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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第四章 銀樹(高二冬編)
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第百六話 春休み

 四月のはじめ。春休みに入って数日が経った。

 私は、私以外誰もいない家の私しかいない部屋で机に向かっていた。

 時計が指すのは夜中の二時。眠気が最高潮なのにも関わらず、なかなか寝れない私は受験生の鏡として勉強に()()()

 私はついさっきまで寝ていた。でもハッと起きてしまったのだ。

 通算312回目。例の悪夢。家族が崩壊する悪夢。

 去年から、この夢を見る頻度が上がった気がする。

 特に今年に入ってからは、10、20回はこれで睡眠を邪魔されている。

 しかも、なんだか最近夢の解像度が上がってきて、起きた後も、あの気持ちの悪い感覚が残るようになってきた。

 ほんとに気が滅入る。


ーーーーー


「葉菜ちゃぁぁぁん!」


 翌日の朝、出かける準備をしていると外から優愛の叫び声が聞こえてきた。

 普通に近所迷惑なのでやめてほしい。


 わたしは急いで髪をゴムで縛って、コートとバッグをソファから掻っ攫いながら玄関に小走りで向かった。


「ちょっと待ってぇ」


 そう言いながらわたしは立ちながら急いで靴を履いて、勢いのままドアを開けた。

 晴天と春の匂いがする風を背景に、優愛が笑顔で出迎えた。


「お待たせ」


「待ってない!」


「まだ聞いてないよ」


 振り返って鍵をかけて、わたしと優愛は駅へと歩き出した。


ーーーーー


 駅で凛と合流し、一通りあいさつした後、そのまま目的地へと歩き出した。

 今日向かうのはこの町で一番大きいデパート。もっと言えばその中にある本屋だ。

 そこでは、うちの高校の教科書販売が行われていて、今日はその予定日である。

 予定日は今日だけなので、黙っていても鉢合わせそうなものだが、去年も優愛が一緒に行きたいとわたし達を誘ってきて、今年も例にもれず出かけている。


「もう開花したっていうけど、あんまりわかんなくない?」


 道中。桜の木が植えられた河川敷に沿って歩いていると、優愛が手を後ろに組んで枝を見上げながら言った。


「いうて5,6コ咲いたって言われてもぴんと来ないわなぁ」


 車道側を歩く凛は首をかしげてそう言う。

 開花宣言は5~6輪以上の開花で行われるのである。知ってた?


「…………まぁ」


 わたしは若干歩くスピードを落として呟く。


「どうせすぐに満開だけどね」


 凛と優愛はごく普通に「「ね~」」というのに対して、わたしの心はなんだか乱れていて。

 その時にふと去年の()()()()()()を思い出したのは、どうしてだったのだろうか。


ーーーーー


「多くない!?」


 本屋の奥で、わたしが教科書の受け取り作業をしていると、優愛がバッグに詰め込みながら声を荒げた。

 実際、去年も相当の量だったのに今年も中々書物の数的暴力を受けている。絶対そこらの米の数倍重いって…………肩凝るって…………やだなぁ。

 結局わたしは一回目を通してしまえば丸暗記なので尚のことである。


「ふぅ」


 そんな中、凜は何やら折り畳み式のバッグを取り出して広げた。

 結構大きくて見る限り背負えたりもするらしい。

 わたしと優愛は大きめのトートバッグを持ってきただけなので「「うっゎずっる」」というと「愚か者どもが」とキメゼリフっぽくドヤる凛に、些細な殺意を覚えた。


 帰り際、少し雑貨とか服を見つつ帰っていると、ふと見たエスカレーターに随分と前髪の目立つ陰キャが立っているのに気が付いた。

 すぐに見えなくなってしまったが、確実に影だろう。

 ちゃんと学校に通おうとしてくれているんだなと思うとわたしは少しだけ口が綻んでしまった。


「…………!

 葉菜ちゃん、なんかいいのあったの?買ってあげようか?!!!!」


 その様子に気が付いた優愛がわたしにこう捲し立ててくる。

 顔を寄せてくる優愛に圧倒されつつ「何でもないよ」と返すと、すんなりと飲み込んで「そっ」と唇を尖らせた。かかさずわたしの腕をつかんで気に入ったコーナーに連れて行くあたり多分かわいい商品のことで頭がいっぱいだったのだろう。



 後に、三人で話に夢中になりながら自動ドアを通り過ぎる際に、わたしは何かに気が付いた。

 春の匂いじゃ隠し切れない清楚な香水の匂いと、何よりも目の端に移った端正で日に照らされる()()の長髪。

 わたしは、まさかね、と思って後ろを振り返ることはせず、二人と一緒にお出かけを楽しんだ。


ーーーーー


 春休み最後の日。私は影と一緒にソファに座ってニュースを眺めていた。

 影は小説を読みつつも、どこか落ち着かない様子だ。小説を持ちながら裏表紙を爪で叩いたり、体勢を高頻度で変えたり――目にも耳にも騒がしい。


「…………影は明日の始業式行くの?」


「え?

 まぁ一応そのつもりではあるな」


 影は私と目を合わせずに答えた。


「そうじゃないとクラス替え後の教室気まずいもんね」


「うるせ」


  影にとって、一回不登校になったクラスにもう一回通い始めるよりも、刷新されたクラスで初めから真面目に登校する方が格段に気が楽だろう。

 それを、初日休んで少ししてから登校開始なんて、あまりに勿体ない。

 因みにうちの高校はオンラインでのクラス発表が無くて、昔ながらに玄関に紙で発表されるぞ。


「あれだったら、モーニングコールでもしようか?というか一緒に行きたいのかな…………????」


「うざ。別に言われずとも行くって。明と同じようなこと言うな」


 皮肉と茶化し満載で言ったのだが、影は淡々としていて少し拍子抜けだ。


「明さんにも言われたの?」


「俺が学校行くって言った日から毎日のように心配のメールが来るんだよ

 あいつ親かよマジで」


 影は右手の指先でトコトコと叩く。

 なんだかこう見てると…………なんていうか


「…………反抗期の高校生男子みたい」


「まじではったおすぞ」


「こわ~い」


 ぶっきらぼうに言いながら立ち上がって、飲んでいた紅茶のコップを流しに置きに行く。最近、影に全部任せている気がしていたたまれなかったので、自主的に食器を片付けるようにしているのだ。


 ゴトン と、変に響く食器の音を聞いてから、私はふと先日出かけた時のことを思い出した。


「そういえば前、教科書受け取りに行ってたよね」


「え、なんで知ってんの」


 影はソファから私をドン引きの眼で見ている。(顔見えないけどさ)


「別に見かけただけだよ…………」


 なに想像してんの?と、私も少し睨みをきかせてから、大きく息を吐いて吸った。


「そこでさ、星ちゃん見なかった?」


「え、来てたのか…………?」


 なんか焦るような、面倒ごとを感じ取った声色で聞き返してくる影に私は反射で「別にそういうわけじゃないけど」曇った声で小さく反論した。


「まぁいいや」


 私はそそくさと歩き出してソファの上のバッグと取り上げた。

 裏戸に向かいながら影に振り返る。


「私もう帰る」


「あぁ。じゃぁな」


「ん。また明日」


 私はそう言って影の家を出る。

 今日は影のお父さんが帰ってくる日らしいので、暮れる前に帰れと言われていたのだ。


 帰る時、住宅街から見上げた山上の桜は、まだ色も見えなくてただの木なのに、家に植えてある桜が随分と可愛らしいような花をつけていて、変な感じがした。

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