"普通"に。
「あ、そういえば皆さん。任務体験のグループを決めないとですね!」
声を弾ませ、ぱんっと両手を合わせたティリーが笑う。そうだった、任務体験……。巣燕のアーサーがいるんだったな。どうしよう。
「僕達はちょうど五人だし、決まりでしょ? 楽しみ~!」
自然と俺が組み込まれていることに喜びが隠せないチクショウ。学生最高かよ。とか思ってたら、何故か周りで聞き耳立てていた女子軍が崩れ落ちた。中には泣いてる子もいてめちゃくちゃびっくりする。
「お、おいエリ。なんか周りの女子が大変なことになってっぞ」
「この学校、異様に五人組を作る機会が多いのよ。あんたが来る前は四人だったからね。残りの一人に何とか入ろうと、女子の生々しい戦いが繰り広げられたものだわ」
「さ、最初はジャンケンとかだったのに、段々と殴り合いが始まったりして……その、凄かったんです」
「こっわ! 女子こっわ!」
「全く、罪作りな男だな」
いやいやアーク! なに関係ないみたいな顔してんの!? 崩れ落ちた女子の半分はお前目当てだから! だってお前と話すだけでこんなに俺に殺気が浴びせられるんだもの!
アレですね。お前がいなければあたしが入れたのに的な殺気ですね。分かります。そんな女子を知ってか知らずか、セリスは満面の笑みで頬杖をつく。
「任務ってどんなことするのかなあ。アー君はなにか知らない?」
「なんで俺なんだ」
「え~? だってアー君強いし!」
「それは関係ないだろ。まあでも、簡単なものだろうな」
ギルドに依頼された任務にはランクが振り分けられる。任務ランクはBからMASTERまでの六つで、俺が編入初日に水晶抱えて測定したあのランクと連動してる。つまりBランクなら同じくBの任務しか受けられない。だからそれより下のC・D・E・Gランクは任務を受けることすら出来ないんだ。
てかそもそもギルドに入ることも出来ないしね。命がけだし。ちなみに俺がよく聖白の受付で見せてもらっている最高ランク任務というのはXのことです。MASTERランクの任務はなにも言わなくても勝手に出てくる。消化する人が俺しかいないので。ほぼ強制だよね。ひどいわ。
それからご飯を食べ終えて何事もなく午後の授業が再開し、俺は飯の後の授業はこんなに眠くなるものなのかと新しい発見をした。食べてすぐに走り込みしたせいで思いっきり吐いてマリムにぶん殴られたことはあるけども。眠気と戦いながら座学するのってマジでやばい。つらい。学生凄い。
けど放課後は約束通りスティオール先生がギルドの任務体験に関する説明をしてくれたのでテンションが上がりました。説明の約半分には『素晴らしい』が入っていたので割愛する。
とりあえず、今日から五日後が任務体験の日らしい。一度に押し掛けると迷惑なので、クラスごとに朝から順番を決めて巣燕へ向かうシステム。俺たちは一年A組だから一番最初で、他のクラスは順番が来るまで授業だ。
なんか朝九時に校庭集合でそのままギルドへ行って、向こうで五人組に分かれて、一気に任務へ向かって、そんで終わったやつから学校へ戻って揃うまで自習というね。自習めんどくさ。
みんなかなり楽しみなのか、放課後はその話題で持ちきりだった。俺の周りも例外ではないらしく、ティリーもエリもセリスも弾んだ声で五日後のことを話してる。任務とかそんなにやってみたいもんなの? 下手したら怪我とかすんのに。
「アーク。みんなやけに楽しそうだな」
帰り道。寮へと歩きながら、俺は話に夢中なティリーたち三人から離れてアークの隣に並んだ。
「それはそうだろうな。ブラ学に通ってる生徒の大半は、将来ギルドへ入隊することを目標にしている。もしかしたらギルドの者に評価され、推薦を貰える可能性だってあるんだ」
「なるほど。いいな、それ。有望な奴を生徒のうちから見つけられるかもしれないってことだろ? しっかしなんで聖白には学校から依頼が来ねえんだろ」
「レベルが違いすぎるからだろう。生徒を同行させられるような内容の任務が少なすぎる」
つまり一線を引かれてるってことか。考えもんだよなあ。聖白自体、もっとフレンドリーなほうがいいのかな。いやでも馴れ合いになったらマズイのか?
