俺への扱いがひどい
「みんなー!! こんちゃーっす!!」
「お願いしまーす」
ついに来ました魔法学の時間。ルー先生のテンションを完全に無視して普通の挨拶をする生徒さんたち。すげーな。そしてそれを全く気にしてないルー先生もすごい。
「えーとねー、今日は昨日の爆炎テストの続きやりまっす! もう終わっちゃってる人は端っこで自習ね! 好きな魔法の練習してていいぞ!」
それを聞いて散り散りになるみんな。残ったのは正直名前も分からない人が二人と、ジル、そんで俺とアークだ。ちなみにエリたち三人も残ってる。ジルが俺にまた何かしでかさないか心配で残ってくれたらしい。くっそ超良い奴!
「はあーい! じゃあモモちゃんからね!」
モモちゃんと呼ばれた女の子が前に出る。名前分かんない子だったけど、モモっていうのか。よし、覚えた。でも俺の個人的主観でいうとティリーの方が好みです。だからなんだという話だが。
トップバッターであるモモちゃんは無言で前に出て、特に緊張してる様子も無く詠唱し、拳大の爆炎を出した。普通だ。威力も持続時間も普通。なんだろ……もったいないな。あの子の魔力の流れを見る限り、もっと思いきって魔力を込めてみれば結構でかいの出せる気がするんだけど……。
「モモちゃん安定してていーね! この感じを忘れずに磨いていこー! はいっ、じゃあ次はフィアくん!」
待ッッッて早いんですけど!!!!
え、俺みたいな編入生って普通最後じゃないの!? みんな終わって、誰もいなくなった感じのとこで呼ばれるもんじゃないの!?
ええー……心の準備も何もしてないうちに呼ばれてしまいましたよ。マジかよ。ジルこっち見て笑ってるよ。超ウゼエ。そして何故かモモちゃんも残ってる。なんでだ。自習に行ってくれていいのに。これから晒されるのは恐らく俺の醜態だから……。
「フィアくんは授業受けてないもんね。いきなりでごめんねっ。爆炎の出し方は分かる?」
「まあ、一応……」
「よっし! それじゃあ取り合えず出来る限りで頑張ってみてね!」
「オス!」
気合いを入れてみる。よし、取り合えず頑張ってみよう。取り敢えずな。
「フィアさん! 頑張ってください!」
「フィアがんばっ!」
「危ないから暴発させないでよね。か弱い女の子が見てるんだから」
か弱い女の子! あ、ティリーのことですね、分かります。
みんなの声援を胸に右腕を前に伸ばす俺。ふと視界に移ったアークは不安げにおろおろしていた。普段ポーカーフェイスのくせしてこういう時のアイツはなんであんなに分かりやすいんだろね。
「ふぅ」
とりあえず深呼吸してみたけど、なんだろ。ちょっとドキドキしてきた。心なしかみんなの周辺にも緊張感が流れてる気がする。ジルだけ興味無さげにあくびしてるけど、みんなはなんか祈ってるし、てかあれ? なんかモモちゃんも祈ってくれてる?
「フィアくん頑張ってねーい!」
何とも気の抜けるルー先生の応援を受け、気を取り直して魔力を込めた。目をつむり、今の自分の出来る限りを引き出す。体内にある魔力を最大限に。ひたすらに集中し、魔力を集めていく。そして手のひらに込めて、込めて込めて…………
あ、駄目だコレ。全然足んねえや。どうしましょう。
一生懸命やってはいるんだけど、そもそも込めるべき魔力がほとんどない。だめだコレ! 無理だ! 絶対ムリ!
だってもう冷や汗が噴き出してるもん。身体中の全てが『無理!』って叫んでるもん。ああ、もう駄目だ。仕方ない。こうなったら……。
「炎の呼吸!! 乱れて弾け!! 爆炎んんんんッッッッ!!!!」
大地を揺るがさんばかりの雄叫びと共に無理やり爆炎を発動させた。ポンっという何とも可愛らしい音を立て、出た魔法はビー玉くらいの火の玉。それはゆらゆらと飛んでいき、ルー先生を初めとした全員、ジルまでもが無言で見守るなか、やがてふわっと空気に溶けて消える。
なんだアレ。ちっさ。
「す、凄いですフィアさん! 凄く可愛い火の玉でした! なんていう魔法なんですか!?」
爆炎だよ畜生!!
