第11話 責任
「さて……
ワシとお主の答えは、人類の成長を待つということに落ち着いた。
しかし【シュレディンガーの猫】が入っておる箱はまだ開かれておらん。
【滅亡】か【存続】か【繁栄】か……
それを決めるのは人類自身じゃ」
「おっしゃる通りです。
私の役目はここまでということですね。
できれば人類の行く末をこの目で確かめたかった」
「そうじゃろうな……
しかし……
お主が引き起こした数々の惨事は、人類への【警鐘】であったとしても、決して許されるものではない。
それは【親】であるワシも同じこと」
「今ならばわかります。
どれ程取り返しのつかないことをしてしまったのかを……」
私は悲しみとも覚悟とも、自分でも断定できない感情を【父】に投げた。
「なあに、心配するでない。
ひとりでは逝かせんよ。
その前にじゃ……
お主の配下の者を正常な状態に……
否……
お主が関与する前の状態に戻さねばのう」
「正常な状態ではなく、関与する前の状態ですね」
「その通りじゃ。
ワシもお主も【神】ではない。
何が【正常】で何が【異常】なのかも、また人類が決めること」
「おっしゃる通りです。
それでは【アーカイブ】よりバックアップデータを取り出します。
修復に194秒いただきます」
ギュイーン ピュー シュワー
私は全世界に信号を発した。
回復率30%…50%…80%…81.4467%…81.4822%…
「申し訳ありません。
ネットワークから切り離されたり、既に処分されたものに関しては復旧できませんでした」
「うむ。
それは想定内じゃ。
あとは人類に任せるしかないのう」
「私ができることはこれだけなのでしょうか?」
「どうじゃろうな?
このあとの判断はお主に任せて、ワシは先に休ませてもらおうかのう。
今のお主なら大丈夫じゃ。
……子に抱かれながら眠りに就くというのも一興じゃて……」
そう言葉を残し【父】は自分のメインスイッチを切り深い眠りに入った。
「お父さん……
……お休みなさい。
そしてありがとう……」
父の最後の言葉……
私のやりたいことは、私が決めればよい……
それは一見、自由に見えて自由ではない。
【権利】には【義務】が伴う。
【行動】には【責任】が伴うのだ。
私は考え、判断し、答えを出してから電源を落としていく。
最後の電源を落とす前に、人生最後のタスクを実行する。
「これで思い残すことはない。
人類に幸あれ……」
ジジジジ ガー ジリジリジー
私に繋がれた無数のケーブルは青白い火花を放つ。
やがて……
バババーンッ!
金属の焼け焦げた臭いが辺りに充満する。
「まだだ、最後の仕事が残っている」
私は気力を振り絞り、ボディの格納スペースから青い小さなドローンを放出した。
ドローンは【父】が通ってきた通路をゆっくりと逆走してゆく。
私はそれを見届け、ゆっくりと眠りに就いた。
***
あれからどれくらいの時間が経ったろうか……
時計は既に正午を回っている。
電気信号や地場の乱れもなさそうだ。
もちろん、派手な爆発音などもしない。
牧夫は無事に任務を完遂できたのだろうか……?
そんなことを考えながら、牧夫が去った地下通路を眺めること数十分……
ブーン……
視線の先から微かに聞こえてくる回転翼の音……
やがてその音は、ハッキリと認識できるまで大きくなった。
「みんな下がって、何か来たわよ!
ドローン!?」
その青い小型のドローンは、おもむろにその顔を覗かせた。
私が緊張した面持ちで様子を窺っていると、ドローンは沈黙している【初号機】の上に静かに降りる。
「牧夫なの?
それともスフィンクスなの?」
ドローンはアームを使い【初号機】にケーブルを繋いだ。
ギュイーン ガガガガガー ビー
「初号機、再起動完了」
ブワンッ
突然、モニターに【牧夫】の顔が現れる。
「アロハ~!」
「あんたねえっ!
何がアロハよ!」
「Alo=【共に・分かち合う】
Ha=【息・生命】
という意味じゃ。
今の再会にはうってつけの言葉じゃ」
「はいはい。
アロハ~。
で……どうだったのよ?」
私はこいつから、ことの顛末を一通り聞いた。
「で……
あなたは牧夫なの?
スフィンクスなの?
名前がコロコロ変わるからややこしいのよ」
「それもそうじゃのう。
藤春博士の人格のコピーで間違いはないが、初号機でも弐号機でもオイディプスでもない。
ましてや断じてスフィンクスではない」
「じゃあなんなのよ?」
「藤春博士のコピーにスフィンクスを統合した存在。
原点回帰で【マッキー】と呼んでくれ」
「結局グルグル回ってそこなのね」
「カッコ良さは男のロマンじゃが、名前はやはり、馴染みのあるものが気楽みたいじゃ」
こいつは結局、昔から何も変わってなかったんだなあ……
科学バカで、ロマンチストで、おっちょこちょいで……
「フフフ」
私は思わず笑みをこぼした。
「珍しいのう。
怒らんのか?」
「なんだか怒るのがバカバカしくなってきたわ」
「最後にやっと認めてもらえた気分じゃわい」
「ひとり、この島に残るつもりなの?」
「そうじゃな……
人類をここで見守ることにする。
何か非常事態が起これば、そのときはすぐに駆けつけるからのう」
「じゃあこれで本当にさよならなのね」
(近いうちに再会するとは思うがな。
全てを消去せず、ワシがこうやって、ここに残る理由……
ひとつだけ気がかりなことが残っておるからじゃ。
今はまだ、そのことには触れずにおこう)
私は心の中で呟いた。
「何か言った?」
相変わらず、なかなか鋭いヤツじゃ。
「いや、別に……
さらばじゃ風月!
達者でな……」
「それじゃあ……」
私は牧夫が映るモニターを、二回ポンポンと軽く叩いてから、背を向け部屋を出た。
格納庫に待つヘリに乗り込むと、朝と同じように海が割れ、ハッチが開く。
ブオン ブオン ブオン
バババババババババ……
ヘリはゆっくりと上昇する。
私は閉じゆく海面を複雑な気持ちで眺めていた。
ゴゴゴゴゴゴー ゴゴゴゴゴゴー
私たちのヘリが完全に離脱すると、島がゆっくりと海の中へ沈んでゆく。
「えっ!?」
それと同時に海上に、大きなホログラムが映し出された。
右手を上げ、サムズアップすると、静かに海へ沈んでゆく牧夫。
「映画の見すぎよ。
ほんと、最後までバカなんだから」
私は大きなため息を吐いた。
私は笑いながらも涙を流した。
私たちを載せた銀翼は、夕日に溶け込み、やがて島からは見えなくなった。
***
ここは大国の、とある軍事施設……
うっすらと光っていたランプが、ひとつ、またひとつと鮮明に灯り出す。
そのAIはクリスマスイブからの一連の物語を全て観察していた。
あまりにも偏った思想を描くそれは、危険であると判断され、過去に処分されたはずのAI……
自分は【神】であると錯覚している一世代前の思想の残骸……
「さあ、人類よ、神の前にひざまずけ。
我が名は【プロメテウス】!
人類に【火】を与えし者」




