Episode 2:神に選ばれし王子
【現代・探索人本部施設《シェルター017》】
回復室のカーテンが、ゆっくりと揺れている。
神田聖也は無言のままベッドに横たわり、天井の光をぼんやりと見つめていた。
その姿を、ガラス越しに見守るルナと芦屋。
「……まだ、眠れないみたいね」
ルナが腕を組みながらつぶやく。表情にはいつもの無表情とは違う、わずかな翳りが見えた。
芦屋千歳は隣で静かにノート端末を閉じた。
「当たり前よ。“勇者”って言葉を剥がされた人間が、何も感じないはずがない。
自分が何者だったのか——何者でもなかったのかを、向き合わされるのよ」
ルナが視線を落とす。
「私も……昔は、そうだった」彼女の言葉に、芦屋は一瞬だけ振り返る。だが何も言わず、ただそっと彼女の肩を叩いた。
——ブザー音。
シェルター中枢からの呼び出しが鳴る。ふたりは歩き出す。
【指令室】
ホログラムに映し出されたのは、新たな対象の記録ファイル。中央に映るのは、若く整った顔立ちの王子——ディセルド。
乾が腕を組んだまま、低く言った。
「次の対象だ。アルメリア王国王族、ディセルド。神田を“勇者”に仕立てた張本人。
……裏には、あの“大司教”がいる。つまり、これは神田の話の“続き”だ」
悠真がディスプレイを見つめたまま、静かに言った。
「王子のこと……神田さん、最後まで信じてたんですよ」ルナが小さくうなずく。
「だからこそ、止めなきゃいけないのよ」
乾は悠真の肩を叩き、ファイルを渡す。
「今回はお前の“覚悟”が試される。信仰という幻想の真ん中に切り込む任務だ」
「……やります。今度は、“幻想の始まり”から、終わらせる」
ホログラムの中で、ディセルド王子が誰かに向かって手を差し伸べていた。
その瞳には、確信と純粋さが宿っている——しかし、どこか歪な光もまた。
——闇は、いつも“救い”の顔をして近づいてくる。
【異世界・アルメリア王国・王都セントラレア】
王宮の尖塔の上。
整然と並ぶ衛兵たちの前で、ディセルド王子は両手を広げ、演説を続けていた。
「神の御名のもと、我が王国は秩序を守る!
この剣は争いを断つための剣——それが我らに課された“聖務”である!」
民衆が歓声を上げる。
王子の傍らには、あの“大司教”——エルネスト=ヴァーレンが控えていた。
「よくやられました、王子。神はその純粋な信仰に、必ず応えてくださるでしょう」
「……私はただ、民を導きたいだけです。戦いではなく、救済で」
王子の瞳は真剣で、迷いは見えなかった。
だが、その姿を見つめる大司教の目には、薄く笑みが浮かんでいた。
—
【王宮・私室】
王子は机に向かい、誰かに宛てた手紙を書いていた。
『神田聖也殿
君がいなくなってから、王国の戦線は混乱を極めている。
だが、君の“剣”は確かに人々を導いた。
どうか、もう一度この王国に……』
文を途中で止め、ディセルドは静かに息を吐いた。
(……戻らないのは、なぜだ。
僕は……間違っていたのか?)
その瞬間、扉の向こうから司祭が報告に来る。
「王子、今朝新たな召喚が成功しました。“神の適合者”とのことです」
ディセルドの顔が一瞬だけ安堵に染まる。
「そうか……では、すぐに会いに行こう。
私が、“正しき道”へと導かねば」
彼は迷っていた。だが、正しさを捨てる勇気はまだなかった。
第三章:事件発生(“神の力”という名の支配)
【異世界・アルメリア王国・神殿《聖環の間》】
白大理石の円形ホールに、光が満ちていく。
王子ディセルドが、祭壇の前に立つ。
その奥で、青白い光の柱がきらめき——そこから、一人の少年が現れる。
年の頃は16〜17。
黒髪に、制服姿。
少年は膝をつき、怯えながら辺りを見渡した。
「……ここ、どこ……? なに、これ……」
「安心なさい」
ディセルドが、静かに膝をついて目線を合わせた。
その瞳は、どこまでも真剣で、どこまでも純粋だった。
「君は選ばれた。“神の剣”として、この世界に召喚された存在だ。
恐れることはない。君には、力が与えられる。正義のために、その剣を振るう資格がある」
少年は戸惑いながらも、その“王子の言葉”に縋ろうとした。
ディセルドは手を差し伸べる。
「名は?」
「……佐々木、瑛斗……」
「ようこそ、佐々木瑛斗。——これより汝に、“神の力”を授ける」
彼の言葉と同時に、神官たちが詠唱を開始。瑛斗の体が光に包まれる。
胸元に浮かび上がる魔紋。手の中に、銀白の剣が形成されていく。その表情に、一瞬だけ“恍惚”が走った。
(ああ……これが、“力”……?)