「なあアーク……」
「ねえフィア! 今日もフィアの部屋行っていーい?」
「うお! びっくりした!」
アークに聞いてみようとした時にセリスが俺の背中にしがみついてきた。勢い良すぎて俺じゃなかったら転んでる……てか、え? 俺の部屋?
「全然良いけど、どうした?」
「本! 新しいの借りたかったの!」
「はや! もう読んだんかい!」
「セリスくんは速読が出来るんですよ。ねっ?」
そう言って首を傾けるティリー。その反動でピンクの髪がふわりと揺れる。
ぐは!! 『ねっ?』だって!! フィア・リエルトに会心の一撃!!
「じゃあフィア! 夜行っていい?」
「夜? 帰ってすぐじゃねえの?」
「うーん、ちょっと用事があってさ。十時頃になっちゃうと思うんだけど……」
び、微妙な時間だ。でも今日は国王の所と訓練所に顔出すだけのつもりだったし、早めに帰ってくれば大丈夫かな。任務はセリスが帰ってから行ってこよう。
「よし、十時頃な。了解」
「やったあ! フィアありがと!」
「おいセリス。あんまりフィアにくっつくな」
「え、なんでー?」
「アーク。あんたやっぱりフィアに過保護過ぎない?」
「当たり前だ。こいつの威厳が……」
「あー! あー! あー!」
もうこいつ頭良いのか馬鹿なのか分からない! あ、そうか。天然だ。こいつは天然なんだな。でも不思議そうに目をぱちくりさせる可愛いティリーが見れたから良しとしよう。
それから明日の授業のこととか、今度どっか遊びに行こうとか話しているうちに寮へ到着した。ミーアさんに挨拶をして部屋へ行く。みんなと別れ、部屋に戻るなりすぐに着替えて転移した先は、国王の城だ。
昨日は聖白の門番の真ん前に出ちゃったからな。今日は失敗しなかったぞ。ていうか城の門番の真ん前なんかに出たら一瞬で槍をぶっ刺されそうなんですけど。あいつら反射神経めちゃくちゃ良いから。
「聖白ギルドマスター様ですね。本日はどのような御用件で」
「ブラスディア国王に報告がある。謁見を願いたい」
「かしこまりました。こちらへ……」
この前とは全然対応が違うぜ。ローブが汚かったせいで『名を名乗れ』とか言われたのに。ん? こいつらもしかしてローブだけで判断してんのか? ひでえー。今度から他の目印でもつけるか。頭に薔薇でもさすか。
「ちょっと! 走るのはおよしなさい!」
「し、しかしお茶の準備が……」
考えごとしながら中に入ると、視界に入ったのは奥の廊下を颯爽と駆け抜けていくメイドに、それを嗜めるメイド長。なんだろ、いつもより使用人たちがバタバタしてる。あっち行ったりこっち行ったり。でも俺の歩行の邪魔にはならない絶妙なタイミングで横切ったりしている。しかも会釈をしながら。すごい。
どうしたんかな。歩きながら観察してみたけどよく分かんなかったので、一歩先を歩む案内役に声を掛けてみる。
「何かあるのか? 随分忙しいようだが」
「騒がしくて申し訳ございません。急遽、ギルド・巣燕のアーサー殿がお見えになることになりまして」
「アーサーが? 珍しいな」
「ブラスディア学園で来週行われる任務体験実習についての打ち合わせを、アルネル様とされるそうですよ」
「城でか?」
「アーサー殿が職務の都合で夜にならないとお越しになれないのです。遅い時刻となれば学園は施錠されてしまいますし。どうせなら共に食事でもとりながら……と、アルネル様が御招待されたようです」
ちょ! アーサー確信犯! あいつは仕事とかしょっちゅう部下に押し付けてるし、昼間に時間を取るくらい出来るはずだからね! たまにブラブラ散歩とかしてるからね! 絶対旨いもん食べたくて嘘ついてるぜあいつ!
