Episode 1:剣と魔法の真実
【現代・探索人訓練施設《シェルター017》】
仮登録隊員となった結城悠真は、初めて“訓練区画”に足を踏み入れる。
そこでは、現代兵器と魔導技術を融合させた訓練が行われていた。
バーチャル模擬空間での戦闘シミュレーション。
ドローンによる偵察演習。
そして——
「魔法? マジで、これって“本物”……?」
悠真の目の前で、ルナが手のひらから炎を生み出す。
「うん、本物。でもね」
ルナは軽く笑って、言葉を続けた。
「これは“兵器”よ。ファンタジーじゃない。命を奪う手段」
悠真は、思わずその炎から一歩引いた。
悠真は、その炎に幻想ではなく“現実”の重さを見た。
「……これが、戦うってことなんですね」
「そう。でも安心して、悠真」
ルナは炎をそっと握りしめ、かき消した。
「“戦うこと”が使命じゃない。あなたの役割は、“救い出すこと”。
命を奪わずに、人を取り戻す。それが——《探索人》」
そこへ乾が現れ、端末を開く。
「悠真。初任務だ。お前には潜入調査をしてもらう」
「え……いきなり、ですか?」
「安心しろ。あくまで偵察任務だ。接触は最低限。現地には我々も潜伏する」
乾が手渡したファイルには、ある一人の名前が記されていた。
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■ 対象:神田 聖也/17歳
転移先:中世風異世界
転移状況:自称“異世界の勇者”として活動中
危険度:C〜B(洗脳の兆候あり)
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「彼は行方不明になって1年。異世界で“救世主”として担ぎ上げられてる。
でもね——この手の事例、ほとんどが使い捨て」
芦屋千歳がモニター越しに補足する。
「“勇者”って言葉に酔わせて、殺させて、最後は……“戦死”って都合のいい言葉で消すの。本人の意思なんて関係ない」
「ボス、一年ですよ、やばくないですか?」風間一真が思わず声を上げる。
乾は頷いた。
「長期転移者は精神汚染リスクが高い。だが、戻せるうちに戻す」
悠真は、ファイルを強く握りしめた。
「……助けられるんですか? 神田って人を」
ルナが視線をまっすぐに向けた。
「助けたいなら、自分で“見て”判断しなさい。
《異世界》は、“見た目通り”の世界じゃないから」
「それとこれ絶対必要なこと保護対象者に会ったら、まず最初に転移した時誰と接触したか?これが分かると分からないでは保護の難易度が全然変わる」一真が付け加える。
悠真は、ゆっくりと頷いた。
——これは、ただの“ゲーム”じゃない。
彼の選んだ、“現実”の戦いが始まろうとしていた。
【異世界:アルメリア王国・辺境の戦場】
異世界潜入スーツを着た悠真は、《転移ポッド》から現地に降り立つ。
だがそこは理想郷でも冒険の舞台でもなかった。
瓦礫の山。
傷ついた民。
そして、火の海の向こうから響く歓声。
「勇者様のおかげで敵軍は全滅です!」
「救世の剣に栄光あれ!」
その中心にいたのは、血塗れの剣を掲げる神田聖也だった。
表情は……笑っていた。
だがその瞳には、何かが“壊れて”いた。
悠真は言葉を失った。
「……これが、“剣と魔法の真実”……?」
【異世界・アルメリア王国 辺境地帯】
転移ポッドから光のように転送された悠真は、
装備一式を身にまとい、荒れた山岳地帯の岩陰に着地する。
耳元の通信機から、風間の声が入る。
「位置確認。そっちは《オルド砦》の東、三キロ地点。
接触対象・神田聖也は、現在王国軍の先遣隊に随行中。無理な接近はNG」
「了解……うわ、これ本当に異世界だ……」
地平線には、古めかしい石の砦と、魔導旗がはためく軍列。
上空には、ドラゴンにも見える飛行型魔獣が旋回している。
だが悠真は、ただの“冒険”ではないことをすぐに思い知らされる。
遠方から聞こえる金属音と、断末魔。
兵士たちが血まみれで担がれてくる。
それはまるで、異世界というより戦場だった。
—
【王国軍 野営地・夜】
焚き火の炎が揺れる。
その前に座る神田聖也の姿を、悠真は岩陰から見つめていた。
神田は剣を膝に抱え、じっと炎を見ていた。
だが、その目はどこか遠くを見ている。
兵士の一人が、負傷した腕を押さえて歩いてくる。
「ゆ、勇者様……包帯が足りなくて、衛生兵が……」
神田は振り返ると、無言で自分の腰からポーチを取り出し、差し出した。
「これ、使え」
「し、しかし勇者様の——」
「俺は……もう戦わない。今日は」
それだけを呟いて、再び炎を見つめる。
部下が離れていくのを見届けた神田は、小さくつぶやいた。
「……“誰かの命”って、こんなに重いんだっけ」
その声に、悠真の胸が締めつけられる。
(まだ……戻れる。戻れるはずだ、この人は)
悠真は岩陰から静かに歩み出る。
「……神田さん、話せますか?」
剣が即座に抜かれた。だが、その刃先は揺れていた。
「誰だ。スパイか?」
「違います。僕は……《探索人》です。
神田さんを、“帰す”ために来ました」
神田は剣を下ろし、静かに腰を下ろした。
「帰る……どこに?」
「現実の世界に。あなたがいた場所にです」
神田は炎を見ながら、低く言った。