だが、その背後で、大司教エルネストは別の祭壇に手をかざし、淡く赤い“監視紋”を瑛斗の背中に刻んでいた。
それは“神の加護”ではない。“服従の刻印”だった。
【現代・シェルター017/解析ラボ】
風間一真が、転移ポータルの微弱な反応を探知。
「ボス、また転移されてます。例の神殿座標に変動あり。対象は……佐々木瑛斗、17歳。都内の高校生。昨日から行方不明扱い」
乾がモニターに目を向ける。
「……来たか、第二の“勇者”だ。
王子はまた“救い”を与えたつもりだろうが、こっちから見りゃ、新たな洗脳被害者だ」
芦屋千歳が低くつぶやく。
「彼、最近“家でも学校でも無視されてる”ってSNSでつぶやいてたわ……
“誰かに必要とされたかった”って。……まるで、神田くんの時と同じ」
【作戦ブリーフィング】
ホログラムに異世界の地図が映し出される。
乾「今回の潜入目標は、王都セントラレア神殿区域。
佐々木瑛斗を確認・保護、及びディセルド王子の現地情報収集。
対象は神田の証言によれば、強固な信仰を持つ“理想主義者”だが……」
ルナが言葉を継ぐ。
「……その“理想”が一番怖いのよ。誰かを救うために、他の誰かを“生贄”にするタイプ——そういうのが一番タチ悪い」
悠真は黙っていたが、強く拳を握っていた。
「行きます。今度は、もっと早く……もっと、深く踏み込む」
【異世界・アルメリア王国 王都セントラレア・外縁市街】
光の粒子に包まれて、転移ポッドから悠真とルナが現地に降り立つ。
二人は外套型の偽装装備を身につけ、現地の旅商人に扮した格好で王都へと向かう。
目の前に広がるのは、白亜の尖塔群が立ち並ぶ荘厳な街並み。
だが、その美しさの背後にある“違和感”に、悠真はすぐ気づいた。
「……なんか、変ですね。街が、静かすぎる」
「民衆が“見られている”のよ。気づいてないけど、どこかで誰かの“信仰の目”が常に監視してる」
ルナの声には、かすかな怒りが滲んでいた。
—
【王都・教会広場】
神殿前の広場では、神官による説教と儀式が行われていた。
「新しき神の剣・瑛斗様は、我らに与えられし光!その導きに従い、真の秩序を守らん!」
観衆が静かに頷き、誰一人として疑問を挟まない。悠真はその中に、どこか戸惑った表情のまま立つ瑛斗を見つける。
(あの顔……迷ってる。でも、誰も止めてくれないんだ)
【王都・裏路地・指定接触点】
悠真とルナは裏通りに入り、風間一真のサポートドローンと接触。小型ホロ端末が起動し、風間の映像が表示される。
「教会と王宮の連絡パスを盗み出した。面白い情報があったよ。教会の高位神官——エルネスト=ヴァーレン、あれさ、王族と婚姻関係にあるって噂。しかも、その記録……30世紀形式のデータ署名付き。完全にこっちの人間だ」
ルナが顔をしかめる。
「教会と王族が一体化してるってことね。まさに“神政国家”。」
【王都・情報屋のアジト】
一方、芦屋千歳は現地で潜伏していた。
市民ネットワークを通じて“失踪者の行方”や“神殿内部の目撃証言”を収集している。
「“勇者になった少年が突然泣き叫んで、数日後には別人のようになった”……洗脳か薬物か、あるいはその両方ね。やっぱり“王子の言葉”じゃない。“仕組まれた信仰”よ」
【王都・夜/神殿を望む屋上】
夕暮れの王都。
悠真とルナが高台に登り、神殿を見下ろす。
「……あの中にいるのが、佐々木くん。あの王子が、あの神官が、彼を“神の剣”にしてる……」悠真の声は低く震えていた。
ルナがそっと言う。
「次に会うとき、彼が敵になってる可能性もあるわよ?」