「そうか。大変だな」
「アルネル様は賑かな席がお好きですから」
「で、どうせ意味もなく国王も混ざるんだろう」
「よくお分かりで」
案内役の男がくすりと笑う。調度良く国王の部屋にたどり着き、昨日と同じように声をかけて案内役は去って行った。中に入り、扉を閉めて仮面を外す。取り合えず挨拶くらい真面目にしとくかと片膝をつこうとした俺だが、やめた。
いやだってさ! なんか国王ケーキ食ってるし! なんだこいつ!
「フィアふぁ。よふひたな」
「うっせーよ! 食ってから喋れよ!」
ハムスターのようにたんまり頬張る国王。顔は真面目だ。真面目な顔でめっちゃケーキ食ってる。……ってワンホール丸ごとかよ! 食い過ぎじゃない!? そんなんだからメタぼるんだよ!
そして待つこと十五分。
いやいやおかしい。俺なんで国王のケーキ食ってる姿を眺めてなきゃいけないの? そうですか。完食するまで待っていろ……と。
いや言ったけども! 食ってから喋れって言ったけども! 全部じゃねえよ!
馬鹿かなのかなこいつは。なんでほんとに全部食べるまで喋ろうとしないの? なんでそんなに高速で口に頬張ってんの? 馬鹿じゃないの? とか思っていたらようやく食べ終わったらしい。口元を拭い、書斎机の上で手を組む。
「待たせたな、フィアよ」
「お前なんか国王やめちまえ」
「ふっ。これだから子供は……」
うわ腹立つ。国王と思えないこのドヤ顔。しかし、今日はわざわざ学園の報告の為に来たんだ。昨日は色々忙しくて来れなかったし。今日だってセリスが来る前に帰らなきゃいけない。手短に話そうかな。
「学園二日目。めっちゃ楽しかったぞ」
「それだけか?」
「それだけだ」
「…………」
ちょっと沈黙が続く。それ以上になんと言えと?
「もう少しこう……興奮しながら一日の出来事を順に話すとか、そういう子供らしいことは出来んのか」
「いや子供じゃねえし!」
「ところでランクはどうだった? そこがやはり気になってな」
「おお、お陰さまでな。紛うこと無きGランクだったぜ」
「こ、こらこらフィアよ! いた! 髭を引っ張るでない! いった!」
書斎机に座って笑顔で髭を引っ張る。顔の皮が伸びてすげえ面白い顔になってた。昨日はジャイアントスイングでもしようかと思っていたけど、これくらいでやめておこう。一応感謝してるし。
「まったく手癖の悪いガキだ」
「うっせ」
「それで? 魔力の少ない者が学園でどんな扱いを受けるのかは、その身をもって知れたか?」
遠慮もなにもない国王の言葉にため息が出る。
「……知れたよ。俺のランクが分かってから、一分も経たないうちにな」
あ、いまなんか脳内でジルがちらついた。うぜえ。
「感想はないのか?」
「別に。アークの他に、友達が出来たんだ。そいつらがいるならどんなことされても平気だと思ったし」
特にティリーとかティリーとか、あとティリーとかな。おっと危ねえ。これじゃ俺が変態みたいだ。確かに『Gランクが移る!』とかいうちょっとよく分からないイジメも受けたけど、アーク達のおかげで学園自体は楽しかった。でも、まぁ……正直に言うと、他に思うところはある。
「けど、そういう奴らが一人もいないやつだっているんだよな。なんも悪いことしてないのに迫害されるってのは、やっぱりあっちゃいけねえと思う」
