孤高の制裁者の前で孤高の制裁者の話しないで
「おっじゃましまあーす!」
「セ、セリスくん! まずインターホン押さないと……」
それからしばらくして玄関から聞こえてきた二人の声。きっかり約束の十分前なの凄い。この二人は遅刻しないタイプだな。
「アーク、迎えいってきてくんね? 手が離せねえ」
「ああ」
すっかりいつもの感じに戻ったアークが玄関へ向かう。それを見送りながら「こいつの敬語の切り替えすげえな」とかどうでも良い事を思う俺。思いのほか料理が捗り、あとは仕上げだけになった。五人分の皿に盛り付けているときにセリスとティリーが上がってくる。
「うわあ、なんかフィアっぽくない感じの部屋だねえ」
「お、大人っぽいです!」
「だろ? 俺もそう思うよ」
まるで背伸びしてカッコつけた思春期の少年のよう。自分で言ってて悲しいけど。あとはエリになんて言われるか楽しみだな。真顔で毒舌言われそうだぁ……とか想像しながらグラスを用意していたら、セリスとティリーがそれぞれ持っていた袋を差し出した。
「はいフィア! お菓子買ってきたよ! あげるね!」
「わ、私はジュースを何本か……。よかったらどうぞ」
満面の笑みで渡されたそれらを受け取る。ティリーの袋は思ったより重くてガクンってなってちょっとびっくりした。
「うおおお有難う! お前らほんと良いやつ!」
「しまった……。俺というやつは、お土産というイベントを忘れていたとは……」
「お前は食材全部買ってきてくれただろうが。ほらアーク、運ぶの手伝え」
「任せろ!」
「あっ、私達も何か……」
「へーきへーき! すぐ終わるから!」
戸惑いがちにソファーに腰かけるティリーと、俺の話も聞かず本棚に噛り付いているセリス。他のことなんか眼中に無いって感じで背表紙を眺めてる。そういえば今朝も本に夢中で俺のこと気付いてなかったんだっけか。人は見かけによらないよな。
端から端までタイトルを読み上げるセリスを放ってパスタを盛り付ければ、もう一流のシェフのようだ。俺が。
だってブラックペッパーと刻んだパセリを散らす姿とかカッコ良すぎない? よだれが出そうじゃない? これはティリーもイチコロなんじゃない? 誰も見てないけど。
「うまそうだな」
「だろ!? さすがアーク! 気づいてくれたか!」
「ああ。これならきっとイチコロなんじゃないか」
「え!? お前もそう思……」
「俺が」
「お前かよ! きも!」
「ね、ねえフィア! なんなのこれ! どういうこと!?」
「は!? なにが?」
突如叫ばれてビクッとする。セリスはただでさえ大きい瞳を真ん丸に見開き、本棚を指差していた。
「見たこともない本がいっぱい! あ、あと絶版のやつとか……。僕が読みたくて探しても全然見つからなかったやつとか!」
「俺も本は好きだからなー。ていうか読んでていいよ?」
「いいの!? 手袋は!? これ素手でさわって良いの!?」
「そりゃそうだろ! そんなん、柄の一部のように俺の指紋が散りばめられてっぞ」
「うわあ凄い! ありがとう!」
恐る恐る手にとってソファーに座り、黙々と読み始めるセリス。ほんとに好きなんだな。でも大丈夫かな。俺も好きだから分かるけど、一度めくりだすと止まらなくなるんだよな。ご飯とか食べるのも忘れるし。
そうしてスープをよそり、サラダを盛り付ける。ちなみにアークにサラダの盛り付け頼んだらレタスを一枚一枚丁寧に並べだしたから俺がやった。あとなんか他にも色々やって、七時ちょっと過ぎたくらいで玄関の戸が開いた音が響く。
「ごめんなさい。遅れたわ」
全くこの人たちはインターホンというものを知らんのか。おれが全裸とかだったらどうすんだ。
「あっ、エリちゃんこんばんは」
「遅いぞエリ」
近付いたアークに何やら白い箱を渡したエリが玄関を上がる。入ってくるなり部屋を見回し、ちょっとドキドキする俺をちらりと見て普通にソファーに座った。まさかのノーリアクション! なんだよ! なんか言ってよ!
