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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第四章 銀樹(高二冬編)
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第百五話 優しい男。略して優男

「みんなにも渡せばよかったのに」


 テストが明けた土曜日。

 影の家に入り浸る私は、机上に置かれたチョコスイーツを貪っている。

 バレンタインに影が作ってくれたものの残りで、食べきるのに一週間かかるほど大量だった。


「もう渡したろ」


 キッチンで紅茶の用意をしている影は素っ気なくそう言った。

 どことなく、声色が吐息交じりで、照れ隠しのようにも見えた。


「渡したって、チョコ作り教室の時のやつ?」


「まぁそうだけど、そんな名前なのか?あれ」


 湯気が立つカップを両手に持って影はキッチンから出てきた。

 私の目の前に置いて、自分の定位置(私の向かい)に座る。


「あれがバレンタインチョコなら、今私が食べてるの何?」


「余り」


 端的に、でもやっぱり照れ隠しのような調子で言うもんだからこっちまで少し気まずくなってくる。


「…………おいしゅうございます」


「それはそれは、嬉しい限りで」


 私は肘をついて下を向きながら、チョコドーナツを小さく齧った。

 ちらっと見た影は、椅子に深く座って随分太々しく紅茶を嗜んでいる。


(…………なんか負けた気分)


 私はそう思いながら開いてる方の手でスマホを手に取った。

 案の定、優愛からの大量の通知数が見える。そろそろ通知オフってやろうか。


「あ」


「…………ん?」


 紅茶をすすりながら唸った影の声と一緒に、私は体を起こして肘を上げた。


「影さ、()()()行く気ない?」


「ない」


「そ・く・と・う」


 驚きの早さだった。もうちょい悩む素振りというものを人は見せるものでは?