「しかし子供は無邪気で恐ろしい。能無しと蔑む奴らとて、それがどれほど相手を傷つけるのかなど分かっていないまま口にしている。『みんな言ってるのだから自分も許される』、そんな意識が常にあるのだろうな」
「くだらねえ」
「そう、くだらない。不明確なくだらない動機故に、それを無くすこともまた難しい」
いつになく真剣な国王。国王も長年悩み続けてる問題なんだろうってのはすぐに分かった。苦労してるんだろうな。魔力の少ない奴らへの差別を無くすことに。
「うちのクラスにもさ、いるんだよなあ面倒くせえのが」
「おい、フィアよ。いい加減机から降りんか」
「でもそういうのも学生っぽいなって思うし!! 俺、頑張る!!」
「分かったから机から降りんか!」
急に怒られてうるさかったので大人しく机を降り、仮面をつけた。次は訓練所に行かなきゃだな。急がないとセリスが来ちゃう。
「じゃあなジジイ! おれ意外と忙しいんで!」
「待てフィア」
扉に手を掛けたところで呼び止められる。振り向くと、机にいたはずの国王がいつの間にか背後に立っていた。無言で俺を見ている。たぶんこれは、ふざけていない。
「フィアよ。学園は楽しいか?」
「は? おう、楽しいってば。なんなら学園に住んじゃいたい気分だぜ」
「……そうか」
ちょっとふざけてみたけど国王の表情は変わらなかった。なんだこれ。どうしたんだ?
国王も俺も喋らないまま時間が過ぎていく。本当に意味が分からない。もう勝手に出ちゃおうかと取っ手を掴む手に力を込めたとき、国王が重たげに口を開いた。
「……そのまま、普通に暮らすことは出来んのか?」
────『普通に』。
その言葉が頭の中を何度も反響する。国王の顔は悲しげで、目線は少し下を向いていた。気まずくなるくらいなら言わなきゃ良いのにと思いつつ、それが出来ない国王のお人好しさに、ちょっとだけ口元が緩む。
そうだな。そう出来たらどんなに良いだろう。このまま一生を終えられるなら、どんなに良いだろう。だけど……
「無理だよ、ブラスディア国王。知ってるだろ?」
「だが! お前にだって運命を変える権利くらい……」
「駄目だ。最後はどちらか一つを選ばなきゃいけない。それを選ぶ権利は、俺には無い。それでも俺は、自分で決めてここに居るんだから」
柄にもなく国王が顔を歪めるから、俺もなんか悲しくなってきた。トーンの落ちた俺の言葉に、国王は拳を握りしめる。
「どうしてお前なんだ。お前のような子供を守れる未来を作るのが、ワシの役目なんじゃないのか……」
だから子供じゃねえって言ってんのに。思わず笑みがこぼれる。全く、良いやつばっかだよな。本当に超良いやつ。腹が立つくらい。でもさ。知ってるか、国王? それが、俺がここにいる理由なんだ。口には出さないけどね。恥ずかしいから。
相変わらず目線を下に向けている国王の胸を拳で軽く叩く。驚いて顔をあげる国王に笑いかけることしか出来ない。だってさ、俺なんかのことでそんなに悩んでほしくないんだ。
「なあ国王。あんたは少し、優しすぎるよ」
その瞬間なにか言いかけた国王だったけど、俺はそれより先に素早く部屋を出た。それでもまだあの言葉が脳内で再生される。
「……普通に、か」
よみがえるのはアークやエリ、ティリーやセリスの顔。脳裏に浮かぶそいつらはみんな例外無く笑顔で、それなのに無性に胸が痛くなった。
参ったなあ。なんか、泣きそうだ。




