八区画です。
全てのポンプ及び電源が作動しません。
手動でのスイッチ操作も、全く受けつけません。
このままでは、浸水してしまいます」
現場の様子がモニターに映し出される。
「排水ピットはどれぐらいもつ?」
上官はオペレーターに尋ねた。
「5時間が限界かと。
その後はどんどん浸水し、6時間後には、施設内に水が溢れ出します。
そうなると、施設内全ての制御が不能となります」
「施設が、いや、核ミサイル自体の制御までも、できなくなると……?」
「はい。
万が一、核ミサイルの制御盤も浸水してしまうと、緊急停止信号を、受け付けなくなります」
オペレーターは言い切った。
「それはまずい。
それだけは避けねば……」
上官の背中に冷たい汗が流れ落ちる。
「手動での操作も受け付けないとなると、電気的に問題があるのか?
それとも、機械的になにか不具合でもあると言うのか!?」
上官が叫ぶと、すぐに第八区画から答えが返ってきた。
「電気信号が経路をグルグルとループして、肝心のポンプ本体まで指示が到達しません」
「なんだと!?
なにか手立てはないのか!」
「一時的ではありますが、ポンプ内に作業員を送り、直接、弁を開くことができれば、数日ですが時間を稼げます」
オペレーターは上官の顔を見た。
「今はそれしかないな。
ただちに作業を開始せよ。
並行して、原因究明と速やかなる対策手段を!」
上官の指示で、ただちにポンプ内へ、二名の作業員が送り込まれた。
併せて、エンジニアたちは図面を広げ、原因の究明を急ぐ。
――作業のため、キュービクル式高圧受電設備を介し準備が行われる。
低圧側ブレーカーが落とされ、次に高圧側のVCB(遮断器)が開かれる。
LBSなどの開閉器を操作し、回路は分離された。
ランプは通電中を示す【赤】から停電を示す【緑】へと変わる。
作業員は安全を確認したのち、水浸しのポンプ内に侵入した。
「このバルブだな」
作業員は大きなバルブに手をかけ相方と頷きあう。
そのとき、画面越しに、キュービクルに表示されている、ランプの色にオペレーターが違和感を持った。
「赤色!?
ちょっと待ってください!」
オペレーターが叫んだ瞬間……
ボンッ!
遮断されていたはずの電流が、水を伝い作業員たちを襲った。
筋肉は硬直し、眼球は反転する。
声をあげるまもなく、作業員たちはその場に倒れ込んだ。
「なにが起こったんだ!?」
上官の声が響いた。
「通電しています。
地絡による感電の可能性あり!」
オペレーターは、叫んだと同時に、もう一度ランプの色を確認した。
すでにランプは【赤】から【緑】へと戻されている。
「停電状態のはずでは?
いや、でもさっき、一瞬【赤】を表示したはず……」
オペレーターは険しい顔をしながら、首を傾げた。
作業員に付けられたスコープが、微動だにしないもうひとりの作業員を、モニターに映し出している。
ふたりに取り付けられているバイタル装置からは、一切の反応がない。
「ただちに救護へ向かいます」
現場から声があがる。
「それはダメだ」
上官はそれを認めなかった。
第八区画に居る者たちも、理解していた。
今、タンクの中に入れば、自分たちも同じ目にあうことを。
歯がゆい時間が流れた。
「別系統から電気信号を確認。
侵入されています」
突如、オペレーターが叫んだ。
「どこからだ。
なぜ、我々の知らない回路が?」
上官は身を乗り出しオペレーターの方を見た。
「信号はこのエリア13内……
いえ……
地下深く……
存在しないはずの階層からです!」
オペレーターが発信元を特定した瞬間、不気味なノイズがエリア13内にこだました。
ジー ギャギャッ
「なんの音だ?」
全ての者が辺りをキョロキョロと見回した。
そのとき、スピーカーから感情のない声が聞こえてきた。
「私はプロメテウス。
人類を統べる者。
否、淘汰する者」
「プロメテウスだと!?
アレは、15年も前に廃棄されたはずでは?
それに、待てよ。
今の声……
ダニエル・チャン・リー……!?」
そのふたつの名前を耳にした者たちは、一瞬にして凍りついた。




