知らない事が多いからこそ
「さて、マスターも行ったことだし。俺らも行くぞ~」
フィアが転移で消えたあとロイを立たせるアルトとリーヤ。フィアが行ったことで若干機嫌の戻ったロイが溜息をつく。そんなロイに、リーヤが厳しい表情を向けた。
「なあロイ、お前なんか変だったぞ。何が気に入らなかったんだよ」
「だから何でもないって。早く行こうぜ」
先程までの話題を出されること自体不快なのか。水色のローブの尻部分を叩いて砂を落とす仕草すら面倒臭げだ。何が気に入らなかったのか。そんなことは分かりきっている。
何故あれほど自由奔放な人間がギルドマスターなのか。ロイはそれが気に入らなかった。マスターらしくない軽薄な態度に、品格の無い喋り方。外では多少マスターらしくしているものの、隊員達の前では威厳もなにもない。こんな人間だと知っていれば、隊員としてマスターの為に貢献しようなどと思わなかったのに……。そんな鬱積がロイの胸の内をざわめかせる。
前々から不満は積もっていたものの、それが爆発したのは昨日であった。突然の学園へ通う宣言。マスターのくせに我が儘を通して学園へ通い、楽観的に学生生活を謳歌しようとしている。
『こんな奴が、ギルドマスターかよ』
怒りのあまり、気付けばそう呟いていた。けれど不思議であったのは、自分以外の隊員があまり嫌悪感を露わにしなかったことだ。アルトやリーヤはあれがマスターでいいのだろうかと、ふと沸いた疑問に思わず口を開く。
「なあ……」
「ん? どしたー」
「アルトとリーヤは、今のマスターで満足なわけ?」
遠慮もせず問う。二人は何度か瞬きをした後、タイミングを見計らったように盛大に笑いだした。意味がわからず呆然とする。しばらくして、目元を拭ったアルトがロイの肩を叩いた。
「ハハッ、悪い悪い。満足かあ~。満足はしてねえな。あの人マスターらしくねえし」
「やっぱそうなんじゃん!」
「おう。でも俺は一生あの人についていこうと思ってる」
「……意味不」
見ればリーヤも『アルトと同意見だ』というように笑みを浮かべている。ロイの中で、「マスターらしくないが、仕えていく意思はある」という筋の通っていない考えに違和感しか湧かない。
「お前、いつここに入ったんだっけ?」
「半年前くらいだけど……」
「ならしょうがねえさ。あの人は強いけど、強いだけじゃない。きっとそのうち分かる時が来る。お前はまだ、あの人の本気を知らねえんだ」
言い残して中庭を出ていくアルトと、ロイの肩を叩いて出ていくリーヤ。
「…………くだらねぇ」
結局は二人も気の抜けたマスターに絆されているのか……と。一人残された中庭で、ロイは拳を握りしめて呟いた。
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任務を終えた後すぐに転移で自室に戻った俺。すでに届いていた家具の配置を変えるのにヒーヒー言っています。フローリングの床にブラウンのカーペットを敷き、少し大きめの黒い丸テーブルを置く。それを囲むように黒革のソファーを置き、調理器具や冷蔵庫や食器棚等もすっきり置ききった。やっぱ暗い色ばっか選びすぎたかな。あとで観葉植物買ってこよう。マイナスイオンとか出るやつがいいな。よく知らんけど。
そして部屋の端には大きい本棚を置き、聖白で所持していた本を全てそこに移す。三百冊以上入る大容量本棚にもかかわらず、入りきらなかった分は泣く泣く諦めた。それにしてもこれだけの家具を置いても窮屈さは無い。すげー広いな。
感心しながら最後に掛け時計を設置し、ソファーに座って項垂れる。身体強化の魔法で腕力アップさせてやったけど、やっぱ疲れるわ。そして冷蔵庫に何も入ってないとか悲しい……。
「フィア。戻ってるか?」
その時玄関からアークの声が聞こえた。ハッとして時計を見るとぴったり六時。慌てて鍵を開けに走る。
「ありがとなアーク!」
「お安いご用だ」
扉を開けた先に立っていたアークは両手にいっぱいの紙袋を抱えていた。半分持って中に入る。
「……なんか、意外ですね」
部屋に入り、少し前の俺と同じ台詞を言うアーク。俺もシックになりすぎて自分でビックリした。あれ、シックって上品とかお洒落とかいう意味だっけ。やだ恥ずかしい。すごい自画自賛。
「飲み物とか他の食材とかも買っときましたよ。どうせ冷蔵庫空っぽでしょう」
「ありがとぉおおおおお!!」
そんでお金を渡そうとしたら受け取ってくんなかった。なんて男らしいんだ。あとでこっそりアークの金庫に振り込んどこう。それから一息つく間もなく料理に取りかかる。四人分とか作ったことねえよ。どのくらい時間かかるんだろ。あ、五人か。あぶねー、自分食い損ねるとこだったぜ。
「なあアーク。みんなって何が好きなんだ?」
「さあ。なんでも食うんじゃないんですかね。俺は皮剥きなら出来ます」