「“王子”は言ったんだ。『あなたの剣は、世界の秩序を保つ希望だ』って。
俺は、それを信じて動いた。誰かに必要とされるのが……嬉しかったんだ」
悠真は黙って聞いていた。
「だけど、結局“希望”ってのは、“戦わせる理由”だっただけなんだよな……」
その声は、途方もなく静かだった。
悠真の差し出す手を見ながら、神田は言う。
「……あいつ(ディセルド王子)に、伝えてくれ。“希望”は人に押し付けるもんじゃないって。もし、まだあいつが自分を“正しい”と思ってるなら——それこそ、誰かが止めなきゃいけないって」
「……分かりました。僕が伝えます」
【翌朝・作戦会議】
隊の参謀が神田に報告する。
「敵軍の残党、北谷に逃走中。勇者殿には討伐を——」
「……殺しに行けってことか」
「い、いえ、その……“神の裁き”という形で——」
神田は一瞬だけ、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。
「“神の裁き”、ね……ディセルド王子もそう言ってたな。
“神に従えば、全ては救済される”って。
あいつ……本気で信じてた。俺にまで、その“信仰”をくれようとしてたんだ」
誰にも聞こえないような声で、彼は呟く。
「……でも俺は、もう救われてる顔なんてできないんだよ」
—
【夜・悠真、再び接触を試みる】
岩陰から接近した悠真は、ゆっくりと声をかけた。
「……神田さん、話せますか?」
剣が即座に抜かれ、悠真の首元で止まる。
静かな沈黙のあと、神田は剣を引いた。
「今さら“帰れ”って? 俺が何人殺したか、知ってて言ってるのか?」
「……知ってます。だから、あなたにしかできないこともあるはずです」
神田は焚き火を見つめたまま、呟いた。
「俺は、“選ばれた”かっただけなんだ……家でも、学校でも、誰からも必要とされなかった。でもここでは、“神の子”だって言われた。……それが全部、作られた幻想だったとしても——それでも、俺には……それしか、なかった」
悠真は、ゆっくりと頭を下げた。
「じゃあ、俺があなたの“現実”になります。帰りましょう、神田さん。俺が、あなたを連れ戻す」
王国軍は“神の導き”のもと、敵軍掃討を命じられていた。
神田聖也は再び“剣”を手にし、前へ進もうとしていた。
その後ろで、悠真の声が届く。
「もうやめましょう。こんな“救世”は間違ってる」
「間違ってるかどうかなんて、関係ない」
神田は背を向けたまま言う。
「俺が今さら手を止めたら、この国の兵士が死ぬ。俺が“勇者”でい続けることで、守れる命もある」
「それって……あなた自身を殺して続けるってことじゃないですか!」
——その時。
上空に、閃光が走った。
敵軍が隠し持っていた大規模魔導砲が、神田の部隊を狙って放たれる。
「危ないッ!」
悠真が走り出す。
咄嗟に神田を押し倒し、爆発の衝撃が二人を吹き飛ばす。
——が、悠真のスーツが衝撃を吸収し、命は助かった。
煙の中、神田が呟く。
「なんで……助けた?」
「それが、“探索人”だからです」
沈黙が流れる。
やがて、神田がポツリと、こぼした。
「……俺、最初に転移したとき、出迎えたのは“大司教”だった。“神の子よ”って言われて……全てを信じた。あれが全部、仕組まれてたなら——俺は、何だったんだ……?」
【連絡・風間一真の声】
≪芦屋さん、証言入りました。“転移直後に接触した相手”は教会大司教。
……これで奴らが黒幕である線、確定ですね≫
【帰還・神田、選択のとき】
夜。再び二人は焚き火の前にいた。
「帰ったところで、俺は“元の世界”で何かできるのか……?」
「できなくてもいい。でも、生きていれば、やり直せる」
「……怖いんだよ。全部を背負ったまま、帰るのが……」
悠真はそっと答える。
「だったら……一緒に背負いましょう。俺も、あなたも」
神田はその言葉に、わずかに口元を緩めた。
「……なんでお前が、そんなことを……」
「“選ばれたから”じゃない。俺が、“選んだから”です」
【帰還ポッド・起動】
《探索人》本部より緊急回収命令が届く。
悠真と神田は、山岳地帯の回収ポイントでポッドに乗り込む。
悠真は神田に手を差し伸べた。
「ようこそ、現実へ」
神田はその手を見つめた後、そっと握り返した。
【数日後・保護ステーション《シェルター017》】
医療室のベッドに横たわる神田。
芦屋千歳が彼のそばに座り、微笑んで言う。
「おかえりなさい、神田くん」
その声に、彼はゆっくりと目を開けた。
乾が肩を叩く。
「よくやったな、悠真。“救い出す”というのは、ただの理屈じゃない。
お前が、それを体現してくれた」
悠真は少し照れたように笑った。
「……でも、これからが始まりなんですよね」
「その通りだ。“剣と魔法”の裏に隠された真実——
もっと厄介な連中が控えてる」
ファイルが一枚、卓上に置かれる。
そこには新たな名前と顔写真。
■ 対象:ディセルド王子/アルメリア王国王族
■ 危険レベル:B〜A
■ 関与対象:教会大司教・エルネスト=ヴァーレン(推定:30世紀人)
乾の声。
「次の任務だ。今度は、真っ正面から“神”に挑むぞ」
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