「てかエリ、アークに渡した箱なに?」
「ああ、それね。プリン作ってきたわ。そのせいで遅れちゃったけど」
「プ、プリン!? エリが!? すげー!」
「なによその顔。不細工ね」
「エリちゃんはお菓子が得意なんですよ」
もの凄く傷付くことを言われた気がしたけど気のせいだ。そうさ。そのあとのティリーの笑顔で全て吹き飛んださ。それにしてもプリン手作りとか……やばいな。女子力に溢れてんじゃねえか。
「ていうかセリス。あんたフィアの家にまで本持ち込むんじゃないわよ」
「むっ、失礼だなあ。これはフィアの本だもん! 読んでていいって言ってくれたんだもんっ」
「あっそ。でもそろそろ返しなさい。ご飯でしょ」
「……はあい」
やだっ、エリさんマジお母さん。
何はともあれ全員揃ったので、アークに手伝ってもらって料理を並べる。作りすぎた。テーブルがいっぱいいっぱいだ。だって凄いもん、メニューが。我ながら美味しそうすぎるメニューだもん。
とりあえず鶏ササミの前菜みたいなの作りました。パプリカとか水菜でさっぱりと。あとサーモンとキノコのクリームパスタと、生ハムサラダと、ジャガイモとニンジンのコンソメスープだな。それとピクルス。いろんな野菜の。
はい見栄張りましたー。普段食じゃないようなやつまで作りましたー。むしろ初めて作ったやつもありますー。いやだってティリーがいるんだもん。そりゃ頑張るだろうが。でも気合入れすぎてドン引きされたらどうしよう。もう死ぬしかない。
それらを並べきると、アーク以外の三人は黙って料理を見つめたままだった。返事がない。ただの屍のようだ……とか思ってたらティリーが両手を組んで俺を見上げる。
「フィ、フィアさん凄いです! まるで一流レストランみたいです! 食器まで素敵です!」
いや君の方が素敵だよ。言えないけど。
「フィアすごいねー!」
「だから言ったろ。フィアは料理得意なんだ」
「得意ってもんじゃないわね。ギャップがありすぎて少しキモいわ。あ、失礼」
なにその『つい口に出ちゃったっ』みたいな感じ! なんだこれ! 普通に言われるより傷ついたんですけど! まあなんか凄く気に入ってくれたみたいなので良いけども。
みんなでソファーに座り、いただきますをして俺の作ったご飯を食べてくれる。こそばゆい。全国の主婦というのはこういう気持ちなのかな。
「そういえばフィア。この時期の編入ってかなり珍しいわよね。入学式から半年経ってるし。基礎学校にもいなかったし」
「そういえばそうだねえ。フィア、今までは何してたの?」
なんの悪気もない無邪気な質問が痛いです。ど、どうしよっかな。なんも考えてねえ。ていうか基礎学校ってアレね。十歳から七年通う学校。ほとんどの人が通うとこで、魔法の基礎中の基礎や学力、一般知識等を身につけるとこ。別に絶対行かなきゃ行けないわけじゃないけど、最低限の知識が学べるから九割以上が行く。もちろん俺は行ってませんが。
なのでたぶんティリーたちもその時からの付き合いなんだろうな。ちなみにアークは基礎学校四年生からの編入です。色々あって。
それからどんな学校に進学するか決めるんだけど、大半はこのブラ学を選ぶ。そうすると魔法を本格的に学ぶようになるから、ランクの差別とかが生まれだすんだ。ということで基礎学校も行かずにブラ学に編入した俺はかなりイレギュラー。さてどうする。
「あー、えっと……そのー」
「あんたって急にしどろもどろし出すわね」
必死に頭を回転させる。やべぇ冷や汗出てきた。なにか言い訳。言い訳……。
「フィアは元々村の出身だ。俺の学園生活の話を聞いて興味を持ち、イオールに来たんだよ」
アークさんナイスぅうう!!
「そ、そうそう! 俺がいたとこは結構ちっさい村でさ! いつかはイオール国に出てきたいと思ってたんだよね!」
「あ、それでランクとかも分からなかったんですね!」
「なら入学式に間に合うように来れば良かったのに。馬鹿ね」
「それは、まぁ、ハハ……」
笑ってごまかす。その時、パスタを口に入れようとして、ふとそれをやめたセリスが口を開いた。
「そういえばアルカス村の事件、聞いた?」
サッと空気が重みをもつ。アルカス村。昨日俺が請け負った任務だ。包帯に巻かれた村長の言葉と、町の惨状がよみがえる。
「は、はい。聞きました。エイプのやつですよね……?」
「酷かったらしいわね。生き残ったのも半数以下で、全員まだ入院中だったかしら。誰一人罪はないのに、理不尽だわ」
何も言わないアークが俺をチラ見した。直接言ってはいないけど、俺が後始末に行ったことに気付いてるんかな。
「それでね、僕のお父さんが言ってたんだけど、孤高の制裁者様が動いてくれたんだって」
「うそ!? そうなの!?」
「し、知りませんでした……」
「まだ昨日の話だからね。アルカス村の人達が入院してるの、僕のお父さんの病院なんだ。村長に頼まれて聖白に依頼を出してから、ほとんど経たずに孤高の制裁者様が来たって言ってた」
こ、これは……。俺は一体どうすればいいんだろうか。非常にいたたまれないんだけど。
「任務はなんだったの? やっぱりエイプの始末かしら」
「うんそう。だけどね、アルカス村のエイプはみんな真っ黒に焦げてて、暴れまわった跡も沢山あるのに、村の家とか庭の花とかエイプ以外は何も燃えてなかったって」
「対象物を限定しての魔法ってこと? 信じられない。そんなことが出来るの?」
「す、凄いです。MASTERランクだから……でしょうか」
対象物の限定。昨日俺がやった二つの魔法は盛大に村を覆って発動させてたけど、あれは実はエイプにしか効果がないよう限定していた。火が村を飲み込んでいるように見えても、実際燃えるのはエイプだけ。炎に包まれたエイプが村の木に上ろうが、家にしがみつこうが、火は移らない。それが対象物の限定です。物凄い集中力がいるので途中ゲロ吐きそうになりましたが。
「それだけじゃないんだよ。孤高の制裁者様、まだ村に残ってた村人の体の一部とか、遺体とか、全部連れて帰ってきてくれたって。それで、結局依頼料は受け取らずに帰っていったんだ」
セリスの言葉に呆然とするエリとティリー。そして無言で俺を見るアーク。こっち見んなよ! バレるだろうが!
