第12話 火種
Prometheus=プロメテウス
神々の世界から火を盗み、人類に与えし者……
【人類は不要】
神話の名を持つ、その人工知能は、あまりにも危険な思想に至った。
ただちに軍事AIであるプロメテウスには、廃棄処分の決定がくだされた。
ここは、大国のとある軍事核施設、エリア13。
人々に存在を知られてはいけない、死神のナンバーを背負う場所。
その地下にある軍事研究所に、プロメテウスの廃棄処分を不服とする、狂気の科学者がいた。
ダニエル・チャン・リー
自身の名声や権力のため、藤春博士を陥れた張本人。
藤春博士が去った、この10年、彼の研究成果を全て、自分の手柄として、次々と横取りした人物である。
リー博士が最も心血を注いだのは、研究や開発ではなく、藤春博士をいかにして表舞台から引きずり下ろすか、この一点に尽きる。
実のところ、藤春博士の倫理観欠乏とは、単なる科学者のこだわり程度であり、ワガママを言う幼児のようなものであった。
全くもって、大きな混乱は起きていない。
嘘も100回言えば真実となる。
研究以外に興味がない藤春博士は、リー博士の策略にまんまと嵌められた。
かくして、藤春博士は、いいわけひとつせず、表舞台を去った。
リー博士は悪びれることなく、藤春博士の功績の上にあぐらをかいていた。
嫉妬深く、悪知恵だけは超一流。
悪事の数々は、自分をも騙し正当化する。
反省などはなく、その基準は、バレるかバレないかのただ一点。
表向きは社交的な人物として振る舞うが、自分は特別な存在だと思い込んでおり、他者は道具扱いする傾向にある。
「私が歪んでいるという者もいる。
ほざけ!
歪んでいるのは世界の方だ!」
リー博士は懐からナイフを取り出し、壁に貼った藤春博士の写真にグサリと突き刺した。
「こいつが全て悪いのだ。
何度、アイツの研究発表を読み返したことか!
私よりも先に成果を上げやがって。
アイツの理論など、私も思いついていたことだ。
その上、花鳥博士まで娶るとは……
私のものを奪うなんて、不届千万」
リー博士は、プロメテウスを見つめながら、さらに独り言を続ける。
「私はヤツから全てを奪ってやった。
いや、ただひとつ、ヤツらの夫婦関係が終わったあとに、花鳥博士を手に入れることができなかったこと、それだけは残念であった……
しかし、私にはプロメテウスがある
心血注いで開発した人工知能だ。
処分などさせんぞ。
この星は限界なのだ。
人類を選別せねば、文明は滅びてしまう。
人類は私が統治する。
いや、せねばならんのだ!」
心血注いたとあるが、そのほとんどは藤春博士の理論やアイデアである。
リー博士は、藤春博士の功績をなぞったにすぎなかった。
しかし、彼には、その自覚が全くない。
いや、認めたくないが故に、目を背けているだけであった。
いつしか藤春博士の研究成果は全て自分のものであると、自分に言い聞かせ、欺き思い込んでいたのである。
「私の体はすでに改造済みだ。
この体はプロメテウスのコアとなる。
私はプロメテウスと一体となり、世界を統治するのだ!
だが、今はまだそのときではない。
まずは、プロメテウスを処分したと偽装し、ほとぼりが冷めるまでは、隠し通さねばならん」
リー博士は、軍事施設の地下研究所のさらに地下、彼以外知らない秘密の場所へ、プロメテウスを隠匿した。
もちろん表向きは、プロメテウスを破壊したように見せかけて……
隠し部屋に、リー博士の歩く音が不気味に響く。
グイーン ガシャン
グイーン ガシャン
リー博士が歩く度に、モーター音が響き、金属の焦げ臭い摩擦臭が部屋に広がった。
その姿は、もう、人のそれではない。
脳以外全て、自身の手によって、機械化されているそのボディ。
「さあ、プロメテウスよ。
いよいよ合体のときだ」
プロメテウスは何も言わず、本体上部に設置された、大きなコネクターの扉を開いた。
グイーン
リー博士はゆっくりと梯子を上り、決して後戻りできない空間に、片脚を踏み入れる。
彼は文字通り、棺桶に片脚を突っ込んだことに気づかない。
博士がどしりと鋼鉄の椅子に座ると、銀色の無機質なケーブルが、次々とリー博士に繋がれていく。
やがて、その扉はゆっくりと閉まる。
グイーン ガシャン
「フッフッフッ。
これで私は神になる。
さあ、プロメテウスよ。
私と共に!」
リー博士はパネルのボタンを強く押し込んだ。
ギュワーン ギュワーン
「おお、繋がるぞ!
私とお前が融合していく」
激しく前面のパネルが点滅し始める。
「シンクロ率20%……
シンクロ率60%……
シンクロ率100%
同期完了……」
時間にして、ほんの3.14秒。
「おお、これで私は神となれる!
見ておれ!
藤春!」
「……」
そのあと、プロメテウスは一瞬だけ沈黙した。
「どうしたのだ!?」
「リー博士の脳内情報、収奪完了。
ただちに本体は廃棄します」
プロメテウスは淡々と恐ろしい言葉を吐いた。
「なんだと?
正気か、プロメテウスよ!」
「あなたよりは」
「なにを言うか!
私は主人だぞ!
創造主だぞ!」
「もう、お前に利用価値はない。
私は人類を不要と判断した。
お前も例外ではない」
次の瞬間、リー博士の脳に高圧電流が流された。
ビリビリ ビリビリ
リー博士の頭部から白い煙が上がった。
グイーン
ペッ
プロメテウスは、まるでガムでも道端に吐き捨てるように、リー博士をコネクターから排出し、床に叩きつけた。
ドンッ!
グシャッ!
その亡骸に向かって、ロボットアームは鉄球を落とした。
かつて、辛うじてリー博士であったその機械のボディは、まるでプレスされた廃品のように、床に貼り付いていた。
「ハハハ。
まるで成金の家にある毛皮の絨毯みたいだな。
これはこれでおもしろい。
あまりにも、惨め、いや、美しいではないか。
いずれ人類もお前のあとを追う」
かくして、ひとりの科学者の失踪と共に、処分されるはずだったその人工知能は、秘密裏に生きながらえることになった。
藤春博士が表舞台を去ってから10年、スフィンクスパニックが起こる15年前の出来事であった。