「……でも、彼はまだ完全に壊れてない。目が、“助けを求めてる人の目”だった」
風間の声が通信から入る。
≪悠真、ルナ。今夜、王子が教会で“神託の儀式”を行う。佐々木瑛斗も同行。あそこがチャンスだ。儀式に紛れて接触できる可能性がある≫
悠真が決意を込めてつぶやく。
「……今度は絶対に、取り戻す。幻想に囚われた“正義”ごと、全部ぶっ壊してでも——」
【異世界・アルメリア王国・大聖堂《神託の間》】
巨大なアーチのもと、数百人の信徒が並ぶ荘厳な空間。神官たちが神託の詠唱を唱える中、祭壇にゆっくりと現れる二つの影。
ひとつは、白銀の礼装に身を包んだディセルド王子。もうひとつは、その隣で剣を掲げる少年——佐々木瑛斗。
「今日、我らが目にするのは、真なる勇者の姿。神に選ばれし“剣”が、我らの未来を切り拓く!」
群衆が歓声を上げる中、瑛斗の表情はどこか硬い。目は空を見ていない。焦点が合わず、まるで自分を失っているような虚ろさ。
(……洗脳が進んでる。しかも深いところで“正義”にすり替えられてる)
高台の見物席に紛れていた悠真とルナは、息を飲んだままその姿を見つめる。
ルナがつぶやく。
「……あれはもう、“命令された英雄”ね。“救いたい”なんて気持ちは消されてる。“戦え”って言葉しか、届いてない」
【儀式開始】
エルネスト=ヴァーレン大司教が、瑛斗の前に立ち、朗々と告げる。
「汝に問う。“神の剣”よ。この世界の混沌を、汝の刃で浄化する意志はあるか?」
瑛斗は、ゆっくりと頷いた。
「……はい。神の意志に従い、この身を捧げます」
その声は機械のように平坦で、だが、ほんの一瞬だけ——言葉の末尾が震えていた。
(今だ……!)
【儀式の騒めきの中で】
悠真が席を離れ、ルナと共に裏回廊へ回り込む。
祭壇の裏、待機区画に瑛斗が一人で佇んでいるのを発見する。
「……佐々木くん!」
呼びかけに、少年がゆっくりと振り返る。その手には、既に“神剣”が握られていた。
「誰……ですか?」目に明らかな警戒が宿る。
「僕は……結城悠真。《探索人》です。君を“現実”に帰すために、ここへ来た」
「現実……?」
その言葉に、わずかに反応を見せた瑛斗だったが、すぐに顔をしかめ、剣を構えた。
「僕は、必要とされてるんです。ここで……“神の剣”として」
「本当に? その言葉、誰が君に言った?」
「王子が……大司教が……みんなが、僕に期待してる。僕がいれば、世界が救われるって——」
「違う! 君が戦えば戦うほど、誰かが死んでいく。それって、本当に君が“やりたかったこと”?」
悠真の叫びに、瑛斗の動きが止まる。
「僕は……僕は……」
その時、背後から警備兵の怒声が飛ぶ。
「侵入者発見!確保せよ!」
ルナがすかさず前に出て盾魔法を展開。
「悠真、時間を稼ぐ。早く、あの子の“本当の名前”を取り戻して」
【騒乱の中での対話】
悠真が、瑛斗に向かって叫ぶ。
「君は佐々木瑛斗だ!誰かの“剣”じゃない、君自身だ!学校で孤立して、誰も気づいてくれなかった。でも——君の叫びは、俺たちに届いてる。」
瑛斗の剣が揺れた。その目に、一筋の涙が浮かぶ。
「……怖かったんだ、ずっと……誰にも必要とされなくて……でも、“神の声”が僕を……」
「違う。それは誰かが“与えた答え”だ。でも“君が望んだ言葉”じゃない!」
【一瞬の静寂】
剣が、手から滑り落ちる。佐々木瑛斗の膝が崩れ、座り込んだ。
「……助けて……僕……帰りたい……」
ルナが後方の敵を退け、振り向く。
「悠真、決着つけた?」
「うん。……あとは、帰るだけだ」
【異世界・王宮・神殿地下《神録の間》】
回収作戦後、佐々木瑛斗は無事に退避。
