大人の対応を気取っているけど正直に言えばボッコボコにして国外追放したいレベル。
ジル以外の全員が揃ってため息をつく。なんか疲れたな。とか思ってたらスティオール先生が全員分のコーヒーを淹れてくれた。それを見て何故かジルが俺の隣に座り、コーヒーを飲み出す。なんだかんだ帰らないんだなこいつ。
アルネル学園長は腰の抜けてしまったっぽいモモちゃんの手を引いてソファーに座らせてあげてる。そこで俺は、さっきからずっと気になっていた疑問を口にした。
「エルラド……先生は、今まで本当に体罰とか無かったんですか? なんか最初から喧嘩腰みたいな先生でしたけど」
俺の言葉に反応したのはスティオール先生だ。腕を組み、なぜかふんぞり返る。
「確かに、あの無駄な上から目線と雑な授業に度々厳重注意はしていたが、生徒に直接手を上げたことは無かったなぁ」
「へー。じゃあなんで今日はあんなに好戦的に……」
「調子ん乗ってたんだろ。あの糞教師」
ジルが口を挟んできた。それを訂正させない辺りに先生達の本心が見える。スティオール先生は一瞬考え込んだ後にアルネル学園長へ視線を向け、アルネル学園長が小さく頷いたことで言葉を続けた。
「実はな。エルラド先生はギルド・巣燕のリーダーである、アーサー殿の弟なんだそうだ」
「はい!?」
まさかの人物の名前が飛び出してめちゃくちゃビックリした。確かに弟がいるとは聞いてたけど、マジかよ……。あの糞みてえなのがアーサーの!?
「二日後にあるギルド体験実習の協力者はアーサー殿だ。それも弟であるエルラド先生が口利きしてくれたお陰らしくてなあ。毎年この実習はもう少し規模の小さいギルドに協力してもらっていたが、巣燕ほどのギルドが協力してくれるならば生徒にとってもありがたい。そこは素直にみんな感謝したのだが……」
天井を仰ぎ、眉間にシワを寄せるスティオール先生。
「それで、調子に乗ったんだろうなあ……。まったく素晴らしいほどのお調子者だ」
お調子者っていうか、馬鹿だよね。けどそれにジルが反応を見せる。荒々しくティーカップを起き、身を乗り出した。びっくりしたモモちゃんの肩が飛び上がる。
「はあ!? じゃあ糞教師がチクったら巣燕での実習が無くなるかもしんねえのかよ!!」
「アーサー殿は心の広い方です。今回の件でそういう事態になる可能性は低いとは思いますが……、アーサー殿には私からもお話しします」
「てめえG!! そうなったらてめえのせいだからな!!」
「なんだよ。お前そんなに巣燕がいいの?」
「ったりめーだ!! 聖白に次ぐギルドだぞ!!」
意外だった。そっか、こいつもしや卒業したらギルドに入りたいのか。しかし残念だったな。ならとりあえずその性格を直さなきゃ無理だゾ!
「ところでフィア君」
すごい勢いで胸ぐらを掴まれてる俺に掛けられたアルネル学園長の声。必死にジルを引き剝がしながら目を向けると、申し訳なさそうに眉を下げている。
「心苦しいけれど、理由はどうであれ生徒が教師に手を出したという事実に変わりはありません。私の立場上、貴方にも罰を与えます」
「な! 学園長! 先に手を上げたのはエルラドの奴ですよ! そもそもフィア・リエルトは、レアリス・ベニアとアリスターク・エドルを守るために……!」
「事実は事実です。ごめんなさい、フィア君」
やっぱりかー。一応覚悟してたし、しょうがないな。後半のエルラドをボコったところはまだ"手合わせ中"ってことでほんと良かった。モモちゃんが不安げにアルネル学園長を見上げ、必死に庇おうとしてくれたスティオール先生は悔しげに表情を歪めてくれてる。学園長室に流れる少しの緊張感。罰ってなんだろ。謹慎とかだったら泣く自信があるね俺は。
「フィア君。貴方には……」
「はい」
「罰として、この部屋の掃除をしてもらいます」
「へ?」
結構な覚悟で挑んだ俺だったが、なんとも気の抜けた声が出てしまった。掃除? 掃除って、あの掃除?
