鬼の進む道
頭領屋敷では、菊を目の前に体を固くする沙紀の姿があった。
「沙紀、合格おめでとう。」
そう言って、菊はにこやかに微笑んだ。
沙紀も自分が望んでいた言葉が聞けて、自然と顔がにやけた。
「今後は、この村の一員として、村を支えて頂戴ね。」
沙紀はその言葉に頷いた。
沙紀が菊の部屋から出ると、高貴が待っていた。
「沙紀、合格おめでとう」
すでに、合格を知っていた高貴は、綺麗な笑顔を向けた。
「ありがとうございます。これも、高貴さんのおかげです。」
「そんなことない。沙紀の実力だよ。」
二人は、歩きながら、喜びがあふれんばかりの会話を続けた。
「そういえば、清彦くんはどうだったんですか?」
「合格だよ。」
「そっか、良かったー。」
沙紀は、戦友の合格にほっと胸をなで下ろした。
「ま、少しチームワークに欠ける所はあったけど、実力は確かだし、チームワークについても、腕の怪物の件で反省したみたいだしね。」
沙紀は、まるで高貴が清彦の試験での独断専行を知っていたかのような口調に驚いた。
「清彦くんが協力的じゃなかったこと、知ってたんですか?」
「菊さまに問い詰められて、清彦が全部話したそうだよ。」
菊さま恐るべしと沙紀が思っていると、向こうから美季が歩いてきた。
「沙紀さん、どうでした?」
沙紀に気づいた美季は、心配そうな顔で近づいてきた。
そんな美季に沙紀は、にっこりと笑って、ピースサインを出す。
「合格です!」
「まあ!おめでとうございます!」
美季は自分のことのように喜んでくれた。
「ということは、これからは、どうされるんですか?」
美季は沙紀にはよく分からない質問をした。
「どうすると言いますと?」
分からない沙紀は聞き返してしまう。
沙紀のその様子に、美季は高貴に答えを求めた。
「まだ、説明なさってないんですか?」
「今、受かったばかりだからね。」
「ああ、そうですね。」
美季は腑に落ちたようだが、沙紀にはさっぱりだった。
「あの、私ってこれからどうなるんですか?」
「うん、今から説明するから。とはいえ、立ち話もなんだからな。」
沙紀と高貴は中庭が見える縁側に腰かけた。縁側には、美季が用意してくれたお茶とお菓子が置いてある。
とりあえず、沙紀はお菓子とお茶をほおばると、高貴が話を切り出した。
「鬼は試験に合格すると、何かしらの役目につかないといけない。」
「役目?」
「ああ、役目といっても、美季のようにこの頭領屋敷で働いたり、刀鬼さんみたいに何か物を作ったりする、そういうものさ。」
「なるほど。」
人間でいう就職というものだろうと沙紀は思った。
「菊さまは、頭領屋敷で働いてほしいそうだよ。この間の幹部会の準備での沙紀の働きを高く評価してるみたいでね。」
沙紀は、菊が自分を評価してくれていることを素直に嬉しかったし、頭領屋敷で働くことは、この村では限られた者しか許されないことも知っていたから、誇らしささえあった。
それに、この屋敷で働くということは、これからも高貴と一緒にいられるということだ。
「沙紀はどうしたい?」
「え?」
思ってもいない言葉に沙紀は驚いていた。
沙紀としては、頭領である菊の提案は絶対だろうと思っていたからだ。
「菊さまのご希望に沿うことが一番だとは思うけれど、やっぱり沙紀自身の気持ちが大事だと思うから。」
沙紀は、高貴の優しさにどうしようもなく胸が高鳴った。
「じゃあ、少し考えてみます。」
高貴は沙紀と別れたあと、泉希と出くわした。
「あのことは、菊さまの『希望』じゃなくて『決定事項』だと思うのだけれど?」
どうやら沙紀と高貴の会話を聞いていたであろう泉希は嫌味な感じで高貴に話しかけた。
「なんでも押し付ければいいというものじゃない。」
高貴は立ち止まって言葉を続けた。
「どんな結末でも自分で決めさせることが大事なんだよ。」
「それって、優しさなの?むしろ残酷じゃない?」
泉希の言葉に高貴は苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「菊さまに報告するか?」
「アタシはそんな暇じゃないの。」
泉希は呆れたように笑った。
「でも…、あまり菊さまを失望させることはしないで。大事な幼馴染とは対立したくないし。」
そういうと、泉希は自分の持ち場へと戻っていった。
沙紀は、久しぶりに村の市場へと足を向けていた。
村では鬼による店がたくさん軒を連ねている。こういう店で働くことも『役目』の一つなのだ。
沙紀が店を見ながら、ぶらぶらと歩いていると、体に衝撃が走った。
何が起こったのか、目を開けると、大きな体が目に入った。沙紀は、どうやら男の鬼とぶつかってしまったようだ。