無邪気なティリーの破壊力が抜群なんですけど。珍しくジルもなにも言わない。『うわあ……』という顔で爆炎もどきが消えた場所を見つめている。
でもよく考えて欲しい。それでもちゃんと出たぞ! 発動したんだぞ! やべ、ちょっと達成感がある。
「なにドヤ顔んなってんだお前。馬鹿じゃねえの?」
そんな俺に水を差す一言。出ましたジルの精神攻撃。一歩踏み出して何か言ってくれようとしたエリとアークが目に入るが、それよりも早く俺はジルに近付き頭を軽く殴ってみた。
「いってえな! 何すんだ能無し!」
「うっせバーカ!! 込めようとしても込めるべき魔力が全っ然無かった時のこの悲しみ!! お前に分かんのか!!」
「ハッ、んなもん知らねーよ。知りたくもねぇわ」
「うわぁ超うぜえ。引くわぁ。だからモテないんだなバーカバーカ」
「お前に言われたくねえよ能無し!」
「ふっ、馬鹿め。俺はもう昨日のうちに二人に告白されたぞ」
「……は? う、嘘だろ?」
「嘘だ」
「~~ッ、テメェ死ね!!」
「痛ぁッ!」
また腹を殴られた。懲りねえなコイツ。でも強化の魔法は使われてないみたいだから大丈夫。ノープロブレム。だがアークはそうはいかなかったようで、怒りの形相でジルの胸ぐらを掴む。それが予想外だったのか、ジルは狼狽しつつ引き攣った笑みを浮かべた。
「な、なに怒ってんだよアーク」
「お前。いま何をした?」
アークのあまりの迫力にジルの額から汗が吹き出す。涼しい顔でジルを見下ろすアークは本当に恐いからいやだ。なんか俺まで怒られてる気分になってくる。
「アーク、アーク。俺ほんとに大丈夫だからさ」
「お前が良くても俺が良くない」
こっちを見向きもしない。どうしようと思ったとき、ルー先生の明るいトーンが響いた。
「はいはいジルくんっ、次は君の番だよお! 子供みたいにくだらないこと言ってないでね! フィアくんのは小さかったしすぐ消えちゃったけど、発動された魔法自体の質はびっくりするほど良かったぞ!」
うおおお、流石先生。よく見てるんだなあ。まさかあれに誉める要素があったとは……。しかもルー先生の明るい声のおかげで気まずい空気も搔き消えた。舌打ちをし、乱暴に手を離すアーク。
「やっと俺の番かよ!」
ニヤリと変態みたいな笑みを浮かべながら一歩歩み出たジル。切り替えが凄い。さっきまで胸ぐら掴まれて焦ってたとは思えない。なにそのメンタル。とか思ってたら、端で自習していたはずの皆が全員ジルに注目した。その目はみんな例外なく機体に満ち溢れてる。
え、なに? なんなの?
そんなにコイツすごいの?
アシメの赤髪をかき上げ、右腕をまっすぐ伸ばすと同時に、ジルの笑みが消える。多少粗っぽいが、物凄い量の魔力が込められていくのが見えた。数秒かけて貯められた魔力が右手のひらに集められ、そしてジルが口を開く。
「爆炎!!」
はい出ましたー。でっかい爆炎出ましたー。ちょっとなんなのコイツ。ほんとに凄いじゃん。拳大っつーか、もう拳三つ分くらいのやつ出ましたけど。いや、それはいいんだよ。この際どうでもいい。
どうでもよくないのはアレだ!! 端で見ている女子!! 何故!! 頬を!! 染めてるの!!
「ジル君かっこいい……」
「ちょっと怖いけど、凄いよねぇ」
畜生なんだコイツ! モテてんじゃねえかよ! 性格悪いから完全に見放されてんのかと思ったらこれだよ!
いいんですか女子のみなさん。Gランクに腹パンしちゃうような奴ですよ? 今時、アークを俺の『バック』とか言っちゃう奴ですよ?