「ギャハハハハ!!!! 掃除だってよG!!!! 良かったな!!!!」
こいつもう帰ってくんねぇかな。
「学園長ぉおお!! なんという寛大なご処置!! 素晴らしい!! 本当に素晴らしい!!」
感極まって抱きつこうとするスティオール先生を、ニコニコしながら断空で防ぐアルネル学園長が流石すぎる。俺は糸が切れたように脱力し、それからハッとして頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!! めっちゃ綺麗にします!!」
頭は下げたままの状態でちらりと目線を上げると、視界に映るのは優しく微笑むアルネル学園長。あ……なんだろ。心が浄化されそう。俺こんなおばあちゃんが欲しい。
「……良かった」
始終緊張しっぱなしな様子だったモモちゃんも小さく笑ってくれた。ほんとに良かったなぁ。モモちゃんも元気そうだし、ジルの鼻血も止まったみたいだし。
「ありがとなモモちゃん!」
「……こちらこそ。私のせいで怪我、ごめんね」
「これは自爆だ! ついでにジルもありがとな!」
俺の言葉にジルがコーヒーを吹き出す。今度は鼻血は出なかった。
「はあ!? 頭イカれたか能無し!」
「またまたあ~、照れちゃって! 俺を庇ってくれたじゃんか!」
「糞教師を追い出す絶好のチャンスだったんだよ!! くっそモモ!! てめえのせいだからな!!」
「……ご、ごめ」
怒鳴りながら立ち上がったジルに驚いたモモちゃんがアルネル学園長にしがみつき、スティオール先生が微笑ましげにその様子を眺める。そしてコーヒーを飲みつつ片手でジルの制服をこれでもかと引っ張り座らせる俺。そのとき調度チャイムがなり、皆が我に返った。アルネル学園長が笑顔で手を叩く。
「はいはい。じゃあ解散しましょう。でもあなた達のクラスはあともう一時間体術の授業の予定だったわね。どうしようかしら」
「問題ありません学園長! 私がこいつらのクラスに出ましょう! 次はフリーなので!」
「あら、じゃあお願いしますねスティオール先生」
「よーしお前ら、素晴らしい授業をしてやろう! 行くぞ!」
「キモいんだよ! 触んなハゲ!」
「ハハハハ! 勉強不足だなジル・ウォーカー! これはハゲではなく少し短いスポーツ刈りだ!」
高らかに笑いながらジルとモモちゃんの背を押すスティオール先生。俺もついていこうとして、アルネル学園長に呼び止められた。
「フィア君。お掃除の件、今すぐお願いしてもいいかしら」
「え、でも授業……」
「ん? 気にするなフィア・リエルト! あとで補習をしてやる!」
「……じゃあ、私話しておく。外にお友達、待ってた」
「あ、じゃあ……うん、お願いします」
モモちゃんは入ってくるときにアークたちを見たんだろう。せっかく待っててくれたのに、悪いことしたな。あとで謝ろうと決めながら、俺は三人を見送った。
静かに閉められる扉。部屋に残ったのは俺とアルネル学園長の二人だけ。この部屋にもやっと落ち着きが戻った。シーンとした空間で、みんなの飲んだ後のカップやソーサーを重ねる。アルネル学園長も手伝おうと手を伸ばしてくれたけど、俺はそれを制して気を引き締めた。
「俺にお話ですか、アルネル学園長」
「いいえ。ただ、貴方が何か私に言いたげだったから」
そう言ってふんわり笑う。お見通しだったのか……。学園長の言う通り、どうしても話したい事が俺にはあった。何も言わずとも察してくれていたアルネル学園長の向かいに座り、背筋を伸ばして気持ちを切り替える。
「ここからは聖白ギルドマスターとして、お話させて頂きます」
そう言うとアルネル学園長は一瞬驚き、でもすぐに上品に笑った。
「ええ、お聞きしましょう」
「エルラドの処分はどういった方向に進むでしょうか」
「……そうですね。度重なる注意の事実もありますし、この学園にはいられなくなるでしょう。ただ体術教員の免許剥奪までは、難しいでしょうね」
「そうですか」
確かにそうだ。意図的ではなく、あいつはマジであの指導が正しいと思ってる。俺の傷だって、教師としてやり過ぎとはいえ、一応実戦形式の手合わせという名目の上に起きたこと。ジルとモモちゃんの件で手を上げたといっても、俺がアッパーくらわせたせいで結果的には怪我人が出ていない。