「……素敵な、人ですね。強さというより、一人の人として」
「本当ね。死ぬまでに一度くらい会ってみたいわ。私はあの方に憧れて魔法を磨こうと思ったんだもの」
「僕も立派になって聖白に入りたいなあ。格好良いよね」
ちょっと待って。顔が上げられないんですけど。恥ずかしいんですけど。俺いま絶対顔赤い。「死ぬまでに一度くらい」とか、もうあなたの前におりますが。一度どころか何回も顔合わせてますが。
うわぁどうしようこれ。逆に俺アウェーなんじゃね? 帰ろうかな。いや、ここ俺の家だ。
「フィア~、僕の話聞いてる? これすっごくレアな話なんだぞ?」
「ご、ごめん! 聞いてる聞いてる!」
「あんたもやっぱり、孤高の制裁者様に憧れてこっち来たの?」
もうやめて! 俺のライフはゼロよ!
「いや、べ、別にそういうわけじゃねえよ。そんな大層なもんだとも思えないし……」
「はあ!? あんたなに言ってんの!? ぶっ殺すわよ!!」
「ご、ごめんねフィアさん。エリちゃん聖白のギルドマスターさんのこと本当に尊敬してるから」
ま、マジすか……。そのギルドマスターさんにぶっ殺すわよ発言をしていますが……。やっべ超恐ぇ。
「食ったなら片付けるぞ。プリン食おう」
そこでアークの助け船が出た。さすがアーク。やっぱり俺を助けてくれるんだね。プリン食おうのとこで声が弾んでたけど気のせいだよね。決して早くプリン食べたいから口に出た言葉じゃないよね。
それからエリのお手製プリンをたいらげた。めっちゃうまかった。ふんわり口どけ、とろふわプリンって感じだな。明日も学校ということで十時過ぎたくらいで解散。セリスは食べ終わると同時に本の虫に早変わりしてしまったので、何冊か貸してやるという条件でなんとか帰ってもらった。
あとに残ったのはアーク。みんな大体の片付けはしていってくれたので、ただソファーで一息ついている。
「マスター、これから任務ですよね? 俺も行きます」
「駄目」
「だ、駄目!?」
「川の主をなだめてほしいんだと。主関係は、俺以外のやつは連れていけないから」
キャッツオーンの方は伏せておいた。さすがに理由が理由なのでアークも諦めた様子。でも不満気だ。
「……マスター。俺にはまだ、聖白入隊の許可は出して頂けないんですか?」
落ち込むアークに胸が痛む。アークは聖白隊員ではなく俺の相棒みたいな感じ。だから俺がいる場所……つまり訓練所とか俺の任務とかにはついてこれるけど、自分で任務を請け負うことは出来ない。というか、俺がさせてない。任務はギルドの所属隊員しか受けられないから、アークを隊員にさせないということは必然的にそういうことになる。
「アークは学園があるだろ。卒業と同時に入隊ってのは決まってるんだからさ」
「今はマスターも学生です」
「俺は別だもん」
「卑怯ですよ」
「失礼な!」
今日アルネル学園長に言われた言葉は、俺自身も分かっていた。ギルドと学生の両立は難しい。体力的にも精神的にも。アークにはそんな負担をかけたくなかった。それでアークがもどかしい気持ちを抱いていることも知ってるけど。
でも駄目! やっぱ駄目!
ということでソファーを立ち、ローブを羽織って仮面をつける。
「じゃ、行ってくる! 無事を祈っててくれ! ボコボコにされないように!」
主をなだめるとか大体こっちがボコボコにされて、向こうの気が済んで、それでなんとか収めてもらうってパターンがほとんどだからね。話し合いで済みますようにと願いながら、俺は任務先へ転移した。




