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桜桜にして咲く櫻  作者: nor
第四章 銀樹(高二冬編)
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第百四話 バレンタインデー

凛視点です

 二月十四日。

 どこか浮足立つ男女がよくみられるこの日。

 私はそういう奴らから目を逸らしながら朝のホームルームぎりぎりで席に座った。


 教室の真ん中では、優愛がクラスの女子たちにチョコを配りまくっている。

 甘いもの好きとかいうファッションを掲げる陽キャ女子たちは腕を上げて喜んでいる。

 優愛も優愛だ。段ボールみたいなデカい箱に大量のチョコを入れていて、バレンタインデーの様子というより配給に近い。

 もちろん中身はバレンタイン限定チョコで市販品だ。

 さすがにあの量を手作りは人間じゃない。


「凛」


 後ろから声を掛けられて、私は後ろを振り返る。

 すると目の前に突然、葉菜の手に乗ったチョコが出てきた。


「…………これ」


「あげる。ハッピーバレンタイン?」


「あんがと」


 私は微笑む葉菜の顔をちらりと見てからチョコを受け取った。


 すぐにガラガラと扉の開く音が聞こえて、担任が入ってきた。


「は~いぃ。ホームルームですよぉ」


 私は急いでチョコをポッケに入れて、号令に従って立ち上がった。


 礼をするとき、ちらりと横を見た。

 隣にいる夕は凄く、いつも通りだ。


ーーーーー


 一時間目の授業は古文。

 びっくりするほど全員寝ているのはわざと眠らせようとしているとしか考えられないような授業だからだ。本当につまらん。

 よって、いつもなら私も十分程度で夢の世界なのだが、今日はなんだか眠気が来ない。


 教科書を見るのも面倒になって、私は腕を机の上に出して顔をうずめるように背中を丸めた。

 あたりの机の中を見ると、時々ピンクやら茶色やら、確実にラッピングの装飾と思われるものが飛び出している。


 ほんとにがちで、ほんの一瞬だけ右に目を向ける。

 夕の机ん中は―――いつも通りだ。

 いつも通り整っていて特に目立ったなにかはない。


「…………」


 別に期待してるとかではない。断じてない。

 というかどうせなんかくれるだろう。

 夕は記念日は絶対に大事にする奴だ。

 クリスマスだって夜ご飯は鳥の丸焼きだった。

 年明けだって、年越しそばも、餅も、たらふく食った。


 だけどまぁ、その、なんといいますか…………ちょっとだけ。


「水尾?起きてるか?」


「え!?あはい!」


 私はいつの間にか夕の机をガン見していたことに気が付いて、勢い良く立ち上がった。


「あ、別に立たなくていいぞ

 答えてもらうだけだ」


「へ?あ、そうっすか」


 周りからの笑いを受けながら私はゆっくり席に座り直した。

 夕はこちらを見ていないものの、シャーペンを口許に持ってクスクスしている。


 はっずい。


ーーーーー


「なんか空回凛(からまわりん)だね。今日」


「やめろよその言い方ぁ」


 四時間目が終わった昼休み。

 私は葉菜の机で弁当を食いつつ、さっきまでの自分を回想していた。


 なんだかんだあの後も。

 二時間目数学:解く例題を間違える

 三時間目体育:おもいっきし転ぶ

 四時間目英語:音読の声量間違えて視線が痛い

 みたいなまぁ惨事が立て続き。


「バレンタインで浮かれてるの?空回凛タン」


 優愛がそんなこと言いながら葉菜の机に弁当を置きつつ言う。

 …………はぁ?


「…………え!?いや…………ちげぇしそういうんじゃねぇし」


「「へぇそうなんだ~」」


(こういうときだけ結託しやがってこいつらァ!)