「はーいジルくん相変わらずすごいねー! でもちょおっと粗っぽいねっ。もっと丁寧にやれたら完璧だったなあ。そんで性格もよかったらパーフェクトだったぞ!」
ルー先生!! おま、なんてハッキリと物事を言う子なんだ!! ほんとに教師か!! だがグッジョブ。
「ムカつくわね。アイツ私より上手いのよ」
背後でエリが悪態をついた。腕を組んでジルを睨んでいる。確かにジルの方がでっかいの出たけど……。
「えー、そうか? エリのやつの方が密度濃かったし、良い爆炎だったと思うぞ」
「はいはい。お世辞は結構よ」
「え! お世辞じゃねえって!」
「あ、あの、フィアさん……」
会話を遮ってきたのはティリーだ。俺のブレザーの裾をつまみ、不安げに呼ぶティリーが可愛い。え、本当に可愛い。なんだろ、もはやこれは地上に舞い降りた天……おっと自重自重。ていうかよく見たらティリーの目線は俺ではない方を向いてんな。それにつられてティリーの視線の先を辿ってみれば、ドヤ顔のジルが真っ直ぐ俺に向かってきていた。
俺の遥か後ろの方にいるギャラリーの女子たちが、自分達の方に来るのかと勘違いしてキャーキャー言っている。ふっ、馬鹿め。残念だったな。ジルは君たちじゃなく俺の方に来てんだよ。
……いやなに言ってんだ俺は。全然嬉しくねえよ。
「おいG、俺の実力が分かったか? お前なんか俺の足元にも及ばねえんだよ」
「え?」
「? いやだから、俺の足元にも及ばねえ能無しが、俺に軽々しい口聞くなよ」
「え?」
「テメェ喧嘩売ってんのか! 表出るか!? ああ゛!?」
古っ! この人台詞がいちいち古いよ! でも俺のすぐ右隣にはティリーがいる。あと気付かなかったけどセリスも俺の左隣にくっついてる。あとモモちゃんも俺の背後で小さくなっていた。いやいや、なにこの子。まあ取り敢えずあれだ。こいつらに危害が及ばないようにしないと。
「ギャーギャーうっさいわね。いい加減にしてくれる?」
なんて考えてた側からエリさんー! 待って! 刺激しないで! 俺の周囲には小動物っぽいのが三匹もいるんだから!
「ッテメェ、エリ! いちいち突っ掛かってくんな! ウゼエんだよ!」
「突っ掛かってきてんのはアンタでしょ? ていうかあれくらいの爆炎でなに調子に乗ってるの? あんなの、本気でやればあたしだって出せるわよ」
エリの言葉に拳を握りしめるジル。おいおいなんだこいつ。まさか女の子にまで手ぇ上げんのか? 最低じゃねえか。エリは気付いてるみたいだけど動じていない。でも流石に駄目だ。殴りかかるのはマジであり得ない。
そうこうしてるうちにジルが拳を振り上げ、その瞬間俺も動く。もうこれは先に一発食らわせてやるしかないな。気でも失わせるか……とか思った時、それよりも早くジルの目の前を爆炎が駆け抜けた。
さっきジルが出したくらいの爆炎。それはジルの鼻先をかすり、前髪を少し焼く。突然の出来事に全員の時が止まり、少ししてからゆっくり振り向くと、そこにあったのは右手をこっちに突き出した体制のまま立つアークの姿。
「悪ぃな。手が滑った」
そんなベタな。
「こおおらアークくん!! 人に向けて打っちゃ駄目でしょ!? 当たったらどうすんの!!」
「ああ、すいません。手元が狂いました。爆炎って難しいデスネー」
アークさんんんん!! 下手くそ!! めっちゃ演技へたくそ!! いやでもかっこよかったな。すごい主人公っぽかった。なにやらさっきジルに頬を染めてたやつらが今度はアークにキャーキャー言っている。
「い、いま詠唱しないで打ってたよね!?」
「すっごーい! さすがアークくん!」
「やーもう! 超かっこいい!」
やーもう、超ウゼエ。なんだその心変わりの早さは。乙女の心は移り変わりが激しいんですってか? ろくな奴がいねえな。
ジルはすごい勢いでアークを睨み付けたが、肝心のアークはもうこっちを見てもいない。ジルなんか相手にしていないとでも言うように。屈辱的だろうなあれ。その証拠にジルはまた舌打ちをして去っていく。
その後アークはルー先生に怒られながらも試験を終え、残りの時間も授業を受けて無事に終了した。ちなみに残り時間の授業は風の防御魔法について。ルー先生が実演してた簡単に言うと風の壁を作る魔法だ。下から上へ吹き上げる風で目の前に壁を作る。それは初歩中の初歩の魔法で、弱い魔法攻撃なら風の壁によって軌道を変えたりできる。初級魔法だけど、爆炎よりは魔力の練り方が難しかったはずだ。
俺は爆炎でさえあんな事態に陥っていたというのに……。次の授業、マジ憂鬱。
「フィーア! なに落ち込んでるの〜? 行こ行こ!」
セリスに手を引かれ、どうにもやる気を起こせないまま実習棟を後にする。そっか、昼飯の時間か。ああでも、今日の弁当は自作なんだっけ。なんの面白味もねえなほんと。
食堂に着き、例によって俺が席取り役になった。昨日と同じ席に座ってボーっとしながら皆を待つ。早く来ないかなーとか思っていたら、見覚えのある女子三人組が近付いてきた。同じクラスのやつだったかな。名前知らないけど。
「あ、あの!」
「はい?」
三人組の中の一人がなんかでかい声で話しかけてくる。な、なんだ? なんでそんなに力んでんだ?