その様子に、活気づいていた市場の空気は、瞬間冷凍したかのように凍りついた。
沙紀は誰にぶつかったのか、顔を見上げると、見覚えのある鬼だった。
沙紀の瞳に映ったのは、四幹部の土倉道輝の顔だった。
「も、申し訳ありませんっ!」
先程まで固まっていた沙紀は、どうにかその言葉をひねり出した。
幹部にぶつかるという無礼を働いて、どうなってしまうのかと違う意味で心臓がうるさい。
しかし、道輝は、がっはっはっはっはっと、いきなり笑い出した。
「そんなに固くならなくていいさ。怪我はないか?」
思ったよりも優しい言葉に沙紀が驚いていると、付き添っていた鬼が口を開いた。
「道輝様は顔面が少々いかついですが、中身はお優しい方ですよ。」
そう、ニコッと笑いかけた。
「いかついとは失礼だぞ、露気。」
そんな二人のやりとりを聞いて沙紀は少し緊張が和らいだ。
「そういえば、お嬢さん。あなた、もしかして、『沙紀』かな?」
「はい。そうです。」
「いつも、うちの栄輝から君のことを聞いてるんだ。なかなか優秀らしいね。」
「い、いいえ。そんな。って、『うちの栄輝』って?」
沙紀は目をパチクリさせた。
「ああ、アレは俺の倅でね。」
栄輝も意外と幹部家の人間なのかと驚いていると、休まず、道輝は沙紀に話しかける。
「ところで、君も鬼導隊に入るんだろ?」
「きどうたい?」
沙紀は初めて聞いた言葉に聞き返していた。
その様子に道輝は驚きを隠せないといった様子で、言葉をつづけた。
「あれ?違うのかい?優秀な君なら入るのが当然だと思うが?」
「いいえ、そんな話はないですけど。」
「俺としては、君みたいに外から来た鬼の方が、外の活動に役立つとは思うんだがね。」
「外ですか。」
その言葉に、沙紀は、久しく行っていない人の街を思い出していた。
「ああ、鬼導隊は人の街にいる邪を倒すのが任務だ。だから、外の世界を知っている君に適していると思うんだがなあ。」
とても惜しそうに道輝は言うが、沙紀としては邪と戦うあの恐怖は、できれば味わいたくはなかった。
「それに、若い子たちには、なかなか人気があってね。あそこは、いろいろと特権があるから。」
「特権ですか?」
沙紀は入るつもりはないが、知っていれば何かの役に立つだろうぐらいの気持ちで問いかけた。
「この村から外出する権利だ。」
「え?それが権利なんですか?」
「ああ、なにせ、鬼導隊以外の鬼は死ぬまでこの村から出ることはできないからな。」
何気なく言う道輝の言葉は、沙紀にとって重くのしかかった。
なぜなら、鬼導隊に入る話がない沙紀は二度とこの村から出ることはできないことを意味していたからだ。
「君にはつらいだろうな。家族や友達に会えないからな。」
道輝は切なそうに目を伏せた。
沙紀はショックで言葉を失ってしまっていた。
今の今まで、誰もそんなことは教えてくれなかった。
「…。」
「道輝様、そろそろお時間が。」
露気が声をかけると、道輝も歩き出す。
「それじゃあ、またね、お嬢さん。」
道輝が遠ざかっていく。
そんな中、沙紀の脳裏には、別れさえ告げられなかった友人・梓の顔、そして、あれからどうなったのか知ることができない母の顔が浮かんできた。
それと同時に、邪に襲われたときの恐怖もよみがえってくる。
沙紀はこぶしをぎゅっと握りしめた。
「待ってください!!」
沙紀の声に、道輝が振り返ると、そこには、泣きそうになりながらも心を決めた沙紀がいた。
「どうしたら、鬼導隊に入れますか!?」
「よしっ!今日の任務も完了っと。」
栄輝は最後の邪を斬ると、高貴の方を振り返った。
「なあ、高貴。沙紀ってやっぱり、鬼導隊には来ねえの?」
「ああ、菊さまが頭領屋敷で勤めるよう推薦したからな。」
「じゃあ、沙紀には鬼導隊に入るための推薦が菊さまから無いってことか。他の幹部からの推薦も…無いか。つーか、面識すらなさそうだし。」
高貴は、栄輝と話をしながら、端末で報告のための入力を始める。
「はあ、もったいねえな。沙紀の破壊力は、ぶっちゃけ金の卵だろ。かなり戦力になると思うけどな。」
嘆く栄輝に、高貴は面倒くさそうに答える。
「だったら、お前の親父殿に頼めばいいだろ。」
「はあ!?お前、知ってるだろ?俺と親父が永久凍土なみに冷え切ってるって。」
ピロリン
端末の着信音が鳴る。
「あ、俺だ。」
高貴はそう答えると、報告画面から切り替えて内容を確認する。
そして、高貴は明らかに動揺していた。
栄輝はその様子がただ事ではないと、高貴が釘付けになっていた画面を見た。
「ん?泉希からじゃん。え!?」
泉希からのメッセージは、お怒りのメッセージだった。
その怒りの内容は、沙紀が鬼導隊に入隊した、というものだった。