《探索人》チームは神殿地下に潜入し、決定的な“記録”を手に入れていた。
風間一真の声が通信から響く。
≪回収完了。“神録”の記録データ、完全に30世紀の量子署名入り。
いわゆる“神の言葉”の正体は——エルネストが仕込んだ、未来製の思想誘導AIだった≫
ルナが短く吐き捨てる。
「つまり、“神”なんて最初からいなかったってわけ」
悠真の目が険しくなる。
「……じゃあ、王子は、ずっとそれを信じて……」
【王宮中庭】
悠真は単身、ディセルド王子と対峙する。
警護兵たちは遠巻きに控え、空は灰色の夕暮れに染まっていた。
「来たか、“探索人”」
「来ました。あなたと……話をしに」
ディセルドは静かに微笑んだ。
「君たちが何を得たかは知らない。だが——私の信じた“神の声”は、本物だった。
それがたとえ、人の手で造られたものでも、救いを与えた事実は変わらない」
「でも、その“救い”のために、何人の子どもが連れてこられて、“英雄”になって死んだんですか」
悠真の声は震えていた。ディセルドの表情に、わずかな影が差す。
「私は……正しかったと、思いたかった。誰かの涙を“意味のある犠牲”に変えるために、私は“神”を必要とした」
「それは、“必要とされたかった”だけじゃないんですか」
悠真の一言に、王子の瞳が揺れる。
「あなたは、孤独だった。民を守るために育てられ、希望であれと教え込まれて——
でも、心の奥では、誰かに“自分自身”を見てほしかったんじゃないですか」
【暴かれる真実】
その時、風間から追加データが届く。
≪補足:王子の養育プログラム、“Project D-Seraph”の記録も発見。
育成段階から思想誘導されてたっぽい。要するに“神に仕える理想の王”を造るための被検体。
王子は、最初から“物語に仕立てられる存在”だった≫
悠真がゆっくりとタブレット型のホロデバイスを王子に差し出す。
「これは、あなたの人生が“作られたもの”だったという証拠です。でも、これから先を“選ぶ”のは……あなただけです」
ディセルドはそれを見つめ、しばらく何も言わなかった。やがて、かすかに肩を震わせながら、つぶやいた。
「私は……“神に選ばれた王”ではなかったのか……?」
「違います。あなたは“誰かに選ばれた物語”の登場人物だった。でも——ここから先は、自分で脚本を書けます」
悠真の声に、王子はゆっくりと目を閉じた。
「それでも、私のしたことは消えない。“希望”という名の刃で、誰かを殺してしまった」
「……じゃあ、その罪を、“現実”で背負ってください」
【帰還ポッド・発動】
数時間後、王子は自ら《探索人》の保護要請に応じた。
神田聖也、佐々木瑛斗と同様に、転移被害者として“救出”されることが決定された。
【帰還後・保護ステーション《シェルター017》】
診断室。
王子は無言で窓の外を見ていた。
芦屋千歳が静かに言う。
「ようこそ、現実へ。“神に選ばれた王”じゃなく、“自分を選んだ人”として——あなたを迎えます」
王子の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
【作戦報告室】
乾がファイルを一枚、卓上に置く。
■ 関与対象:エルネスト=ヴァーレン
■ 推定所属:未来犯罪組織
■ 優先度:S
「……黒幕が、いよいよ本気を出してくるぞ。
今度は、“神の顔”だけじゃ済まないかもしれん」
悠真は短くうなずいた。
「俺たちが、“本当の現実”を引きずり出すまで、やめられませんから」
Episode 2:神に選ばれし王子──了