はッ!! こ、これはもしかして!! もしかしてアレじゃないっすか!? 学生最大イベント!! こくは……
「えい!」
顔を伏せ、掛け声と共に何故か俺の肩に触れる女子。一歩後ろに下がって様子を眺める女子二人はクスクス笑っている。え、なにこれ。新手の告白か? そのまま腕を引っ張って抱き締めでもすればいいのか? 大歓迎だぞ。
とか思って頬が緩みそうになった瞬間、俺の肩に触っていた女子は勢いよく手を離し、後ろで待機してた女子二人に抱きついた。
「いやああ! 触っちゃったよお! Gランク移ったらどうしよう!」
「あははは! ごめんごめん」
「今度はもうちょっと軽い罰ゲームにしよっか」
「あ、あたし! ルー先生に魔力量測ってもらってくる!」
「え!? ちょ、ちょっと!」
俺に触った女子が涙目で走り去る。慌てて残りの二人も追いかけるが、何故か去り際に俺の方を睨んでいった。謎すぎる。どういうことなの。つーか……。
な ん だ こ れ。
「いやいやいやなんだこれ!」
なにこの容赦ないイジメ! 移るわけねえだろアホか! 移ったらむしろお前強くなれるからね!? 第二の孤高の制裁者じゃん!! ていうかなんで俺睨まれたの? あ、俺が悪いんですか。そうですか。くっそ……今すぐ追いかけてあいつら全員触り倒してやろうか。いっそ襲うか?
行き場の無い怒りに片手をわきわきさせていたら、唐突に。さっきの女子に触られた肩へ温もりを感じた。
「おわあ!!」
びっくりして振り返ると、そこにいたのはモモちゃん。栗色の髪を耳の下で控えめに二つに結っている。小柄なモモちゃんの手が、そっと俺の肩に触れていた。こ、今度はなに?
無言で俺の肩に触るモモちゃんと、そんなモモちゃんを無言で見つめる俺。どんなプレイだ。これでまた『きゃー移るー』とか言われたら、俺泣く自信があるぞ。
「…………へいき」
「え?」
「……移らない」
無言と無表情という見事なまでのクールビューティーでぽそぽそ喋るモモちゃん。すっごく簡潔で小さい声だったけど、俺はやっと理解した。
慰めてくれてるんだな。モモちゃんめっちゃいいやつじゃん。さっきまでの怒りも吹き飛び、俺は思わず笑ってしまう。
「ありがとな、モモちゃん」
俺の言葉に返答こそ無かったものの、モモちゃんは少しだけ笑ってくれたのが分かった。さっきまでの鬱々とした気持ちが吹き飛ぶ。
モモちゃんは満足した様子で俺の肩から手を離し、ちょこっとお辞儀をしてから走り去っていった。そこで、タイミングを計ったようにアークたちも戻ってくる。
「フィア。もしかしてあんた、モモと居なかった?」
「おう! 友達になったぞ!」
もはやアレは友達だろ! 誰がなんと言おうと友達!
「そうなの!? フィア凄いねえ」
「え、なにが?」
「モモちゃんは凄く人見知りなんですよ。前に私が話しかけたときは、逆に怯えられてしまって……」
眉を下げて落ち込むティリー。マジか。ティリーすら恐がるのか。てことは、ジルの件の時にモモちゃんが俺の影に隠れていたのは、つまりそういうこと? むしろ俺のことは恐くねえのかな……ってアーク! またお子さまランチ!
「どうしたフィア。食べないのか?」
「お前って掴み所ないよな」
「は?」
「そんなことよりアーク。魔法学での事、お礼を言っておくわね。助かったわ」
「いや。いっそあのまま焼いてやれば良かったと後悔している」
アークの言葉に苦笑いを浮かべるティリー。ていうかこいつら、さっきから俺が出した爆炎もどきについては一切触れてこねえな。なんて空気の読めるやつらなんだろう。いや、たぶんアレについてどうコメントすればいいのか分かんねえんだろうけど。
大丈夫だ。俺も分からない。