あそこで誰かが本当に怪我をして俺みたいになっていれば、剥奪まで持っていけたのかもしれないけどね。そんなのは論外だもの。みんな無事だったならそれが一番良い。
けど複雑だなぁ。俺としてはもう二度と教師を名乗らせたくないんだけどなぁ。なんかもう個人的にめちゃくちゃ嫌いだしなぁ。クズ野郎だと思ってるからなぁ。でもまあこの件はアルネル学園長に任せるしかないから、そこに関しては諦めがついていた。だから俺が本当に言いたかったのは、それとは違う話題についてだ。
「エルラドの件は俺が口を挟む隙はありません。ただ、巣燕のアーサーの件はこちらに任せて下さい」
「え?」
「聖白と巣燕は交遊関係にあります。いえ、俺とアーサーが……と言うべきかもしれませんが」
言っちゃえばコネってやつだよね。アルネル学園長は知らなかったようで、目をぱちくりさせてる。ちょっと可愛い。
「エルラドの件も、俺がでしゃばった事が原因です。自分のしたことには自分で責任を取ります。実習まであと二日と迫っているのに、関係の無い生徒の楽しみを奪うわけにはいきませんから」
「ま、待って。気持ちは嬉しいけど、どうやって……」
「どっちにしろ、俺は今日巣燕に出向くつもりでした。俺が話をしてみます。それでも駄目だったなら、聖白が実習に協力してもいい」
「いえ、それは駄目よギルドマスターさん。聖白は……」
「分かっています。冗談ですよ。聖白には生徒を同行させられるような任務が少ないですから」
「いえね。そうじゃなくて……」
口ごもるアルネル学園長だったが、呆れたようにため息をついてそれ以上は言わなかった。一度息を吸って、気持ちを切り替えたっぽい学園長が表情を引き締める。
「それよりもマスターさん。エルラド先生の件は私の監督不行き届きです。責任は私にあります。立場的にも私がお話しなければいけません」
「いえ。本来、今回のエルラドの件とアーサーの件は繋がる必要の無いものです。家族だろうとなんだろうと、アーサーは学園の実習授業の協力者であり、エルラドは体術教員。全く関係の無い立場ですし。気にする必要性はありません」
黙って俺の話を聞くアルネル学園長。窓の外からどっかのクラスの賑やかな声が聞こえる。
「エルラドが実習の件でアーサーに口利きをしたと仰っていましたが、それはアルネル学園長が直々にお願いしたわけではないですよね」
「それは……そうね。私から頼んだという事実はありません。エルラド先生が口利きすると名乗り出てくれたけれど、私は私でアーサー殿に直接打診したわ」
「なら学園長が敢えてこちらから赴く必要はありません。アーサーはエルラドの件に関しては部外者です。弟だろうと、そこで口を出す立場じゃない。自信をもって構えていて下さい。俺はただの友人として、アーサーに話しに行きます」
俺が笑うと、アルネル学園長もようやく笑ってくれた。学園長って大変だな。責任が重すぎる。俺なら死ぬな。過労死するわ。
アルネル学園長が緊張感をといたことで、真面目な空気は消えた。あ、なんか気ぃ抜いたら腹減ってきた。
「ここでの貴方は生徒だというのに、マスターという立場になると空気がまるで変わるのね。制服姿なのにマスターさんと話している実感が沸いてくるわ」
「そうしないとエスカやマリムに怒られるんです」
「ふふっ。大変ね」
「アルネル学園長に比べれば全然。でも最近アークも口うるさくなったんですよ。お父さんみたいですよ」
「あらあら」
それから俺が片付けようとしたカップにアルネル学園長が再びコーヒーを注ぐ。俺の分まで。
「へ? アルネル学園長?」
「スティオール先生が補習をしてくれるようだし、コーヒーブレイクでもしましょうかフィア君」
「でも掃除が……」
「なんのことかしら?」
とぼけた! とぼけたよこの人! 成る程こういう人だったのか。掴み所の無い人だ。
お言葉に甘えてコーヒーとお茶菓子をもらう。それを食べて雑談しながら、なんとなく俺は気付いた。きっとアルネル学園長も、手を焼いていたエルラドを何とか出来るキッカケを探していたんだろう。それは俺の推測だったけど、帰り際、学園長室を出るときにそれは確信へと変わった。
いつものような笑顔で見送ってくれる学園長。背を向けて扉を閉めようとしたとき、背後で小さく『ありがとう』と聞こえたのを、俺は聞き逃さなかった。