「行ったとこで意味ねぇだろ。知ってる先輩とかいねぇし」


「そうだけど…………

 ん~今回ばかりは連れてく理由がない…………」


 さっきまでの太々しさが、急に勝者の雰囲気に変わった。

 鼻を上げて見下ろすように紅茶すすっている。

 ムカつくな。


ドゴっ

「いてっ」


 私は影のことを冷たい目で睨みつつ、影の足に天使の制裁(蹴り)を加えた。



ーー3月1日ーー


 桜もまともに咲かないこの時期。わたしは学校の玄関にあるベンチで、優愛と一緒に腰を下ろしていた。


「そろそろ卒業式終わるかな」


 優愛はスマホの時計を見ながらそうつぶやいた。


 うちの学校では、一年と二年は卒業式に参加しない。理由は単に、体育館が狭いだとか各学年の人数が多すぎるとかだろう。

 時間はもうお昼前。そろそろ卒業式が終わって、三年生にとって最後のホームルームが始まるような時間だろう。

 因みに吹奏楽は卒業式のBGM役だそうで、凜は今頃退場のファンファーレでも吹いているだろう。


 そもそも今回、卒業式に行こうと言い出したのは凛だった。

 珍しいことだったため特に理由もなくわたしも優愛も二つ返事で来てしまった。

 でもまぁ。影が言ったこともごもっともで。


「優愛はさ、三年に知り合いいる?」


「ん~~~まぁいなくはないかなぁ」


「話しかけに行くつもりある?」


 優愛は目を瞑って「む゛~~~」と唸ってから、「ないかな」と答えた。


 部活なんかをやっていたなら何か違っただろうが、わたし達には別れを惜しむほどの絆を先輩たちと育んでいない。

 さっきから玄関にはジャージなんかを着た一、二年の集団ががやがやと集まり始めている。

 みんな、まるで今生の別れのように惜別の情を持っているなら、わたし達は少し場違いだ。

 そもそも、なんで凛はこんなとこに誘ったのだろうか。よく考えれば不思議だ。


ーーーーー


「あ、卒業生出てきたよ」


 近くにいたジャージ姿の女子の一言で、わたしと優愛はスマホから目を外した。

 保護者であふれかえった廊下の隙間から、少しずつ卒業生が出てくる。

 最後のホームルームを終えて、これから友人や後輩ともしかしたら最後になるかもしれない時間を過ごすのだ。何人かはもう顔が赤く、目の下には涙の跡がある。


「お前ら、来てくれたのか」


 教室とは反対の廊下から、凜が走ってやって来た。

 プレゼントらしき紙袋を腕にかけている。


「誘ったのそっちでしょ」


 わたしはベンチから立ち上がってスマホをポッケに入れた。


「まぁそうだな」


 遅れた立ち上がった優愛は、さっきまで言わずとも思っていた共通の疑問を発した。


「凛たん、なんで今日私たち誘ったの?」


「ん?まぁ、お前らどうせ暇だろ」


 優愛は両手に拳を握って「なんかムカつく―!」と頬を膨らませた。

 凛も最近、優愛の扱いに慣れてきてるなぁ。

 …………いやこれわたしも煽られとるやん。


 少し優愛への同調が感じられたとき、凜の肩の向こうに凛と同じような紙袋を持った一年生らしき女子三人がもじもじこちらを見ている。


「…………凛、後輩待たせてるんじゃない゛?」


「お、おぅ、じゃぁちょっと行ってくるけど、葉菜、怒って」


「な・い・よ」


「…………そか」


 そのまま凛は後輩たちのほうに走り去っていった。

 危ない危ない。語尾に怒りの濁点が現れるところだった。


「なんか最近の凛たん、私というきゃわいい生き物に適応し始めてない?」


「適応しなきゃやっていけないんでしょ」


 皮肉を込めて言うと、「ん?」なんて、自分という生き物を理解しようとしない確固たる意志を感じる(要約:猫なで声でうざい)うめき声が隣で鳴った。

 自分を知らないって罪だなぁ。


「お久しぶりですね。葉菜さん」


 後ろからわたしの名前が呼ばれた。

 振り向くと、ベンチを挟んだ向こうに背の高い男性が一人、卒業証書を持って立っている。

 素早く振り向いた優愛は、男性の顔を見るや否やわたしの腕に抱き付き、強く引いた。顔も険しくなり、明らかに警戒態勢だ。


「そんなに怖い顔をしないでください。何もする気はないですから」


「…………」


 少し間を開けて、優愛は絡めた腕の力を抜いて、背筋を伸ばして立った。

 優愛の警戒が言葉一つで解かれるというのは、当たり前に見えて異常だ。

 それだけ、この人の言葉は誠実で、いやでもいい人なんだなと思い知らされる。


「お久しぶりです。田中先輩」


 田中翔太。去年わたしに告白してきた三年の先輩。晴斗のお兄さん。

 すっかり、というと失礼かもしれないが、忘れていた。この人も卒業生か。


「特に話すことはないと思うのだけど、一つ言っておかなくちゃと思ってね」


「なんですか?」


 一瞬、右に目が泳いでから深く息を吸った先輩はわたしの眼を優しく見て言う。


「去年の俺といい、中学時代の弟といい、迷惑をかけてしまった。すまない」


 そう言って深く頭を下げるもんだから、もとから女子人気が高いのもあって、周りからの視線が一気に集まった。

 わたしは慌てて腰を折り手をかざして小声で言う。


「ちょっとあの…………顔上げてください。気まずいです」


 するとすぐに顔が上がってきたので、わたしは勢いのまま後ろにのけぞってしまった。

 先輩の眼は、相変わらず真剣で、一途だ。


「俺はもういなくなるけど、弟はまだ関わるかもしれないだろう?仲良くしてやってくれ」


「別にもうどうとも思っていませんよ」


「そうか…………それはよかった」


 先輩はそう言うと、また右を横目に見てから、今度はそっちにちゃんと体を向けた。

 小さな笑顔を浮かべてから「じゃぁさようなら」と言って、人ごみの奥へ消えていった。最後の挨拶を返す暇もなかったが、破顔した様子はどこか吹っ切れているような面持ちだった。


「なんか、馬鹿みたいに律儀な人だったね、最初から最後まで」


「過剰だけどね」


 次あの人の名前を聞くときは恐らく結婚式の招待状とか、何かしら幸せのご報告だろう。そう思わせるほどの人望と未来がある先輩だ。


「ねぇ葉菜ちゃん」


「なに?」


「何しよう」


「…………」


 その後、凛が恩師だとかいう先輩にプレゼントを渡しながら号泣している様子を眺める時間が一時間ほどあったのは、もう言うまでもない。

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