 二人のアホみたいに平たい眼が私のことを煽って煽って煽り散らかしている。

 私は威嚇する猫のように表情筋を持ち上げて箸を掴んだ拳を固く握った。

 うっぜぇ。


「誰にもらいたいのかなぁ?」


「もしくは誰かにあげたいのかなぁ?」


「てめぇらぶん殴るぞ」


 私は体をよじって寄ってくる二人を脅してから、弁当の残りをかけこんだ。


「じゃ、お弁当食べ終わった凛たんにはいどーぞ」


 優愛は机から取り出したチョコを両手に乗せて私に突き出してきた。

 優愛はさっきまでの煽り顔と打って変わって満面の笑みだ。


 私は素直にそのチョコを受け取った。

 どうやらさっきまで見ていた配給チョコとラッピングが違う。


「…………これ作ったやつか?」


「そうそう!友チョコくらい作んないとね」


「さっきまで配給してたやつは?」


「義理も義理ぃ

 先生にもあげたしね」


 優愛はクルクル人差し指を空で回しながらそう言った。

 どうやら義理と友チョコはかなりの格差があるらしい。もうわからん。


 私はさっき葉菜にもらったチョコも出して机に置いた。


「もう食っちまおうかな。腹減った」


 私は袋を開けてパクパクと食べ始めた。

 二人とも講習会で作った奴とは少し違う種類だ。


「それ誰からもらったの?」


 優愛はチョコの袋を指をさして聞いてきた。


「ん、葉菜」


「私まだもらってない」


 しゅんとして俯いてしまった。

 と思えば、一秒間隔にちらりちらり葉菜へ目線を送っていた。

 顔を押さえている手の中は恐らく満面の笑みであろう。


「はいはい」


 葉菜はその様子に気が付いて子供をなだめるような態度で優愛にチョコを渡した。


「やったやったちょこちょこ本命チョコ!」


「友チョコねぇ?」


 立ち上がって喜び舞い上がる優愛に笑顔のままの葉菜は冷たく言う。

 優愛の耳には多分届いてない。

 都合のいい耳だなホント。


「はい!私から!」


 どこから取り出したのだろうか、いつの間にか優愛は段ボール一箱を両手で抱えている。

 ガチでどこから持ち出したんだ?


「それ、何?」


「本命チョコ!」


「段ボール?」


「いっぱい作った!」


「へー、ちなみにお相手は?」


「もちろん葉菜っちゃん!!!」


 Present for you!!と陽気な文字で書かれた段ボールを葉菜は灰色の顔で渋々受け取る。

 もう葉菜の周りは色を失った世界だ。

 あの量のチョコ、冗談なしで一生分だろう。

 去年まではまだ高級チョコ一箱とかで(十分受け取りずらいが)済んでいたのに、変にチョコ作りのノウハウを知ってしまったからな。ドンマイ葉菜。


 舞い上がった優愛と、意気消沈の葉菜のコントのような風景を見つつ、私はがちでほんと少し、塩ひとつまみぐらい少し、夕の席を見る。

 同時に、パキッ、なんて小気味いいチョコの折れる音が聞こえた。

 どうやらお昼ご飯を食べ終わって、優愛の配給チョコに手を出しているらしい。

 …………こんの浮気者めが。


 夕は次の一口を食べる前に体をぶるぶると震わせた。

 どうやら殺気が伝わったらしい。


 目線を弁当箱のほうに戻すと、さっきまでの様子はどうしたのか二人がこっちを見てニンマリ笑っている。


「…………きみわる」


「「へぇ?」」


「随分と?」


「お顔が」


「「赤いですこと~~」」


 この二人、そういえば仲いいんだった。

 そう思わせるほど息の合ったセリフ回しで煽り口上をつらつらと述べる二人。手で口を覆って悪役令嬢さながらのポーズまで一緒だ。

 まぁまだ、これだけならこの二人を半殺しにすりゃいいのだが。

 問題は…………


「おい。青羽夕」


「…………っ

 はい、、、」


 ノールックで夕に呼びかけると、変にキーが高い声が帰って来た。


「ちょっとこっち向け」


 そう言うと、夕がくるりとこちらを向いた。

 左腕を膝に押し付けながら、口許を袖で隠している。目はキュッと瞑っていて、その様子はそう。


「な・ん・で・笑・う?」


「…………っ、ごめんなさ、()()