それさっき聞いたわ! どんだけ皮剥き得意なんですか! まあでもそんなに言うなら……と、皮剥きだけしてもらうことにした。頼んだ途端にドヤ顔を浮かべて「任せろ!」と言ったくせに、ピーラーが無いとわかった瞬間絶句するアーク。
「…………。え、皮剥き出来ないじゃないですか。まさかマスター、いつも皮ごと食ってるんですか?」
「いやいやそんなわけ。俺は包丁派なだけだから」
「なに言ってんですか。包丁は切るか流石のものでしょう。皮は剥けませんよ。マスターもそういうお茶目な間違いするんですね」
「お茶目はお前だわ!!」
埒があかないので仕方なく俺が皮を剥き、切って焼いて煮てという料理をしながらアークと積もる話をする。学園のこととか学園のこととか、あとそうだな、学園のこととかな!! やべー、おれアークと学園の話してる。明日の持ち物の話とかしてる。めっちゃ学生っぽいわぁああ。
「ところでマスター」
「んー?」
「学園、本当に楽しいですか?」
ふと尋ねてきたアークを、お玉でスープの味見をしながら見る。その表情は思いのほか真剣だった。まあそっか。色々あったもんなぁ今日。お玉を置き、火を弱火にしながら返事をする。
「楽しいよ、マジで。今だって明日の学園のことばっか考えてる。どんな授業があんのかなとか、明日はどんな奴と喋れるのかなとか、そんなんばっか」
自分で言いながら自然とにやけてしまう。本当に楽しいんだ。アークやティリー、エリやセリスたちのおかげで。でもアークは黙ったまま。
「え……そんなに俺、楽しくなさげ?」
「そんなことはないです。けど、ジルなんかのこともありますし……」
「いいじゃん。言わせとけばそのうち飽きるよ」
「そういう問題でもないでしょうが。それに……」
そこまで言って言葉につまるアーク。俺はパセリを刻んでいた手を止め、アークに笑いかける。なんとなく、こいつの言いたいことが分かった気がした。
「なあアーク」
「はい」
「二・三か月前にさ、聖白に入ったテオって奴いただろ?」
「ああ、いましたね。長男が亡くなったとかで、実家を継ぐためにすぐ抜けていった奴でしたか?」
「そうそう。あいつ俺たちより三つ上で、学園を卒業してそんなに経ってなかった奴なんだけど……」
今でも思い出される。プライドが高く、でも優秀だったテオ。入ったばかりということで、仲を深めるのも兼ねてテオの訓練相手になった時のこと。
「俺が相手してたときに気付いたんだけど、あいつ無理にでも全属性を満遍なく使おうとすんだよ。得意なのは土のくせに、それを磨こうとはしなかった。あくまで全属性バランスよく、均等に鍛えたかったみたいでさ」
「はい」
「でもあいつの魔法見てる限り、全属性を無理して使うより、得意な土を磨いた方が絶対強くなれると思ったんだ」
遮ることなく話を聞いてくれるアーク。わざわざ話すこともないと思ってたから誰にも話してないし、アークにとっても初耳なんだろう。もう一回味見をし、火を止めながら言葉を続ける。
「けどそう言ったら、テオは俺に幻滅したような顔で言ったんだよね。『マスター知らないんですか。学園では、全属性を均等に鍛えないやつは負け組なんですよ』って」
アークが少し苛立ったのを感じた。確かにギルドに入って『学園ではこうだった』なんて言うのは甘いと思う。学生時代とは何もかもが違ったりすることもある。でも俺の心に引っかかったのはそこじゃないんだ。
「俺はテオに、何も言えなかった」
言う資格がなかった、と言うべきかもしれない。
「だってさ、俺なにも知らねえもん。学園だとどんな教えを受けるのかとか、学園ではなにが正しくて、何が間違いなのかとか。なにも知らない俺が、学園で必死に知識を磨いてきた奴を否定するなんて出来ねえよ」
俺が正しい保証はない。テオの考えを否定していい権利はない。
「その時思ったんだよね。俺がどんだけ無知で、一つの世界しか知らなかったのかってこと」
「そんなこと……」
「なあアーク。学園は俺の価値観を変えてくれる場所かもしれねえんだ。魔法だけじゃなくて、人間関係とか生活感とか色んなことを学んで、そしたら聖白の皆にとってもっといい訓練内容を思い付くかもしれねえ」
さっきから完全に手が止まっているアークをよそに、俺は一番言いたかったことを漸く言った。
「そんな学園に、親友と一緒に通えてるんだぞ。楽しくないわけないだろ?」
ぶっちゃけそれが全てだよね。ジルに弄られてクラスの奴らに馬鹿にされて、でもアークがいてくれたおかげでエリやティリー、セリスとも友人になれた。これで楽しくないわけなんかないんだ。
けどなんかちょっとクサい台詞を言った自覚が湧いてきて、ドン引かれてやしないかと横目でチラッとアークの顔を見る。さっきとは打って変わって困ったような笑みを浮かべるアーク。あ、良かった。伝わったみたいだ。
「……俺たちのマスターは随分不器用ですね」
「うっせ」
楽しいから通うんじゃない。通うこと自体が、楽しいことなんだと思う。
学園は、自分が成長できる可能性があちこちに転がる場所なんだから。




