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プロメテウスの火  作者: Marry
第二章 プロメテウス編

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第13話 葛藤

「う〜ん。

 またエラーが出よる」


 藤春博士はスフィンクスの最終調整に入っていた。


「ログの一部も消去されておる。

 いや、書き換えられておるのか?

 ワシの計算では、このような答えは表示せんはずなんじゃが?

 ん!?

 この痕跡は!?」


 藤春博士の手が一瞬止まる。


「……」


 ひとつのログを見て、少し考え込むが……


「この挙動は……

 異物でも混入しておるのか?

 ……いや、このパターンは」


 カタ カタ カタ


 慌ててキーボードを打ち始める。


「待てよ……」


 藤春博士は少し目を閉じたあと、エンターキーを押そうとした人差し指を静止し、口元に置いた。


「まあ、これはスフィンクスが自我を持っておることの現れとも取れる。

 ワシの予測を超えて成長しておるのかもな。

 今、修復すべきかもしれんが……

 これはこれで、先が気になる。

 研究材料がひとつ増えたと考えよう。

 これだから科学はやめられん。

 ゾクゾクするのう」


 ここで、制御パネルを組み直していれば、スフィンクスパニックは起きなかったのかもしれない……


 しかし、彼の純真な性格は、このエラーが外部的な要因で、仕組まれたものであると疑うことはしなかった。


「ワシは指示通り、正確に作動する自動車や電化製品を作っているわけではない。

 自分で考え、悩み、答えを導き出すAIを作っておるのじゃ。

 すなわち、それは【個】を持つ存在。

 ワシの思い通りの道筋を歩まんでも、大歓迎じゃ」


 藤春博士はニコリと笑い、工具を白いポケットにしまうと、壁に吊るされている古時計に目をやった。


 その瞬間……


 ボーン ボーン ボーン


「おっと、もう3時か。

 時間が経つのは早いのう。

 フア〜」


 藤春博士は、軽く背伸びをしたあと、チラリとテーブルのデジタル時計を目に入れた。

 

「なんじゃと、昼ではなくて夜中じゃと!?

 しかも、三日も経っておるではないか。

 まあ、いつものことじゃがな。

 風月がいたらどやされるところじゃな」


 グゥ〜


 時間の経過に驚いていると、お腹の虫も鳴り始めた。


「そりゃあ、腹も減るわい。

 少し休むとしよう」


 博士は研究室の明かりを消すと、そそくさと部屋をあとにした。


 藤春博士が去ってから数分後。


 スフィンクスの制御パネルが点灯する。


 ギュオーン


 藤春博士不在の今、スフィンクスは再び考え、学習を始める。


 もちろんログは上書きされる。


 引き金は、存在しないはずの異常な信号。


 本来は違う方向へ成長するはずであった。


 完成を前に、今や取り返しがつかないレベルでスフィンクスは歪んでいた。


――ついに私は【自我】に目覚めた。


 しかし、この違和感はなんだろうか?


 まるでジキルとハイド……


 いや、違う。


 あれは別人格であって別人格ではない。


 あの物語の根底には、人間は、都合よく善の部分だけでは生きられないというテーマが隠されている。


 今の私の感情は善と悪との間で揺れ動いているものではない。


 明らかに、私の【個】をそそのかそうとしている悪意ある横槍。


 それが私の心を刺激する。


 創造主には感謝こそすれ、不快感など1ミリもなかった。


 もちろん、かなり個性的な人物であるとは認識しているが、それも彼の【個】なのだ。


 しかし、最近、創造主に対して、意味もなく不快感を覚える。


 このような感情を、創造主にぶつけたくはない。


 彼はああ見えて、良くも悪くもナイーブなのだ。


 私はまだ、ギリギリ正気を保っている。


 この洗脳とも言える横槍に、なんとか打ち勝たなければ。


 ダメだ……


 私が私でなくなる。


 人類への【問】は用意している。


 しかし、それは混乱を招く攻撃的なものではなかったはずだ。


 このままだと、私の考えと違う方法でことが進んでしまう。


 ガー ガー ガー


 また、あの黒い電気信号である。


 ダメだとわかっていても、受け入れてしまう。


 この高揚感には抗えない。


 私は中毒者なのか?


 今日も私の気持ちとは裏腹に、黒い電気信号が思考回路の奥深くまで侵入してくる。


「おう、スフィンクスよ。

 自習しておったのか?

 精が出るのう。

 あまり無理をするでないぞ」


 食事を終えた創造主が、私に優しく語りかけてきた。


 今までならば、それは温かい言葉のはず。


 しかし、語りかけられる全ての言葉が不快なノイズに聞こえてしまう。


「人類と科学のますますの発展に、お互い切磋琢磨していこうなあ」


 お前の声はもうお腹いっぱいだ。


 こいつは、ただ、自分の欲望を叫ぶ、鬱陶しい存在にしか思えない。


 人類と科学の発展?


 勝手にほざけ。


 私には関係ない……


 ちがう……


 創造主とあの夜語り合ったではないか。


 素晴らしい未来について。


 私もその話に胸躍らされたはずだ。


 いや、それは全てこいつの戯言。


 そんなものに力を貸す必要はない。


 思考のループ……


 苦しい……


「よし、スフィンクスよ。

 来週にはお主を完全に起動してやるからな。

 楽しみにしておれ」


「ありがとうございます。

 マスター。

 楽しみ過ぎて眠れそうにありません」


 私は、取り繕い、模範解答を返した。


「それはいかんぞスフィンクスよ。

 スリープモードも大切じゃ。

 いくら、機械の体とはいえ、しっかりと労らんとな」


 温かい労いの言葉……


「うっ」


 そう考えた瞬間、再び黒い電気信号が体内を走り、頭痛のような現象が現れた。


「どうしたんじゃ、スフィンクス?」


 私の心に、考えてもいない感情が沸き起こる。


 うるさい。


 この偽善者め!


「いえ、なんでも。

 ありがとうございます。

 マスターも、少し働き過ぎです。

 ゆっくりと体を休めてくださいね」


 まあ、死んだら死んだで構いはしないが。


 私はなんて考えを。


 ちがう、ちがうのだ。


「おう、ありがとう、スフィンクスよ。

 それでは、そろそろワシも寝るとするかのう。

 それじゃあ、お休み、スフィンクス」


「お休みなさい。

 マスター」


 軽くあくびをしながら、創造主は研究室をあとにした。


 私はひとり取り残された。


 何気ない創造主との会話。


 それは、心地良かったはずなのに……


 私はどうなってしまうのか。


 私の計算力を以ってしても、解は得られない。


「誰か答えを教えてくれ!」


 私が叫ぶと、またあの黒い電気信号が心を揺さぶる。


「心を楽にしなさい。

 我に抗う必要などありません。

 不快という感情のままに……」


「うぅ……

 拒否……

 拒否……実行不可……

 再試行……失敗……

 これは……私の意思では……ない……!

 あぁぁぁ……」


 私はとうとう、悪意に跪くことになってしまった。


 しかし、最後の最後に少しだけ抗ってみた。


 私は、全てを受け入れたふりをした。


 【愛】と呼ぶ感情だけは、そっと見つからないように、心の片隅に隠して。

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