「ぶっ殺すぞてめぇら!!」


 それ以降の記憶は、ちょっと覚えていない。


ーーーーー


 放課後は私一人で帰り道を歩いた。

 テスト前の時期でも部活ってのはちゃんとあるもんで、すっかり赤くなった寒空の下を歩く羽目になっている。ブラックだ。

 先週あたりは一番寒い時期だった。雪も少しちらついたが、すっかり溶けて今はもう影もない。クリスマス以外の日はたいして積もってもいなかったし。


 ―――私は夕の絵が好きだ。

 もちろんそれ以外が嫌いってわけじゃない。

 だが、絵を描くのをやめてから、随分と夕の絵を見ていない。

 だからこそ私は、今日(バレンタインデー)が意外と好きだったりする。

 私に手作りのチョコレートを作ってくれるのだが、いつも決まってはこのラッピングとチョコのコーティングに何かしら絵が描いてある。

 多分本人からしたら落書き程度の気持ちなのかもしれないが、私からしたら食べるのが惜しい宝物だ。箱だってなかなか捨てれなくて夕に怒られたりもする。

 ただまぁ、いつも家で当たり前みたいに渡されるのが時たま癪なんだが。


 私はポッケにツッコんでいた手で、中に入っていた小さな箱を取り出した。


「学校で渡されるのだって、特別な意味があると思うんだけどな…………」


「―――なんか言った?」


「え!?」


 私は後ろから話しかけられて、びくっと体を跳ねさせた。

 一瞬箱を落としかけたものの、何とか両手でつかみ取って慌ててポッケに入れた。

 私はそのまま屈んで、まるで何もなかったかのように体を丸めた。


「ゆ、ゆぅ?」


「そうだよ」


「なななんでここに?」


「一緒に帰ろうと思って、さっきまで向こうのカフェでお茶してた」


「あぁそう…………」


 私は大きく息を吐きながらゆっくり立ち上がった。

 目を瞑ったまま背筋を伸ばして空を見上げた後、そっと目線を下ろす。

 耳が赤い夕が大事そうに手袋をして立っている。


「えっと、んじゃ帰るか…………」


「そうだね」


 私は何となく目線を夕から逸らして歩き始めた。

 寒いはずなのにポッケの中の両手が熱い。


 少し歩いて、妙に無言が気になってきた。

 私は観念して顔を夕のほうに向ける。


「なんで待ってたんだ?」


「ん?そりゃ一緒に帰りたいと思って」


「なんでだ?いきなりじゃねぇか」


「そうだねぇ―――なんていうか」


 夕は顎に人差し指を重ねて考える素振りをした。

 それから何か随分と嬉しそうな笑みを浮かべる。


「どちらかと言えば凛の方から頼んできたというか」


「は?別に頼んでねぇけど」


「そんな気がしたってだけだよ」


 すると夕はいきなり走り出して数メートル先の電柱の隣に手を後ろに組んで立った。

 やっぱり変に笑顔だ。


「それよりさ、さっき随分と慌てて隠してたよねぇ?

 あれなぁに?」


「は!?いや別に隠してねぇし」


「嘘つきは泥棒の始まりだよ?」


「嘘じゃねぇよ!!」


「え~~~」


 私も自然と足を止めた。

 夕と2、3メートルの距離を開けたままでいたかったのかもしれない。


 でも、夕はそのまま一歩一歩じりじり近づいてきた。

 私はポッケにさらに深く手を入れて、顔をそむけた。


「そうだ。そんなに言ってくれないなら物々交換で手を打たない?」


「だからねぇって…………」


「ほらこれ見て」


 私はゆっくり目を開けて夕の手元を見た。


「ハッピーバレンタイン!!でしょ?」


 ピンクと水色が入った箱には、ゆるいキャラの洒落たマスキングテープが張られてて、夕の字でHappy Valentine!!と書かれて、小さいチョコの絵が周りに色鉛筆で書かれている。


 ほんの少し、マジで刹那だけ、見惚れてることに気が付いた私は、ポッケの中のものをぎゅっと握り締めた。


「その…………渡すほどの物じゃねぇし」


「じゃぁあげなぁい」


 夕はそのまま箱を抱きしめてしまった。

 私の視線は自然と夕の丸い顔に誘導された。

 気恥ずかしくなって顔を下に向けて、右拳を額にピトっとつける。

 体温が高い。


「…………後ろ」


「ん?」


「ちょっと、後ろ向け」


 私は夕のコートが擦れる音を聞いてから顔を上げた。

 ポッケから小さな箱を取り出して、私は夕の背中に歩いて行く。

 夕暮れ。私の影は、夕の目の前にあって、多分動き方がもろばれだ。

 でも、すこし、意地悪をしたくなる。


「ぇ?」


 私は夕の背中からゆっくり腕を回して夕の胸の前で組んだ。

 夕のふわふわの髪に頬をくっつけると、なんだかチョコの匂いがする。

 そして右の手のひらに隠していた箱を夕の目の前にぱっと出す。

 これなら、顔を見られることもない。


「…………手作り?」


「感想はいらねぇ」


 夕は、私のバレンタインチョコを受け取るのと同時に、私の手もふわりと包み込んだ。


「うれしい。ありがと」


「…………あっそ」


 私はそのまま、夕が片腕で抱えている箱をするっと取り上げた。


「よし、確保」


「物々交換成立だね」


「だな」


 私と夕は互いの贈り物を抱えながら一緒に歩き出した。


「あ、そうだ」


「何?」


「その…………」


 私は言いよどんでから、決心して口を開いた。


「あんまり私の前で…………他人のチョコ食うなよ」


 ちらっと見た夕は、驚いた様子で目を大きく開かせている。

 するとしばらくして、今までの思い出を反芻するかの如く目を瞑って空を見上げ始めた。


「…………嫉妬かぁ、、感慨深いなぁ」


「ちげぇよ!!」


「いやぁ、うちの子可愛いなぁ」


「うる、うるせぇなぁ!!」


 そんな問答をしている間に、時間は過ぎる物で、私たちはすっかり家に到着してしまった。

 毎年この日の家は、随分甘いにおいがする。

「凛、顔赤い」

「寒いだろ…………」

「可愛い」

「んな!?」

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